一つの町(ホトトギス)

鳥の女性に見送られ扉に入ると。そこは小さな白い部屋だった。いつの間にか先ほど入ってきた扉は消えていて、私は出口を探したが扉のようなものはなく、先ほど入ってきたようなドアノブも見えなかった。私が途方に暮れていると、前方の壁の一部が透けて中年のぼさぼさの頭に堀の深い濃い顔に無精ひげを生やした目つきの悪い男が映った。


「ああ、十和田か。もう来たのか。私は日本人担当の常田だ。ようこそ地獄へ。すぐに町を案内することも可能だが、どうせいっぱい質問があるだろ、俺が知っていることならなんでも答えてやる」


男がこちらを見てひきつった笑みを浮かべながらそういってくる。質問と言われても何からしたらいいのか分からないので、正直ここに連れられた理由とか一から説明してほしかった。


「私をここに連れてきた者はここを一つの町って言ってましたが、地獄とも言ってました。ここはどういう場所なんですか?」


男はまるで私の言葉を予測していたように間髪入れずに返答を出した。


「ここは地獄だ。一つの町なんて気持ちの悪い呼び方をする奴はホトトギスの奴らか最初にこの場所を作った狂人くらいだ」


男は眦を吊り上げ怒ったような雰囲気を滲ませたが未だに頬が持ち上がり引き攣ったような笑みは変わっていなかった。私が彼の変わった様子に尻込みしていると、男は話をつづけた。


「ホトトギスってしってるか?よく戦国武将とか信長の妹とかが辞世の句で使ってるあの鳥だ、なんでも死んだ人間の魂を冥途に連れて行くらしいな。それに因んでここではお前を連れてきた得体のしれない存在がホトトギスって呼ばれてる。この場所自体がどこなのかは分かっていないがいくつか整合性のある証言だと、死んでから魂になって浮かんでいると不気味な赤茶色の鳥に咥えられ連れ去られ、雲の中に浮かぶ巨大な鳥の口の中に入って暗い場所を進みやがてここに着いた。っていう話がある」


「つまりここは天国でも地獄でもなく化け物の腹の中だと?そんなまさか、先ほどはあなた自身が地獄だと言っていたじゃないですか」


常田は肩をすくめ笑いながら答えた。


「さあなー、でも実際地獄だと思っていただいて構わない。ここに連れられて来る魂はなぜか悪人や犯罪者、凶暴な人間しか来ないし、まあ地獄の悪魔や大げさな贖罪の方法が用意されている訳ではないが、とにく地獄だよ。あと町には一つだけ絶対のルールがある」


「どういうことですか?」


「必ず一人で行動すること。これだけだ。一時間以上他人と意図的に行動を共にしてはいけない。これはまあそのうち分かるだろう。違反するとその違反の程度によって3~7日間ほど町を追放される。例外はいないもちろん管理側の俺も同じだ。よし、質問はこれで終わりな」


そういうと常田は腕時計を見て言った。


「もう20分くらい経ってしまった。あと40分で町を軽く案内してやる。行くぞ」


そう言うと常田の姿が消えて、右の壁にドアノブが現れる。この町に入ってい来た時と同じようにドアノブを回し外へとでた。入口から出るとそこはアスファルトで舗装された大きな広い道だった。歩道は存在せず大きなビルが両脇に隙間なく並び果てのない道の先にまっすぐと続いていた。その光景はビルと言うよりもまるで大きな壁がどこまでも続いているように見えた。


「ここは管理人と私のような者が住んでいる場所だ。町で千年間自我を保っていた者や、町に大きな影響を与えた者が居る。ここでは役割と食事と娯楽が与えられ、また管理区内では一時間以上の交流も認められている。もし何百年後か君がここに来ることがあるかもしれない。今後町でどれだけ絶望を繰り返すか分からない。一つの目標、一つの希望としてこの景色を覚えておくといい」


そういうと常田は顔だけ振り返り顎で進むことを示唆してきた。私は周りを見渡しながら彼の後を続いた。しばらくして一つのビルの入り口まで来ていた。歩いている途中で築いたのだが周囲のビルは窓も入口もスモークが入っているようで中が見えなかった。常田が入口に近づくと扉がゆっくりと開いた。ビルはどうやらオフィスビルのようで、白を基調としたロビーに人のいない受付デスクのようなものがあり、そしてその奥にはエレベーターが二つ奥見えていた。


「こっちだ、時間がないから早く来い」


常田が入ってすぐ左の壁に付いていたドアの前で腕時計を見ながら急かしてきた。ドアの先は下に降りる階段があった。私は常田と共に降りていくと、その階段はとても長く続いていった。そしてその階段の終わりにあったドアを開けるとそこはとてもひろい灰色の土地だった。町など一切見当たらなかった。見渡す限りの無の空間。前に立っていた常田が我慢の限界のように吹き出しながら笑った。


「いやあ、やっぱり極限まで驚いた顔っていうのは、みんな違った面白い顔になるから良いな。安心しろ町自体はどの方向に進んでもあるただここは管理区への入り口。周囲300km圏内は建造物を生み出してはいけない決まりなんだ」


「三百キロっ!?それって?もしかして歩いていくのか?」


「もちろんだ。ああ基本を教えてなかったな。ここでは疲労も痛みもそのうち忘れていく。今はまだ魂に刻まれた記憶から痛みも空腹も疲労も感じるだろう。だが実際それはただの記憶であって気のせいだ。死ぬわけじゃない。ああ、というよりそもそも死後の世界で死ぬことはない。例えばナイフで刺されて血が出ても気のせいだ。やがて血も痛みも忘れる。ではここまでだ。最後にどれだけ自我が損耗してもどれだけ発狂してもルールだけは忘れるな?」


そういうと常田はいつの間にか顔に満面の笑みを浮かべ気持ち悪くニヤニヤしながら私の全身を見てから踵を返し先ほどの階段のドアへと消えて行った。無理やり笑っているような引き攣った笑みが満面の笑みに変わった瞬間、私の手足は震えていた。あれは人間のふりをしていたが地獄の鬼か悪魔か恐ろしい存在に違いなかった。私はやがてコンクリートのような感触の地面を踏みしめ歩き出した。この時はすでに町でまともな人に会うことが希望になっていた。


数十年後、十和田の進んだ道を辿る常田の姿があった。顔には相変わらず引き攣った笑みを浮かべている。長い道を一切の疲れを見せずに早足で歩き続ける。やがて道の先に一人の人間がが落ちているのを見つけた。


「ぶっ!!アハハハ!!ハハハッ!」


声を上げ男は笑い転げた。


「ふふ、はーはー。あーまさか自分の殺した相手に変わってるなんて。十和田さんの最後に残ったのがこれか!いいなーストーリー性があっていい!!これは別の物に変えずに取っておこう!なんなら物語にして管理区での新しい娯楽を提供しよう!うん」


300年の時を経て常田に残った唯一の娯楽は町に辿り着けなかった魂の化石を集めることだった。

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働く鳥 鳥木野 望 @torikino

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