9.just need to stop chasing rainbows

“こいつは今すぐ殺さなければならない”それを直視した瞬間、ただ...そう思った。


 しかし、それをいざ実行しようとしたその瞬間、その化け物は思いも寄らぬ行動を取る。


 開いたままのガンロッカーの扉を片手で掴んだ。ただ、ただそれだけで全身に悪寒が走り、体が半自動的に伏せた。


「アーサー!!!」


 直後、感じたのは巨大な質量を持つ何かが自分の頭上すれすれを通り過ぎる感覚。それがドア枠にぶち当たる轟音。固定用の金具が外れる音すら無かった。そいつは片手で厳重に固定されてるはずの20KG近いあの鉄の塊を一息で持ち上げ、こちらにぶん投げたのだ。そして、極めつけかつ最悪な事に半開きにしていたドアも巻き込まれ、完全に退路を絶たれる形となっていた。やられた!


 銃にはまだ弾を装填できていない。これでは精々鈍器としていい仕事をするのが関の山だろう。でもあれに肉弾戦は挑めない。チャレンジしてもいいが、数秒と掛からず俺の命は無いだろうな。


 だが!


『リュウ!弾!』


 後ろで呆けている龍之介に銃と弾が入ったカバンを放り投げて突貫する。考えはあるが成功するかはわからない。運ゲーも良いところだろう。勘弁してくれよ...。この騒動が始まってから死にかけてばかりだ!クソッタレ!


 幸いと言うべき事に異常な力に耐久力が追いついていないのか、先程ガンロッカーを投げるのに使った方の腕は見るも無惨な状態になっていた。骨まで完全に露出していて血が滴り落ちている。


 まぁでも、口が無い分まだマシか


 そんな呑気な事を考えていた。そいつの脇を抜けようとした時、無事な方の腕が近づいてくるのが視界の端に映る。どの部位であれ、あれに掛かればまるで豆腐の様に握りつぶされるのは想像に難くない。しかし、当然の事だが相手は目と鼻の先で、それを避けきれるほど俺の体格も小さくはない。悲しいかな、敢え無く掴まってしまう形となった。



 


 掴まれたそれを脱ぎ捨てて再び床を蹴って走る。こいつを挟んだその向こう、カーテンで塞がれた窓へと!


 カーテンのレールが高速で擦れる音と共に光が入ってくる。暗闇に目が慣れきっていたせいか酷く目が眩んだが、眼前のこいつは俺の比ではなかった。まるで光に体を焼かれてるかのように暴れまわっていた。


「アーサーおまたせ!」


 時を同じくして、弾を装填しきった龍之介が銃をそいつに向かって構えながらそう言う。そして...


 カチッ


 


 そんな最悪の結果と共に間抜けな軽い音が嫌に鮮明に響き渡る。


「クッソ!」


 龍之介が間髪入れずに排莢しようとする、その動作はかなり素早く1秒にも満たない程度のだったものの、いつの間にか混乱から立ち直っていたあいつの接近を許すには十分な時間だった。銃を構え直した頃にはもう龍之介の目と鼻の先。


「くっ...」


 龍之介は首を掴まれ、持ち上げられていた。



 死



 その不吉な言葉だけが脳内を支配した。床を蹴る。アレを今すぐ殺さなければいけない。ガラ空きの背中に突進、頭部に向かって一直線にナイフを刺した。



 一度、足りない。



 二度、まだだ。



 三度目で遂にそいつの息の根を止める事に成功した。巨木の様にビクともしなかったその体から力が抜け、龍之介を掴んでいたその手を離すと共に横合いに倒れ、最初からそうだったかのようにピクリともしなくなった。


「おえっ...」


『おい、生きてるか?』


 咳き込む龍之介に手を貸して立ち上がらせる。首に酷い痣が出来たぐらいで大事はないみたいだった。


「ああ...助かったよ。こんなのがいるなんて...あ...」


 一つ目の死体に視線を向けながら感謝と悪態を同時に紡ごうとしたその口は、驚愕の表情と共にまるで何かに気づいたかのように閉じられた。




 *




 俺達は森までなんとか戻ってきていた。それなりに派手な音を鳴らしたつもりだったが、事前に周囲の感染者を排除したのが効いたのか、集まってくる事はなかった。だが、万々歳とは言えない雰囲気が漂っている。


 結局の所、人外と表現するのが最も適切なあの一つ目はあの家の主で、龍之介の知人らしい。ここまでの道中ずっと暗い表情をしていた。


「アーサー、俺に出来る事ってあったのかな?あそこで強く引き留めていれば何か変わったのか?」


『たらればなんて物には価値がない。悔いるぐらいなら出来るだけそいつを記憶し続けろ。そいつの願いも呪いもお前自身の手で未来に連れて行け。知人だったんだろ?生きていれば何を望んだかぐらいは知ってるはずだ』


「望み...」


 そう呟いた数瞬後の顔はどこかマシに見えた。


「なぁ」


『なんだ?』


「アーサーの好きな物は...車だったな。あの腑抜けた表情でわかるか」


『おい』


 調子を取り戻したと思えばこの酷い言い草である。ほんとに憎たらしいガキだ。


「嫌いな物はなんだ?万が一の時は俺があんたを未来に連れて行ってやるよ」


『タケノコだ』


「へ?」



 そう言いながら頭に強めの拳骨を落とした。


「真面目に答えろよなぁ!」


 そんな元気な抗議の声が森に静かに響き渡った

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アーサーウィズユー @MagguMagu

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