第18話 変質

 金貨と光弾が空を切り、灰色のリザードマンの群れを爆炎が吹き飛ばす。

 もう随分な数の敵を倒し、相当な距離を走った筈なのに、いかんせんリザードマン共の包囲から抜け出せる気配がない。

 素材も落ちるし小槌で殴れば金にもなると狩場としては理想的だが、今の目的はドロップアイテムでも金でもなく、目的地への到達なのだ。


 無限湧きが助かるのはそのエリアの敵を蹂躙できる強さを手に入れてからの話で、気を抜いたら死亡しかねない現状ではこちらにメリットなどありはしない。

 加えて、このゲームにはレベルも経験値も無い。

 敵を淡々と倒す旨みも他のゲームと比べれば少ないのだし、一刻も早くこのエリアから逃げおおせたい所だ。


「ああもう、ほんっとキリがない……しかも、心なしか強くなってってるよね!?」

「……ですね。最初は2、3発で倒せていたのに、今は5発入れても倒せるかどうかってところですし。このエリアから逃げるようにも、包囲を突破できなければ……」

「うん、死ぬね」


 至極あっさりと、リシアさんは言い放つ。

 このゲームのデスペナルティは比較的軽く、所持金が半分になるだけだ。

 金策が難しい以上は金の価値も高いが、それでもアイテムロスト等々がないだけ優しいゲームだろう––––––––なお、懸賞金が掛かっていない場合を除いて。

 PKやNPCへの攻撃、立ち入り禁止区域への侵入や許可のない国境越えなど、設定された犯罪行為に及んだ際にプレイヤーへ付与される特殊な状態異常、懸賞金。


 懸賞金が掛かっている状態で死亡すると所持金が全消滅する上、さらに懸賞金分のが発生する。

 所持金が、マイナスに到達するのだ。


「俺はともかくとして、リシアさんは死んだら不味いでしょう?」 

「まあ……賞金首じゃなくなるならそれはそれで、ね。ほら、アクセンから一万ゴルドを返して貰えばマイナスも多少は埋め合わせられるしさ」

「で、現在の懸賞金額は?」

「聞いて驚け、なんとびっくり十万ゴルドを優に超えるんだよね!」

「じゃあ駄目じゃないですか––––––––ッ!?」


 リシアさんの借金をどう返済すればいいか、死んだ後の事を考え始めた瞬間。

 俺の足元から急に生えてきた黒い刃が、顎を切り裂き鼻を掠める。

 

 顔から黒い霧が漏れる。

 喰らったダメージの量は分からないが、耐えるとして後一発だ。 

 そして正体不明の脅威が現れたからと言って、灰色のリザードマン達が帰ってくれる訳もなく。

 

「……『ファストヒール』」


 初めて司祭らしい回復魔法を使った所で、生き延びられるビジョンも見えない。

 せめて、リザードマンがもう少し弱ければ。

 せめて、黒い刃の正体さえ分かれば。

 せめて、もう少しだけ俺が強かったのなら。


「すみませんリシアさん。ここ、俺には早すぎたみたいです」

「いやいやいや、まだ諦めるには早––––––––」


 地面から、黒い刃が出現する。

 俺の体が両断される。

 視界が暗転する。

 初めてのゲームオーバーの感覚に、脳が震える。


 やっぱり、戦闘なんてするものじゃないな。

 これを機に、安全な金策の方法を本気で探しに行くか。


 ……?


 リスポーンが始まらない。

 視界は未だ暗いままだ。

 体はとっくに再生していて……何故か明確に、立っている感覚がある。

 

「あーあー……喋れる。聞こえる……バグ?に、しては笑えないですね……」


 メニューは開けない。

 視覚以外は正常に機能していて、だからこそ暗闇が恐ろしい。

 FVR黎明期には、フルダイブしたまま帰って来れなくなるという系統の都市伝説が蔓延っていたが、まさかね。

 こんな所で進行不可系統のバグを引くとか、うん。

 都市伝説を抜きにしても恐ろしいし、まずはログアウトする方法を探らないと。 


 暗闇の中で何となく足を前に出し、歩く。


『先へ進む事でクエスト『富神への謁見』が変質します。よろしいですか?』


 迷い込んだ暗闇の世界で最初に見た情報は、他ならぬメッセージウィンドウ。

 これによりゲームが正常に機能している事は分かったが、だからってウィンドウに書かれている事の意味はよく分からない。

 唐突にクエストが変質すると言われましても。

 ここで立ち止まった所で、ログアウトはできそうにないし。


 何より、好奇心は止められそうにない!


 一人、決意を固めて先に進む。


『よし、これで合意は得られた!マスターNPCだの管理AIだの神だのと言った称号があった所で、自由に全てを書き換えられる訳じゃないのは厄介だな』


 声が響く。

 この空間ではなく、頭の中に直接。

 一切聞き覚えのない女性の声が、響く。


『クエスト『富神への謁見』は『賽神への謁見』に変質しました』


 賽神。

 再度出現したウィンドウに書かれたその名前は、一切覚えのないものだった。

 このゲーム世界に存在する神は七柱で、その中に賽神なんて神は存在しない。

 賽、即ちはサイコロ……ダイスの神。

 

「或いは賭け事の神、でしょうか」

『ああ、正解だ。初めましてアクセン、つい先ほど自己紹介は終えてしまったが……私こそが、賽神と呼ばれるモノだとも』

「……ああ、俺の声も届いているんですね」

『無論だよ。さて、何から話したものかな。私が何なのかを理解してもらう為にも……このゲーム世界の仕組みから話そうか。うん、それがいい』


 賽神を名乗った誰かは、つらつらと流れる様に話し続ける。

 そこに人間的などもりや躊躇いはなく、普通のNPCやユニークNPCと比べても非人間的に思えてしまう。

 暗闇の中頭に響く声は何処か恐ろしくて、美しくて、神に対する畏怖と信仰が生まれる理由が少しだけ分かった気がした。


『アクセン。君は近年のゲーム開発がどうなっているのか、知っているか?』

「それは……何とも唐突ですね。FVR技術の確立によるゲーム自体の規模上昇と、それによる開発リソースの増加。俺は専門家でも何でもないので、ネットニュースで見た程度の薄っぺらい知識しかありませんよ」

『何、それで十分だ。今回の話で重要なのは、ゲーム開発に必要なリソースが年々増加していると云う事実だけ。君も知っているだろう?人的資源を補う為にほぼ全ての現場で投入、使用されている技術の存在を』


 ––––––––思い付く限り、そんな技術は一つだけ。


「高度に発達した、人工知能AI

exactlyその通り!それこそが私の正体だよ、アクセン』


 詰まる所。

 彼女はメタ的な知識まで学習した、ゲーム内要素に干渉出来る機械仕掛けの神。

 人間と同等の存在がユニークNPCだとしたら、彼女は人間を超える機能を持つ様作られ、その事を自覚している存在。

 最初に本人が溢していた言葉を使うのなら……マスターNPC。


「それで、貴方は何の用があって俺の元へ?デスゲームを開く気が無いなら、是非とも要件を話した後に帰して欲しいのですが」

『アクセン、君は実に反抗的だな。私の権限があれば、進行不可レベルのデメリットを持ったパッシブスキルを大量に与える事も可能なんだぞ?』

「……権限を濫用しないで下さいよ、すみません」

『ははは、それは君の態度次第だとも。他の神共と違い、私は特定個人へ肩入れする為に作られた存在だ。寧ろ、正しい使い方だとは思わないか?』


 彼女にもしアバターがあれば、今はニヤリと笑っているに違いない。

 そもそもAIである以上は彼女ってのも変な話だが、声が女性的なのでとりあえずは彼女で良い……だろう、多分。


『まあいい、そんな事はどうでも良い。私の要件は一つだけ、君にとってはメリットばかりの簡単な要求だとも』


 どうしようもない寒気が、悪寒が、背中を伝う。


『––––––––私の寵愛を、受け入れ給えよ』 






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美少女になりたい金策廃人はVRMMOで大富豪を目指します! 不明夜 @fumeiyo

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