第17話 沼地のトカゲにトラップを添えて

 泥色をしたカエルの頭蓋に光弾が命中し、弾ける。

 一撃で砕く威力こそ無いものの、ならば二撃目を入れるまで。


「『打出の小槌』!」


 ぬかるんだ地面を力の限り蹴り跳躍し、勢いのまま赤い木槌を振り下ろす。

 そして少しぬるぬるとした蛙の表皮へ銃口を押し当て、間髪入れずに引き金を引く。

 蛙は黒い霧となり、ドロップアイテムを残して消滅した。


 特に意味もなくローブの裾を手ではたき、後ろへ向き直る。


「それじゃあ何から話しましょうか、リシアさん」

「……その最高にカッコいい魔銃についてとかじゃ駄目かな?」

「了解。なら、魔銃についての話は最後に回しましょうか。とはいえもう訊くべき事はありませんし、本名と住所が出てないなら別にいいですよ。どうせカルメ焼き関連は遅かれ早かれバレていたでしょうしね」

「うう、ほんとごめんなさい……何故かアクセンが絡むと失言が増えている、気がする。今後は再発しないよう努めますから信じて……」


 リシアさんは顔の前で手を合わせて謝罪の意をこちらへ伝えようとしている、というよりも追求されぬよう祈っているのか?

 どちらにせよ、彼女には不用意に個人情報を渡さないようにしないと俺にも飛び火してしまいかねない。


 悪人ではないが危険人物、という評をまさかイナリさん以外にもする日が……そういや元ギルメンのトツカさんも危険人物ではあるしな……

 かつての俺の周辺人物、全員碌でもないのではないかと云う嫌な気付きが生まれてしまったが、この程度で心をかき乱されてたまるか。


 魔銃をアイテムボックスに仕舞い、また一歩を踏み出す。


「さて、じゃあ急ぎますよ。配信急に中断してもらってすみません。というか、最近のリシアさんって配信中断しすぎなのでは?配信者として問題なんじゃ……」

「そうだねー問題だね、でも大体全部アクセンさんも悪いかな!?」

「そりゃあ責任転嫁ってヤツじゃないですかね。俺そんな何もしてませんよ」

「……うどんを喉に詰まらせて死にかけてた!」

「関係ないですよねそれは!?人の、しかもゲーム何も関係ない痴態を急に出さないでくださいよ」


 もう二度と学食でうどんは頼まないと、心の中で一人誓う。

 

 * * *

 

 何やかんやでリシアさんの配信も再開し、シガレドへ行く事を何故か全力で拒否する彼女を引っ張って先のエリアへと進む。

 

 そこは地面のぬかるみが最高潮に達している、所謂沼地だった。 

 降り止まぬ雨を避ける為フードを被り、何処の誰が設置したのか分からない木の足場の上を歩く。

 泥沼の中を歩かなくて済むのは有り難いが、うっかり足を踏み外せば全身泥まみれになる悪環境に変わりはない。

 それに、凡ミスがなくとも沼に落ちる可能性はあるのだから、警戒を緩める訳にもいかない。

  

「––––––––アクセン、後ろ!」


 ……まあ、警戒に意味があるかどうかは別問題だ。

 背中に鈍い衝撃を感じた次の瞬間には、俺の顔面は泥沼に突っ込んでいた。

 

 この沼に底が無かったら、あるいは満ちているのが泥ではなく毒だったらと考えるだけでゾッとするな。

 泥まみれでどうしようもなく重い体を何とか起こして立ち上がり、戻ってきた視覚と聴覚で周辺の状況を確認する。


 現在の戦場は数秒前まで俺の立っていた足場の上で、敵たるモンスターは三体、いや、見慣れた黒いハルバードが首を落としたので後二体か。  

 爬虫類を彷彿とさせるギョロリとした目と緑色の表皮をしたのモンスターが、木の棍棒を持って構えている。

 他フィクション作品に倣い、リザードマントカゲ人間とでも呼んでおこう。


 幸いにも俺が受けたダメージは少ないみたいだし、すぐ戦いへ復帰しようと足場の上に身を捩って乗る。

 リシアさんに加勢しようと魔銃を取りだした––––––––瞬間、視界の端の空間が揺らいだ、様に見えた。

 

 見間違いとは思えない。

 何故なら、その揺らぎは今も明確に動いて、移動しているのだから。


 その揺らぎに銃口を向け、引き金を引く。


「……ビンゴ」


 光弾が、何もない空間に命中する。

 空間にあった揺らぎの形は徐々にリザードマンへと変化し、そこから突如として出現した……否、元よりそこに居たリザードマンは黒い霧となって倒れ伏す。

 なるほど、彼らは透明化して奇襲する能力を持っているのか。

 周辺をちゃんと警戒していた俺が泥沼へ突き落とされたのも、この透明化を生かした攻撃によるものなら頷ける。


 周りに空間の揺らぎはもう見えないし、リシアさんの加勢に行かないと。

 そう思って後ろを見ようとした俺の視界に映ったのは、大群だった。


 泥沼を埋め尽くす程の、リザードマンの大群。

 しかし彼らの表皮は緑色ではなく、今の空模様と同じ陰鬱な灰色だ。

 武装も木の棍棒ではなく石の槍と幾分か文明的で、素人目には先ほど戦った奴らよりも強敵に見える。


「はー……面倒な事になっちゃった。これだからシガレドの方には行きたくなかったんだよね。もう二度とこの辺を通るつもりは無かったのに」

「そこまで言われると、少しだけ申し訳ないですね」

「少しだけなの?まあ別にいいよ、どうせアクセンもここを抜ける頃には同じ感想を抱くことになるだろうし。簡単に言うと、ここはみんなのトラウマエリアなんだよ」


 緑色のリザードマン二体を真っ二つにしたリシアさんは泥だらけの俺を見て、大変嫌なワードを言い放った。

 この世に存在するゲーム、その中でも特にアクション要素の強いゲームには、プレイヤーに二度と行きたくないと思わせるようなエリアが往々にして存在するものだ。

  

 例えば強い敵が大量に湧いてタコ殴りにされるだとか、足場が悪くて一歩間違えば即死だとか、無限に強力な遠距離攻撃が飛んできてなす術もない、とか。

 高難度と理不尽の狭間に存在する、誰よりも何よりも嫌われているのに、それでも尚魅力的––––––––と感じる人もいる––––––––


「とりあえず……囲まれる前に走ろっか。とにかくエリアを抜けるか、もしくはここのフィールドボスを見つけて倒す。それでいいよね?」

「良し悪しを判断できる経験が俺にある訳ないじゃないですか。とはいえ現状がヤバい事だけは分かるので、打破できるのならそれで。指示は任せましたよ」

「了解。それじゃ、死なない為にも死ぬ気で付いてきて!」


 俺達二人を視認して、灰色のリザードマン達はゆっくりと沼より押し寄せる。

 その数は前方に確認できるだけでも優に三十を超えていて、もしこのエリア全体に湧いているのだとしたら、その数は数百程度では留まらないだろう。


 木の足場の上を疾走する。

 もう既に包囲は完了していて、足場の上で待ち構えるリザードマンも複数。


「道を開けろってんですよ––––––––『仮初の金貨』、『金貨飛ばし』!」

「吹っ飛ばして、押し通る––––––––『バーントラップ』、『起爆』!」


 敵陣の中心に出現した野球ボール大の球から爆炎が発生する。

 飛翔する金貨と光弾が灰色のリザードマンを撃ち抜く。


 ––––––––状況の分からぬままに、走る。






 

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