第30話 神の子らは祝福をされ
レナルドの話によれば、リュシエンヌの瞳の色がアイスブルーに変じているのは、力を使いすぎて消耗しているだけの状態らしい。本来ならば充分な休息ですぐに力を取り戻すはずだったが、過去のリュシエンヌは虐待による精神的ストレスと、さらには『神の子』であったころの記憶を失っていたせいで、疑似的に神の子の力を自ら封じていたような状態であったらしい。そのために魔法も発動できなかったし、瞳の色も戻っていなかった。
今はアイスブルーの瞳ながら魔法も使えるし、彼女は虐げられていない。レナルドの見立てでは、一年も経たずに瞳の色は戻るだろうとのことだ。
アイスブルーの瞳のままリュシエンヌを人前に出すことは得策ではない。とはいえ、神の子同士の結婚は早めにすべきだろう。
そういうわけで、レナルドたちの結婚は急がれることになった。神官たちに対してリュシエンヌとレナルドが神の子であることを明かし、再度祝福の鑑定をしたあの日から、まだ二カ月ほどしか経っていない。本来ならば、王族の結婚、増して暁と宵の神の子の結婚ともなれば、婚礼に準備は沢山必要だったろう。
けれども、王族でないリュシエンヌを早くこの国に縫い留めるために、早々に婚礼が執り行われることとなった。
今日がその婚礼である。
聖女の衣装に身を包み、ヴェールを目深に被ったリュシエンヌの隣には、王族の礼服を纏ったレナルドがいる。二人は今、暁と宵の神の像の立つ広場にいた。その周囲には、たくさんの貴族が集まってきている。
今は誓いの前に、神の子をお披露目しているところだ。神官長が喋るので、リュシエンヌは喋る必要もない。神の子の紹介に、集まった人々はしきりに拍手を送っていた。
それまで欠落王子として政治力も何もなかったレナルドと、社交界に顔を出さなかった伯爵令嬢は、今や国中に祝福される神の子だ。この場にはもちろん、ベルナールもいる。そしてリュシエンヌの友達になったイリス・デュメリーも来ていた。
群衆の中で感動した様子で二人を見守るイリスの様子に、リュシエンヌは苦笑する。
(……イリスも、祝福してくれてるのよね。もう私は、『悪女』じゃない)
リュシエンヌの人生に戻ってきたとき、終焉の悪女になるのを回避しようと思っていた。暴走はしてしまったけれど、もう、リュシエンヌが『終焉の悪女』になることはきっとないのだろう。
感慨深くしている彼女の様子に、隣にいたレナルドだけが気づく。
「……どうしたの? 疲れた?」
ごく小さな声で囁かれた声に、リュシエンヌもまた小声で返す。
「いえ。もう……私は魔法を暴走させることはないんだろうなって、思いまして」
「……そうだね。でももし暴走しちゃったとしても、僕がまたとめるから大丈夫だよ」
「だめです」
「うん?」
「……私を幸せにしてくださるなら、レナルド様も怪我したらだめです……」
リュシエンヌは拗ねたように言う。ヴェールを被った彼女の表情は、レナルドには見えないだろう。けれど声音だけで彼女の気持ちを汲んだらしい。
「そうだね」
目を細めたレナルドが笑う。
(終焉の悪女にならないためじゃなくて、ちゃんと幸せになるために、これからはがんばろう)
そっと手を繋いできたレナルドのぬくもりを感じて、リュシエンヌは改めて決意する。
話を聞いていなかったが、神官長からの紹介の演説は終わったらしい。ここからはふたりの婚姻の儀式だ。といっても、することはシンプルである。
「神の子らはこの場にて夫婦となります。それでは誓いを」
「レナルド・デュクスはリュシエンヌ・ルベルを伴侶とし、生涯と共にすると暁の神に誓う」
「リュシエンヌ・ルベルは、レナルド・デュクスを伴侶とし、生涯を共にすると、宵の神に誓います」
宣誓したふたりは向き合う。リュシエンヌは目を伏せたところで、レナルドが彼女のヴェールを開けた。瞳の色を見られないために、彼女は目を閉じたままこれからのことを行う予定だった。
「好きだよ、リュシー。これからずっと一緒だ」
穏やかだが熱のこもった声に、彼女の頬が染まる。
「はい」
胸がきゅうっとしまって、こらえきれずリュシエンヌはうっすらと目を開いた。その瞳は、暮れ始めの空の色に染まりつつある。
「私も、好きです」
ようやく言葉を返したところで、誓いのための唇が重なる。途端に、周囲からわっと歓声が上がった。
「ここに神の子らは、神の祝福を受け、夫婦となりました」
神官長の宣言も聞こえないほどの盛大な拍手だ。
こうして、『終焉の悪女』は現れることなく、宵の神の子は運命を廻り巡って帰ってきた。環境に翻弄され踊らされた日々はもう終わりだ。これからの彼女は、レナルドと共にまっさらな未来を歩んでいくだろう。
終焉の悪女は廻る運命に踊らされ かべうち右近 @kabeuchiukon
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