エピソード1「俺の憂鬱」

優斗は1年間通ってこの学校を選んだことを酷く後悔していた。学校の雰囲気が悪いとか、誰かに虐められているとかそんな話ではない。むしろこの「夢ノ宮高校」は公立高校でありながら設備がとても綺麗で通っている生徒もほとんどが常識人だ。

...ではなぜ後悔しているのか。それは

「春斗君!おはよう!!」

「......おはよう」

「あれ?今日元気ないね?大丈夫??」

「大丈夫」

 同じクラスの春風桜の存在、というよりも彼女と席が隣であることに、だ。

―春風桜ーロングストレートの黒髪に見ていると吸い込まれそうな大きな瞳、誰にでも優しくまさにアニメのヒロインの様な存在!!彼女はこの学校の天使だ!!

......とかのたまっていた俺の悪友の言葉を思い出す。聞いてもいないことをべらべらと話してくるあいつには正直辟易しているが、あのときのあいつの熱の入れようは尋常では無かった。そしてそんな彼女の隣になった話をしたときには凄まじく恨みがましい視線をいただいた。

......今周囲から感じる男子の視線と全く同じ視線である。その『お前じゃ釣り合わねえよ』みたいな視線はやめていただきたい。居心地が悪い。

 まぁ彼らの気持ちもわからないことはない。俺こと鈴原優斗の見た目は良くも悪くも普通、人からモテるわけもない。もし今からデスゲームが始まったら一番最初にひっそりと死んでいそうな人間だ。間違えても最近話題のなろう系主人公にもなれない男、それが俺なのだ。俺だってクラスのルールさえなければ、変われるのならば今すぐにでも君たちと変わりたいのである。それに俺はあまり女子とは関わりたくない。俺はこの居心地の悪さに、はぁとため息をついてしまった。そしてそれは彼女にも聞こえてしまったらしい。

「優斗君本当に大丈夫??疲れているなら私保健室につれていくよ??」

「心配してくれてありがとう。でも本当に大丈夫だから」

「で...でも...」

 マズい。周りからの視線がどんどん鋭くなっていく。先ほどまでは男子のみの視線だったのに今は女子の視線も感じる。おおよそ『何心配かけてんだよ』というところだろうか。俺の方をチラチラと心配そうに見ている彼女の視線が周りをさらに不穏な空気にさせている。

このいたたまれない空気を変えてくれたのは一人の男子生徒が教室に入ってきたときだった。

「おはよう!みんな!」

「「「おはよう~!!」」」

爽やかな空気とともに俺を助けてくれた(偶然だが)彼は梅宮光誠。この学校の王子様である。彼は自分の席に荷物を置くと俺たちの席の方に歩いてくる。

「おはよう。春斗。春風さん。」

「おはよう!梅宮君!」

「おはよう、王子様」

「...優斗その呼び方やめてくんない?」

何を抜かしているのか。物語の主人公みたいなスペックしているくせに。

「はいはい」 

「はい、は一回だよ??優斗君」

「......はい」

「...フフッ」

その後は光誠と春風さんが話あっていた。こっちに話も向いてこなさそうなのでそのままチャイムが鳴るまで独りの時間を楽しむ。光誠が来てくれたので周りの空気も悪くない。それに彼と彼女が話していると絵になる、というか。だから嫉妬よりも諦めの気持ちになるのだろう。これで周りの視線が集まらなくなったと安堵した、とともに光誠に助けてもらっている自分が惨めで。こんなことを考えている自分自身に嫌気がさす、そんな朝だった。


                 ♢♢♢


学校が終わり放課後、俺の学校生活に転機が訪れた。

「席替えするからみんなくじ引けよー」

それは先生からの一声だった。そのたった一言でクラスの雰囲気は最高潮に達し、

そして空気が爆ぜた。

「やっとこの時がきた!!」

「この時をどれ程待ちわびたことか...」

「こんどこそ...こんどこそ春風さんの隣に!!」

「俺の運すべてを犠牲にしてもいい......!!だから頼みます神様!!彼女の隣の席をください!!」

主に男子の。確かに席替えは学校イベントでも特別ではあると思うが、ここまでの空気になるのは他クラスを探してもそうはないと思う。

かくいう俺も今回は席替えに心が躍っている。だがそれはみんなのように春風さんの隣になりたいから、という理由ではもちろん無い。

「これで...解放される......!!」

平和な学校生活を取り戻せるからだ。これからはゆっくりと読書をすることができるし、それに何より居心地の悪い思いをせずにすむ。

「...優斗君。なんか嬉しそうだね??」

声に反応して隣をみると、少し不満げな顔をした彼女がこちらをみていた。

「え、そう??」

「うん。だってさっきから口元がニヤニヤしてるもん」

どうやら顔にでていたらしい。

「ねぇ。席替えそんなに嬉しい??」

「嬉しいでしょ。そりゃあ」

......彼女の顔が少し曇った気がする。

「私の隣、そんなにいやだったんだね...」

「いや、なんでそうなる」

なんかいきなり落ち込みだした。しかも核心をついてきた。

「じゃあどうしてそんなに嬉しそうなの??」

ここで本心そのままに「隣にならなくなるのが嬉しい」なんて言ったものなら確実に彼女は泣くだろう。そしてその姿をみた周りは必ず俺を攻めるだろう。

......つまり俺が答えられるのは

「...新しい人と仲良くなれるかもしれないし」

「え、そうなの??あんまり他人と関わりたくないのかなって思ってた」

「ひどくね??」

一般論で返したら正論で返された。とにかくここは否定しとかないと面倒くさいことになることだけは確かだ。

「とにかく、横がいやだとかそんなことじゃないからさ。うん。本当に。トモダチホシイカラネ」

「ふ~ん。そっか...」

彼女からの反応的に、何とか納得してもらえただろうか。

「じゃ、じゃあさ」

「ん??」

「もし、さ。また私と隣になっても嬉しい??」

そうきますか。嬉しいか?と聞かれたら正直微妙、なんだけど

「嬉しいよ。俺は」

そういうと彼女は元気が戻ったのか、とにかく顔色が元に戻った。

どうやら自分の引く順番がきたようだ。

「じゃあ次鈴原~、くじ引きにこい~」

「はい。...それじゃくじ引きに行くわ」

そう彼女に断りをいれて俺は席を立ちくじを引きにいく。

そして結果は......窓際の一番後ろ。いわゆる主人公席だ。正直席の場所は一番嬉しい。

「それで何処の席になったの??」

席に戻ると開口一番に彼女はそう聞いてきた。

「窓際も一番後ろの席。本当いい席をとれたかも」

「へぇ、そこなんだ。本当いい席だね!」

...なんかすごく嬉しそうだ。春風さんは本当にいい人だと思う。だってこうやって人の幸せを一緒に喜べる人なんだから。

「次、春風~。引きに来いよ~」

そんなことを考えているとどうやら彼女の引く順番がきたようだ。

「はい!!じゃあ優斗君、次も隣になれるように引いてくるね!!」

そう言って彼女は引きに行った。

正直、あの主人公席をとった時点で二回目の春風さんの隣はありえないと思っている。ただでさえ同じ人と二回連続で隣になる、ということはほとんど奇跡に近い。

そこに隣の枠はひとつしかないというのは、ありえないだろう。流石にそこまで天に嫌われているとも思わない。ゴミ拾いだってしてるし、人助けも出来ているほうだと思うし...etc、とにかく彼女の言っていることは有り得ないことなのだ。

まあ、だから安心して、落ち着いて彼女と最後の会話を楽しんでいるんだけど。

「引いてきたよ~」

どうやら引き終わっていたらしい。彼女がいつの間にか席に戻ってきていた。

「...なんか嬉しそうだね」

「え、そうかな~??」

どうやら席がとてもよかったのだろう。それくらい彼女はニコニコとしている。そして俺の方をしっかりと向いている......

「......どうかした??」

「いつ何処の席になったか聞いてくるのかなと思って」

「興味ないからね」

バッサリと切り捨てるようにそう言うとジト目でこちらを睨みつけてきた。

「そんなに睨みつけられても」

「優斗君が聞いてくれるまで『睨みつける』はやめないから」

彼女は『私、不機嫌です』と顔にだしながらそう言う。どうやら聞いてほしいらしい。俺としては近くでさえなければどこでもいいのであまり知りたい欲はない、のだが...

「ジーー」

声に出してまでアピールしているのだから聞くまで止める気はないのだろう。別に俺が折れたらいいだけのことだ。

「...春風さんは何処の席になったの??」

「え...!!知りたいの~??」

途端に彼女は嬉しそうに顔を緩める。もう面倒くさくなってきたので彼女のペースに乗ろう。

「知りたーい」

「本当に~??」

「知りたーい」

どうやら彼女は満足したらしい。チョロいな。

「仕方ないな~、席はね~、いいところだったよ~!!」

「.......はい??」

俺の間の抜けたような声を聞いてしてやったりとした顔を彼女はしていた。

モヤモヤとするので彼女にもう一度聞こうと思って話しかけようとした、その時

「それじゃ、席替え始めるぞ~」

先生の声が聞こえた。どうやら全員引き終わったらしい。周りの人達が少しずつ動き始めた。その流れを見ていたら彼女も動き始めていた。

わざわざ引き留めるのもどうかと思うので俺も席替えの流れにのることにしよう。

できれば物静かな人の近くになれたらいいなと密かに思いながら俺も机を動かし始めた。



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すれ違い、恋 黒淵とうや @kuruseid

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