第二部 ――再開の音

 正社員兼弟子として就職してから6年が経った。

 12月の中旬。寒さが深まり手が悴む。

 さくらは未だに狭い社宅の一室で暮らし、洋子の元で研究と作成に注力している。

 紅葉からの手紙も続いており、学校での話やお姫様たち人形の話、紅葉お手製の洋服の話など、多岐にわたる話を手紙を通して楽しそうに伝えてくれている。

 さくらが自室で次作の構想を練っていると、扉が三回叩かれた。

「はーい」

 さくらは立ち上がり背後にある扉のドアノブに手を掛けて開けた。

 そこに居たのは七森洋子。さくらは彼女のいきなりの訪問に驚き思わず動きを止めてしまった。

「こんばんは。今少しいいかしら。大切な話があるの」

「あ、はっ、はい」

 さくらは洋子を部屋に入れ、急いでお茶を用意した。

 洋子はお茶を一口飲んでから、本題へと入った。

「お話というのはね、貴女にはそろそろこの社宅から出ていってもらおうと思っているの」

 洋子の正面に座っていたさくらは固まった。

 出ていってもらうということは、それすなわちクビになるということなのではないか。そんな不穏な考えが脳裏を過る。

「そ、それは……」

 洋子は不思議そうな表情を見せた。

「あ、あの。クビってこと……でしょうか?」

 怯えるさくらの言葉に驚いた洋子は、小さく声を上げた。

「まあ、違うわよ。私が新人の子たちに社宅に住まわせている理由って言ったことあったかしら?」

 さくらは頭を左右に振った。

「いいえ。聞いたことありません」

「では話しましょう。こんなに狭い社宅に住んでいただく理由は、この仕事に集中して私の後継者を育てたい。世界に羽ばたけるデザイナーを育て上げたい。主な理由はこの二つです。デザイナーとして羽ばたいていくにはそれくらいしないといけないと思っているのよ、私」

 その考えはさくらにも理解できる。だからこそ大好きなお人形と離れてまでここまでやって来たのだ。

「本当だったらもっと早くに独り立ちさせてもよかったのだけれど。貴女かなり腕が良くて、もう少しここに置いて技術だけでなく、営業、経営、その他独立しても大丈夫なように色々と手を施してあげたかったの」

 さくらはその言葉に息を飲んだ。

 その言葉はつまり、彼女に認められていたということ。幼いころから勉強をして、腕を上げて、何があっても挫けなかった今の自分を認めてもらったということ。

「もうあなたに色々授けてきて、そろそろここから出ていってもいいと思っているの。独立とは別の話でね」

「そ……それは。一人暮らししてもいいということでしょうか?」

「そうよ」

「広い部屋に住んでもいいということでしょうか」

「ええ。ここ狭いものね。ここの社宅も古すぎてどうしようもないわよね、本当に。広くするにもそこまでかけていられないもの」

 さくらは震える唇で、一番気になっていたことを口にした。

「姫ちゃんたちと、また暮らせるのですか?」

 洋子は何を言っているのか分からずに小首を傾げた。

「誰かは知らないけれど、もちろん誰とでも自由に暮らしていいわよ。仕事には手を抜かないでね」

「も、勿論です!」

 さくらの声は少し裏返った。

「お話はこれだけよ。それでは、おやすみなさい」

 洋子は立ち上がり、それだけを言って部屋から出ていった。

 さくらは放心状態で立ち上がり、机の上にあった携帯電話を取ってある人物へ電話をかけた。

 電話は二コールで出てもらえた。

「もしもし……」

 自分でも驚くくらいに静まった声に、相手からの返信は少し遅れた。

『……え。お姉さん?どうしたの?なんか声が沈んでるよ』

 相手は紅葉だった。あの時以来会ったことは無く、電話や手紙でのやり取りが続いていた。

「紅葉ちゃーん……」

『なんですか?お姉さん』

「うぅ……。やっと一人暮らしできるー!姫ちゃんとお人形さんたちと一緒に居られるー!」

「わーい!やったー!お人形さんたちもずっとお姉さんのこと待ってるよ!いつお引越しするの?私も遊びに行く!」

 一人暮らしをしてもいいとは言われたものの、まだ何も決めていない。

 今言われたということは恐らく三月までに決めなければならないだろう。

 紅葉はまだ学生。春休みがあるはずだ。その時期に来られるように、二月までには家を決めたかった。

「家が決まったらまた連絡するね。春休みには来ても大丈夫なようにしておくから」

『うん!楽しみにしてるね』

 高揚感を残したまま、挨拶を交わして通話を切った。

 これでまたお姫様たちと一緒に暮らせると思うと空にでも飛んでいきそうだった。

 しかしそんなに浮かれてもいられない。クビを切られないように、この社宅に戻ってこないように、さらに腕を磨いておかなければならない。

 気を引き締めながら、さくらは今日の分の作業を終わらせた。

 次に紅葉と人形たちと会うときは、手作りの服を作っていこう。

 そう決めて、さくらは寝床に着いた。

 大好きな人たちと会えるのを楽しみにしながら。


                           おわり

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姫の夢 北嶌千惺 @chisato_k

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