魔導具と魔動機~ドルチェ先生の特別授業
青の日は、貴族たちの安息日である。
国有ダンジョン『欲望の
冒険者としても、神官としても、まだ駆け出しの少女、トワはもう一つ納得がいかない。
主に平民の信仰する豊穣神の信徒としては、貴族の信仰する天空神の色である、青の日を安息日とすることに抵抗があるのだ。
司祭様に不満をぶちまけた所、
「天候次第で作物の実りも変わるのですよ」
と、軽く諭されてしまい、納得せざるを得なかった。
とはいえ、酒場に入り浸りも、娼館で遊んだりもない少女だ。
せいぜい、学術都市を散策してみることくらいしかすることはない。安息日には、礼拝すら禁じられているのだから。
(表通りは大体覚えたから、今日は裏通りを見てみようかな……)
何の宛もない。気まぐれで道を歩いてゆく。
表通りから、奥まった道に折れて少し行った所……。小ぢんまりとした、雰囲気の良い店があった。何の店かと看板を見たが、とんがり帽子に歯車の絵が何を意味しているのか?
(何の店だろう?)
興味本位で店に入ってみた。怒られたら、逃げちゃえば良い。
良く磨き込まれた店内。棚に並んでいる物を見ても、何だか良く解らない。
窓際に商談用らしい丸テーブルがあって、奥のカウンターには店番らしい、トワと同じくらいの年齢の少女が何やら小さな箱を覗いていた。
淡いピンクのエプロンドレスが可愛らしい、人形みたいな女の子だ。
「あ……いらっしゃいませ」
ようやくトワに気づいたのだろう。花のように微笑む。
店番失格ではなかろうか……?
とりあえず、一番の疑問を訊いてみる。
「あの……ここは何を扱っているお店なのでしょう?」
あ、笑われちゃった。
でも、馬鹿にしているわけではなくて、意表を突かれたって笑い。
そんなに面白いのかな?
「ダンジョンに潜る冒険者なら、知っておかないと。……ウチは魔導機屋さんです」
魔導機! ダンジョンのお宝でも、一番高く売れるやつ。
一つ見つければ、私の身売り金などすぐに払えてしまう、超お宝!
でも待て、何でこの娘は私を冒険者ってわかったの?
私、今日は普通の神官服で、鎧も盾も持ってないよ?
「普通の豊穣神の神官さんなら、今日は安息日ではないでしょう? 最近、駆け出しの豊穣神神官の女の子の話を聞いたので、その娘かなぁと思いました」
ああ、なるほど……。見事な推理だ。
でも私って、そんなに噂になってるの?
「今どきは、冒険者を志す神官さんは少ないです。それにちっとも擦れてない女の子だから、余計に話題になります。なるほど……納得ですね」
しげしげと見られると、照れてしまう。
話題を変えないと……。
「と、ところで魔導機ってどんなものなのでしょうか? 私、まだ見たことがなくて」
「意外に身近な所にも有るんですよ? 意識せずに使ってらっしゃる方が多いです」
「私が持ってる魔法的な物は、『水を出すボトル』くらいですが……」
店番の女の子はコロコロと笑う。
そんなに変なことを言ったかなぁ?
「それはダンジョンのエチケットアイテムなアレですね? アレは残念ながら魔導具です」
うん……主にダンジョン内で催してしまった時に、いくつかある安全性と排水溝のある小部屋で済ませた後、エチケットとして、水で流す時に使うやつ。
もちろん飲み水や、煮炊きにも使えるよ? まだ、そういう使い方するほど長時間は、ダンジョンを探索できないから、お花の香りのを愛用してます。
冒険者……特に女子には必須のアイテムです。匂いも気になるからね。
「そっち関連だと、水に溶ける懐紙とか、無限吸収綿布も魔導具ですよ」
シモのお話だけに、コソッと教えてくれる。
この娘はなぜ、そんなに冒険者の内緒話に通じてるかなぁ?
実際に冒険してから覚える、大っぴらにしないお話なのに。特に無限吸収綿布の話は、男性冒険者にも教えない、月経アイテムなんだぞ?
こんなお貴族様の御令嬢みたいな、お上品な所作なのに。
「魔導具と魔導機の違いはご存知ですか?」
「いえ……全然」
「では、特別に教えちゃいましょう。ダンジョンでお宝を見つけた時の為に、知っておくとお得ですよ」
少女はピョンとカウンターに飛び乗り、腰掛けると、得意げに言った。
こらこら、お店番がカウンターに座っちゃって良いの?
……他にお客様がいないとはいえ。
「魔導具というのは、魔法そのものを宿した道具です。そして、魔動機というのは、流された魔力を動力として動作するものです」
「……よく解りません」
「では、具体的にお見せしましょう」
少女は小柄な身体を捻って、カウンターの裏から、何やら小箱を取り出した。
三面がガラス張りの銀色の小箱だ。
「……ルミュール」
少女が歌うように唱えると、小箱はガラス越しに白く強い光を放った。
ランタンなの? でも、油に灯す炎よりずっと強い光。眩しいくらい。
「これは着火の次に一般的な、照明の魔導機です。小さなランタン型なので、普通の物よりお高くなります」
「本物は初めて見ました……」
「もっと周りを良く見た方が、良い冒険者に成れますよ? 少し形は違いますが、ダンジョン入り口のサロンの照明や、受付のお姉さんの手元照明など、普通に使われてます」
「あ……」
言われて気づいた。
そう、受付のお姉さんたちの、書き物をする手元はとても明るい。
それに、サロンや酒場の灯りも、揺らいだりはしない。……本当だ。
「気づかなかった……」
「当たり前に置いてあると、気づかないものです。……多分、受付のお姉さんたちも、あの照明の値段を意識してないでしょうから」
ちょっと、意地悪な笑みを浮かべてる。
最も高額なお宝と評判の魔導機が、まさかそんなに当たり前に置かれているなんて!
明日から、私も意識してしまいそう……。
「話が逸れました。……ほらほら、ここを上下させると明るさが変わるんです。この時はコマンドワードを言ってませんよね? つまり、魔法で明るさを変えてるわけでは無い。という事になります」
「……なるほど」
魔道士たちの魔法は『スペル』なんて言われるように、多かれ少なかれ、呪文を詠唱しないと発動しない。歌うように長々と唱えたり、本当に単語一語だったり。
その魔法を使い慣れるに連れて、呪文は簡略できるのだとか。
神聖魔法の祈りも同じ。慣れるに連れて、神様も少しづつ神官任せにしてくれる。
そういう違いがあるんだね。
「納得できましたか? では、少し混乱させちゃいます」
少女はパカッと蓋を開けて、魔導機の中から四角い板を取り出す。
そして再び「ルミュール」と唱える。
えっ! 四角い板が光ってるよ……。
「実は、この板は魔導具なんです。ですから、コマンドワードが必要になります。残りの三面ガラスの箱は、魔導具の光を調整する為の魔導機です」
「えっ? 魔導具の中に魔導機が入ってるんですか?」
「混乱してますね? 逆です。魔導機の中に魔導具が入っているものも、有ると覚えて下さい。見分けるコツは、コマンドワードの有無です」
「えっと……では、コマンドワードを使ってる、魔導具と魔導機をどうすれば見分けられるんだろう……?」
「それは簡単です。例えば、この照明の魔導機ならば……光る魔導具は、ただ光るだけです。動作だけで、そこに変化を与えることができるなら、それは魔導機となります」
「受付のお姉さんの手元照明は……点いたり消したりしかしてませんけど……」
「それは、機能を知らないだけです。本当は明るさを変えたり、光の広がりを変えたりと色々できるんですよ? そうする必要がないとはいえ、もったいないですね」
楽しそうに笑うなぁ……。
何か受付のお姉さんたちに、思う所があるのかな?
そこは突っ付かない方が良いと、冒険者の勘が告げてるよ。
「もう一つのタイプの魔導機は、単純に操作だけで動作するものです。着火の魔導機は、
「弩は……魔導機じゃないですよね?」
「はい。神官さんなら感じ取れると思うのですが、魔導機を動作させると、動力としての魔力を吸われます。魔剣とか、それ自体が魔力を帯びているものは、魔導具の一種に分類されます。弩を操作しても、魔力は吸われません。ただの機械です」
「判別するには、吸われる魔力とコマンドワードを確かめる?」
「はい。大正解です。花丸を上げましょう」
何やら昔、故郷の村で司祭様に、文字の読み書きを習ってた時を思い出す。
上手く煽てられて、得意になって覚えた時のように……。
その時、扉がバタンと空いて、臙脂のメイド服の美人さんが飛び込んできた。
「お嬢様! お行儀が悪いですよ! カウンターに座ってはいけませんと、何度叱りましたか?」
慌てて少女が飛び降りて、平身低頭。
今、この娘の方が「お嬢様」と呼ばれてませんでしたか?
何でそんなに、腰が低いのやら?
メイドさんが私に気づいて、営業スマイルを浮かべた。
「失礼しました。 お客様の前でした。……魔動機販売と修理の店、『ドルチェ商会』へようこそ」
ど、ドルチェ商会? その名前は、いくら私でも知ってるよ!
有名な『ゴミ拾いパーティー』の逸話で、パーティーを成功者に押し上げた魔導機修理販売の最大手の大商会。
冒険者なら、誰もツテを持ちたいと思ってる巨大なパトロン。
って、事は……『お嬢様』と呼ばれていたこの少女は……商会主のドルチェ・エスターニア嬢ってこと?
ドッと汗が流れる。
魔導機に詳しいはずだ。魔動機修理じゃ王国一と評判の人だ。
教え方が上手いはずだ。王立魔法学院の魔導機学部の助手として、指導してる人だ。
「し……失礼しました!」
私は慌てて逃げ出した。
背後では
「あの方は、お客様では?」
「ほら、モアレ。噂の豊穣神神殿の駆け出し冒険者の娘だよ」
などという声が聞こえるが、それ以上会話に加わる勇気は無かった。
店を飛び出して、大通りまで全力ダッシュ。
息が切れたけど、まだ胸のドキドキが止まらない。
びっくりしたよ! びっくりしたよ!
……でも、優しい人だったな。
「魔力を吸われるかと、コマンドワードの有無か……」
教わったことを胸に刻み込む。
いつか魔導機のお宝と巡り合った時の為に……。
ドルチェ・エスターニアと、冒険者トワ。
気まぐれに触れ合っただけのこの二人が、本格的に交わるのは、もう少し先のことだ。
ドルチェ商会へようこそ!~魔導機の修理、販売承ります~ ミストーン @lufia
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