『オレンジ』ショートショート(1000字未満)

@akaimachi

『オレンジ』

『オレンジ』

 

 スーパーの青果コーナーで足を止めていた。

 普段、総菜やスナック菓子の置いてあるレーンしか足は向かわない。それなにの何故か、色を示す言葉で知れ渡った、柑橘類の前で歩みを止め、無意識に手が伸びていく。

「オレンジ」

 このまま触れてしまえば買うことになるだろう、そう心の中で確信しながら、持ち上げてしまう。

 丸い形を互いに支え合い、一つの集合体となったオレンジは、俺の両手に収まった。

 重量感が心地良く、ただ見つめて、眺めてしまっていた。

傍から見て、この光景に不可思議さを覚えたのか、それともこのままこの状況を待ち続けることに嫌気がさしたのか。

「オレンジじゃないよ」

 そう教えてくれた。

「あぁ、ごめん。みかんだよね。正式には」

 オレンジと言えは楕円と言うより丸く、一般的に思い浮かぶのは、皮の厚い果実のことを指すだろう。それと比較すれば、みかんというものは、柔らかく甘さの伝わってくるような柔らかいフォルムだ。

「みかんでもないって、あすみ。あすみっていう品種なの、ラベルよく見て」

「ほんとだ。ごめんごめん、知らなくて。そんなに詳しくないんだ」

「まぁいいけど」

 反射的に謝罪の言葉を口にしながら、少し不機嫌な彼女の存在に頬が緩む。手にした『あすみ』を手ばなすことはなく、レジに並ぶ。

「値段、確認した?」

 彼女にそう聞かれて、値札を見ていなかったこと思い出した。ラベルに記載されてない。

「ちょっと高めだよ、いいやつだから」

 そう誇らしげに話していた。

「大丈夫」と自分の財布を出して見せる。

 果物が好きという訳ではない。だから、そもそも安い高い、と価格に予感はなかった。

 滞りなく会計を済ませ、スーパーを後にする。環境問題と向き合うために価値の付けられたレジ袋の中で『あすみ』が揺れている。家路に向かいながら、周りを覆っているひし形の網目をほどいた。

「家に着いてから食べればいいのに」

 お行儀悪く振る舞う俺に遠慮はない。

「味、気になってさ、」

 『あすみ』たちはバラバラと広がっていた。そこから一つだけ、手に取る。

「私にしてよ」

 ふくろの中の『あすみ』と目が合う。そう言われても、もう一人の『あすみ』をつかんでしまっている。

「このままでいいよ、食べてみて。私の方が甘いから」

 口々に俺に向けて声を上げる。『あすみ』たちにアプローチを受け、甘さより先にモテた気分を味わえた。


『オレンジ』

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