制限時間

いととふゆ

制限時間

 漫才コンビ『漫才愛』のツッコミである田村には三分以内にやらなければならないことがあった。

 

 それは、相方であるボケ、大谷の暴走を止め、ネタを無事に終わらせること。


 今日の舞台は漫才新人大会。

 ネタの持ち時間は四分。この時間を過ぎてしまったら大きく減点される。


 最初の一分は練習通りにいった。

 だが、大谷は緊張が解けて調子に乗ったのか、アドリブを入れてきたのだ。


「ところで、すっごい珍しいかっこいい名前なのにさ、友達から名字で呼ばれてるやつ、なんかかわいそうじゃない!? 田中とか平凡な名字で!」

 ネタとなんの脈絡もない。

「俺じゃねーか!」とツッコミも入れられない。俺は田村雄二。ありふれた名前だからだ。

 アドリブに弱い俺は仕方なく、

「急にどうした!? ネタに関係ない話してくんな!」

と、心の叫びをそのままツッコミにしてしまった。

 時間のことに気づいて上手く元に戻してくれればいいものを、俺のツッコミに納得いかなかったのか、

「まあ、俺はスーパースターと同じ名字だから、いくら名前がかっこいいからといっても名字で呼ばれたいけどな」

と、続けてくる。

「……そうかもな!」

 大谷の名前は光流(ひかる)。なかなかかっこいい名前だ。

 やつが「一男」とかなら、

「かっこいい名前って! お前は『かずお』だろうが! って全国のかずおを敵に回したじゃねーか!」

と、つっこめたのに……。


 大谷、いいかげんにしろよ!

 勝負をかけた大会で、初のテレビだぞ。しかも生放送。家族だって見てんだから。

 お前の家族だって応援してくれてるだろ。恥さらすなよ!


 たくさんのカメラがこちらを見ている。やばい、震えが強くなってきた。頭が真っ白になり、元々のネタを忘れてしまった。

 もういい、ヤケだ。このままこの話を続けて、時間内に収めてやる!


「まあ、でも親がつけてくれた名前だから、やっぱり名前で呼ばれたいよね。特に親には」

「当たり前だろ。親から名字で呼ばれねぇよ!」

「じゃあ、やっぱり子供にはかっこいい名前つけたいな。『イブプロフェン』とか」

「鎮痛剤じゃねーか!」

「薬の名前って、すぐ忘れちゃうんだよね」

「忘れないために子供の名前にすんじゃねーよ! だいたい、どんな漢字になるんだよ」

「聖なる夜で“聖夜”に、“専門家”、変人の“変”」

「ふんふん。聖夜、専門家、変人? 何それ、クリスマスイブオタク? あっ、イブ、プロね。……最後“変”って! それじゃあ、イブプロ“ヘン”じゃん! って、子供の名前で遊ぶなよ。心のこもった親しみやすい名前が一番だろ!」

「わかった。よし、お前改名しろ。『田村フェキソフェナジン』に」

「人の話聞いてた!?」

……

……

……

「やっぱり、心のこもった親しみやすい名前が一番だな」

「それ俺が言ったやつ! いいかげんにしろ!」

「どうも、ありがとうございましたー」


 

 結局、間に合わなかった。四分越えてしまった。優勝は逃したな……。

「田村、ナイスツッコミ」

 大谷は田村の肩をポンと叩き、携帯を取り出した。

 こいつ……! お前のせいだからな。予定通りのネタができていたら……。

 いや、それでも他のコンビのネタや技術には及ばない。賞レースで優勝なんてまだまだ先だ。

 もしかして、大谷はそれをわかってて……俺に度胸をつけさせるために?

 初の生放送でアドリブ。時間は超えてしまったが、それなりに上手くいった。いつの間にか震えも止まっていたし。

 もう怖いものはない気がしてくる。

 ……ありがとう、大谷。



 間に合ったー!!

 大谷はネタが終わった後、姉からの携帯メッセージを見て、ほっとため息をついた。

〈光流、テレビ見たよ。よく頑張ったね^_^ それから子供の名前は『雄一』に決定!!〉

 ……まあ、多少複雑な名前ではあるが。


***


 少し時間を戻し、ここは大谷の実家。


「雄二君がそう言うなら……」

 大谷の姉、陽子は自分の大きなお腹に手を当てて呟いた。


 陽子は弟の相方、田村のファンだ。全力で弟を叱ってくれる(ネタ内のこと)もう一人の兄弟のような存在でもある。

 

 陽子は妊娠している。出産予定日は明日だ。

 実家のテレビで家族みんなで漫才新人大会を観ていて、『漫才愛』のネタが終わったところである。


 陽子は子供の名前を考えるにあたって、自分の「陽子」という普通の名前に物足りなさを感じていたため、せめて子供には、と夫や親が止めるのも聞かずに奇抜な長ったらしいキラキラネームをいくつも考えていた。


 

 大谷は、今日は姉の出産予定日前日だとネタ中にふと気づき、手遅れになる前に姉の暴走を止めようと、田村を利用して、子供の名前を考え直すように公共の電波で訴えたのだった。


 すまん、田村。漫才新人大会は来年がラストイヤーだというのに。

 来年は絶対優勝だ。早く特訓しなければ。

 次のライブで披露してお客さんの反応を見てみよう。

 そのためには……。


 俺は、一週間以内に優勝できるネタを考えなければならない。

(完)

 



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