第21話 冒険の始まり


「ムイ、カーラさんがいなくなってから、もう2年もたったんだな」


 家の近くの森で、魔物退治をする二人がいた。


「ねえダンテ、俺たちが一緒にいかなかったら、カーラさん、どうするかな?」



 ムイと呼ばれた少年は、薄いベージュの瞳にオレンジ色の髪。前髪が眉毛の上で前髪を切りそろえられていて、全体がマッシュルームのようになっている。


 ダンテと呼ばれた少年は、紫色の瞳に、紺色の髪。肩くらいまである髪を一つにまとめている。


「どうだろう。本当に一人で魔王を倒せると思う?」


「んー、でもあんなに強いカーラさんが、何しても敵わなかったって言ってたよね」


「他の方法って、何かあるのかな……」


 襲ってくる魔物を物ともせず、雑談をしながら手際よく片付けていく二人。その手には年季の入った剣を握りしめていた。



「カーラさん、僕らを助けるために自分の時間を使ったんだよなー」


「カーラさんはああ言ってたけど、俺たち、めちゃくちゃ好かれてたってことだと思うんだ」


「それ、僕も思った」


「俺たちのために村の人殺してもいいとか」


「せっかく勇者になったのにな」


「そこまで想ってもらえてたんだなー」


「僕らを助けるために、体を犠牲にしたのだってさ、未来の僕らのことが大切だったからだよな」


「その時の俺たち、すごいな」


「うん。なんか、羨ましい……」


「そうだね。俺も、一緒に冒険したいな……」


「する? カーラさんと一緒に冒険」


「でも、それだと俺たち死んじゃうよ?」


「うん」


「魔王倒しても、村の人たち見返せないよ?」


「うん」


「それでも、カーラさんと一緒に冒険できるんだ」


 ダンテの言葉にムイが一瞬固まる。

 ムイの背後に馬の魔物が迫っていたが、ダンテが素早く砲撃して仕留める。


「……あ、でもこれは、僕が勝手に言ってるだけだから、ムイに無理やり一緒に行こうって言ってるわけじゃないんだ」


「わかってるよ。でも、……俺も、そうしたい」


 今度はムイが、ダンテの後ろにいた馬の魔物を砲撃する。


 このあたりの魔物はあらかた片付けたようで、二人は木の下に腰をおろし、カバンから持ってきた昼食を取り出した。



「俺、ずっとモヤモヤしてて、本当は何したいんだろうって、考えてた。俺、実は、だんだん村の人を見返すってやつ、なんかどうでもよくなってきてたんだ。そんなことより……、そんなことって言っちゃうとなんか駄目な気もするけど、でもそんなことよりも、したいことがある気がしてて。それで今、ダンテに言われて、あ!って思ったんだ。俺のしたいことって、それだって」


 手作りのサンドイッチを頬張る二人。


「でもこれって、約束破ることになるよな? 僕ら、魔王を倒そうとしないでって言われたし……」


「んーーー、あ! ならないかも!」


 ダンテが指をパチンと鳴らす。


「なんで?」


「俺たち、魔王を倒したいんじゃないよ。カーラさんと一緒に冒険がしたいんだ。だから、約束は破ってないよ」


「んーーー? まあ、そういわれると、約束は破ってないような気もしなくもないけど……」


「魔王を倒すためじゃない。一緒に冒険するために、カーラさんに会いに行くんだ」


「……冒険か……」


 ダンテはその言葉を噛みしめる。


「ちょっとワクワクするよね」


「でもそれだと、作戦考えないといけないんじゃないか? 会った時に、これから起こること全部知ってますなんて言えないだろ?」


「そうだね。一緒に行くなら、カーラさんのあの紙も、自分たちで持ってないとね」


「ランデルさんに渡してって言われたけど、それはどうしようか?」


「行って、事情を説明して、相談するとか?」


「うーん。そうだなあ、それについてはもう少し考えてみよう」


「カーラさんってさ、確か10歳若いんだっけ?」


「僕らといたときより20歳くらい若いって言ってたと思う」


「ということは、30歳くらいかな」


「ムイ、くれぐれもカーラさんに『若い』とか言わないように」


「言わないよおー、そんな失礼なこと」


 ムイがケラケラと笑う。



「ああ!!」


「なに!? ビックリしたー」


 突然のダンテの大声に、ムイがサンドイッチを落としそうになる。


「わかったわかった!」


「何が?」


 ムイが手についたソースを舐める。


「ほら! カーラさん言ってただろ? 未来を変えることはできないって言われたって」


「うん。言ってたね」


「つまり、僕らがこれからしようとしてることは、カーラさんが経験したことと全く同じになるんだ」


「……もうちょっといろいろ言ってみて」


 ムイはよくわからないといった顔をした。


「カーラさんが話してくれた話は、僕らの未来の話ってこと! カーラさんと一緒に魔王を倒したのは、僕らなんだ。ほら、僕ら魔王への行き方とか知ってたって言ってただろ?」


「それは、俺たちの師匠が知ってたからじゃ」


「たぶん、僕たちにカーラさん以外の師匠なんていないんだ」


「え!? なんで?」


「カーラさんが師匠だってバレないように、架空の人物を作ったんだ。だって、それがバレたら僕ら一緒に冒険に行けないから。僕らがいろいろ知ってたのは、カーラさんのこの紙を持っていたからだ。この紙があるから、何が起こるかわかってたんだ」


「そっか。この通りに俺たちが行動すれば、未来は変わらないんだ」


「そう!」


「でもさ、それが本当なら、俺たちがそれをしなかったら、未来って変わるよね?」


「まあ、そうだな……。じゃ、やっぱりやめたほうがいいのかな」


「……もう少し考えてみよう。だってもしその通りにするなら、俺たち、あと数年で死んじゃうってことでしょ?」


「3年後に、だな」



 二人は黙ってサンドイッチをたいらげた。




「そうだな。ちゃんと考えよう。今なら、ムイが言った通り未来を変えられるはずなんだ。まだ時間はある。どうしたいか、考えよう」


「もし、俺らがカーラさんに会わなかったら、カーラさんが死ぬのかな……」


「それは、わからないな。そうなったら、カーラさんは過去に来ることもないよな。というか、そもそも僕らに会わなかったら、過去には来ないよな」


「んー? でもそれってどうなるんだろ? だってカーラさんはもう過去に来てくれたけど、それがなかったことになるのかな?」


「うーん。そうだなあ……。カーラさんに会ったっていう事実がなかったことになって、僕らはまだあの村にいるのかもしれない」


 ムイがそれは絶対に嫌だねと言うと、ダンテもはげしく同意した。


「カーラさんが勇者にならないと、過去にいく魔法をもらえなくて、俺たちに会いにきてくれなくなるんだ」


「そうだな。会いに来てほしいなら、カーラさんに何としてでも勇者になってもらわないと」


 二人の目的がだんだんはっきりしてきた。



「これってさ、俺たちが一生あの村にいることを受け入れてもいいならさ、いまから他の誰かに頼んで、カーラさんと一緒に魔王のところに行ってもらうこともできるよね? 魔王のお眼鏡に叶うような人を連れていけばさ、魔王は死んでくれるんでしょ?」


「そうだけど、他の誰かかあ……。なんかそれはやだなあ」


「そうだね。俺も自分で言ってて嫌だなあって思った」



 二人は顔を見合わせて、ふふっと笑う。

 


「でもダンテ、そうするとさ、つまりこれってさ、結局なんにも未来変わらないよね」


「そうだな。でも、僕たちはカーラさんに会いたいんだから、別に変えなくていいんだよ」


「ああ、確かにそうかも」


「まあ、僕らはちょっとおかしいのかもしれないけど。死ぬのわかってるのにさ……それでも未来を変えないなんて」


「でもカーラさん言ってたでしょ。剣と魔法両方使う人はたいてい頭のおかしい人だって」


「ムイ、それだとカーラさんもおかしいって肯定することになるけど」


「カーラさん自分でも言ってたからいいんだよ」


 ムイが笑う。



「はあー。もっと賢かったら、いい方法思いついたのかなあ……。まだ考える時間はあるけど」


 ダンテが空を見上げる。


「でも未来の俺は、結局何にも思いつかなかったから、同じことをしたんだと思うよ」


「……説得力あるなあ」


「でしょー」とムイが得意げな顔をする。



「だけど、こんな理由で魔王のところに行くなんて、罰があたるかな……」


「すごく自分勝手な理由だよな。世界を救うためとか、誰かの役にたちたいとか、そんなんじゃなくて、ただカーラさんと冒険したいっていう」


「カーラさんは、世界を救うために魔王を倒したかったのかな」


「そういえば、理由、聞いてないな。手紙にもそれは書いてなかった」


「俺たちの理由バレたら、呆れちゃうかな……」


 二人は黙って地面を見つめた。



「とりあえず、どうするにしても、修行は欠かさずやろう」


「もちろん、次に会ったらときに褒めてもらいたいしね」


「……なんて言うかな」


「ん?」


「俺たちが一緒に行きたいって言ったら、カーラさん、なんて言うかな」




「魔王は一人で倒すから」


「ついてこないで」



 二人の笑い声が、森に響き渡った。









 二人が出発する少し前。

 二人は家の大掃除をしていた。


「ねえ! 俺思いついたんだけど、この家に手紙いっぱい置いとくのはどお? カーラさんに宛てた手紙!」


「おお! いいね!」


「玄関の扉を開けたところから家の隅々まで書き置きしよう」


「カーラさん帰ってきたらビックリするだろうな」


「俺、料理のレシピもノートにまとめようと思うんだ」


「それいいな! じゃあ僕は畑とか花の管理方法をまとめよう」


「なんか、やることいっぱいだね」


「僕ら死ぬまでずっと忙しそうだなあ」


「カーラさん、絶対泣くだろうな」


「泣く泣く!」


「見えるところもいいけど、いろんな所に隠しておこう。ビックリさせるんだ」


「僕らが死んじゃって悲しんでたら寂しいしね。カーラさんが笑ってくれるように」








 とある街、水のない噴水広場の近くにて。建物と建物の間の小道に身を潜める二人がいた。



「ムイ、ムイ! あの人じゃないか?」


 ダンテが興奮した様子で、だけど小声で噴水の前を指を指す。


「えっ? どうかな? 髪の色とか雰囲気はそんな感じするけど」


 ムイも目を細めてじーっと見つめる。


「僕たちの手紙もってる! サリイちゃんに頼んだ手紙!」


「あ、ほんとだ! カーラさんだ!」


「顔少ししか見えないけど、多分そうだ!」


「絶対そうだよ!」


 二人は静かにはしゃいだ。


「あ、ムイ。カーラさん、ちょっと笑ってるかな?」


「んーー、あ、笑ってる! 手紙、嬉しいかな」


「……だといいいな」


 二人はその人をじっと見つめる。だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。


「よし! 突撃するぞ! ムイ、準備はいいか?」


「もちろん!」


「カーラさんと旅をして、僕らは死ぬ」


「そして勇者になったカーラさんに過去に行ってもらって、俺たちに会ってもらう」


 二人で最後の確認をする。


「こういうのは第一印象が大事だ。失礼のないのうにしよう」


「俺にまかせて! 大丈夫!」







「あの!お姉さん!」


 ダンテが声をかける。




「あ、若い」


 そしてムイが失言する。




 二人の冒険が始まる。


 魔王を倒すためでもなく、死にに行くためでもない。


 ただ、一緒に冒険をするために。






     おわり(1話へ続く)

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12歳年下の男の子たちと魔王を倒しに行くことになったけど、いつの間にか主導権握られてた。 矢口世 @ha-hu

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