第20話 ただいま
しばらく何も言えなかった。
あたしは今までのことを必死に思い返していた。
「そんな……ことの、ために……」
あたしは思わず声にだしていた。
あたしにとっては『そんなこと』だった。そんなことのために、死んでもいいと思ったの……?
「そうだな。俺も、そう思う。だけど、二人にとっては、それがなによりも大切なことだったんだ」
「どうして、止めてくれなかったの……。全部知ってて、どうして二人を行かせたの……」
「会ったばかりのあの二人と、おまえ、どっちに生きててほしいって聞かれたら、俺はおまえを選ぶ。それだけの時間を共有してきたし、俺はおまえを大事な仲間だと思ってるからだ。俺は、おまえに死んでほしくなかった。あいつとの約束を守りたかった。だから、二人に協力したんだ」
「別に、あの手紙をあたしに渡したからって、あたしが死ぬとは限らないじゃない! あたしが他の方法を見つけて魔王を倒したかもしれないじゃない!!」
「そしたらおまえは死ぬだろーが!! おまえはあいつと子供を亡くしてから、ずっと死ぬために生きてたんだ!! 俺が気づいてないとでも思ったか!?」
ランデルも立ち上がり、声をあげた。
その時、カタッと足音が聞こえて、あたしは振り向いた。
そこには寝間着姿のサリイがいた。
あたしが何か言う前に、サリイが口を開いた。
「カーラのせいで、ムーとダーがしんだ」
静かな、怒りに満ちた声だった。
「サリイ!!」
ランデルが慌ててサリイを止めにいく。
「カーラのせいだ! カーラのせいだ!」
「サリイ! やめろ!」
ランデルに抱きかかえられても、サリイは暴れ続けた。
「ムーとダーにあいたい! ムーとダーをつれてきて!」
サリイは泣き叫んだ。
「いかないでっていったのに! しなないでっていったのに! カーラがつれていったんだ!」
そうか――。
あの子たちは、あたしと冒険をするために、未来を変えないことを選んだんだ。
あの子たちは、あたしを選んだ。
あたしも、あの子たちを選んだ。
だけど、あの子たちは死んでしまった。
だけど、あたしは生きている。
どうしてあの時魔王が笑ったのか、ようやくわかった。あの子たちの言う『師匠』は、あたしのことだったんだ。
どうしてサリイに嫌われていたのか、ようやくわかった。あたしのせいで、二人が死んでしまうと知っていたからだ。
「うっ……うっ……」
あたしはその場に崩れ落ち、泣いた。
未来を変えることはできない。
あたしはどうしたって、あの子たちのいない世界で生きていくしかないんだ。
あたしは荷物を持ったまま、噴水の前にいた。かつて水のない噴水と呼んでいたが、いまではきれいな水がでている。
そして噴水の真ん中には、あたしの銅像が立っていた。そういえばそんなことすると言われていたのを思い出した。
『勇者カーラ』
銅像の足元にそう刻まれていた。若い頃のあたしの顔だ。今のあたしを見ても、誰も本人だとは思わないだろう。
噴水の周りはたくさんの観光客で溢れかえっていた。勇者の像をひと目みようと、各地から人が集まっているようだ。
街には剣や杖、甲冑を身にまとう人は一人もおらず、血走った目をする者や、誰かを脅して情報を手に入れようとする者もいない。かつての街は殺伐とした雰囲気で、にぎやかな場所といえば酒場くらいだった。
二人とここにいた時のことを思い返そうとしていたが、こんなにも早くその痕跡がなくなっていくなんて。まるで別の街にいるみたいだった。
そんなことを考えながら突っ立っていると、サリイがこちらに来るのが見えた。少し離れたところから、ランデルが見守っている。
サリイは下を向いたまま、やはりあたしの目を見ずに話した。
「てがみ……」
「手紙?」
「あのてがみ、ムーとダーのてがみ」
「あの手紙って……」
あたしは最初なんのことを言われているのかわからなかったが、突然ハッとして、カバンの中を漁り始めた。
サリイはそれだけ言うと、ランデルとともに行ってしまった。
あたしは手紙を出した。これは、はじめて二人と出会った時に読んでいた手紙で、サリイが友達に頼まれて持ってきたと言っていたものだ。お守りとして、ずっと持ち歩いていたものだった。
『おねえさん。
おねえさんはおぼえてないかもしれないけど、むかし助けてもらったことがあるんだ。
おねえさんはかっこよくて、つよくて、ぼくたちもいつかそんなふうになりたいと思ったんだ。
いつかおねえさんに会うためにおれたちがんばるよ。
それでいつか一緒に冒険するのが夢なんだ。
いっしょにたたかったり、空をとんでみたり
ごはんをたべたり、うたをうたったり、おこられたり、わらったり。
夢をかなえられるようにがんばるから、だからおねえさんもがんばれ』
この手紙を読み終わった時、二人に声をかけられたんだ。
だけど、振り向いても、もう二人はいない。
どこにもいない。
ふざけて大口たたくムイも、ほんとはビビリなのに無理してかっこつけるダンテも。
いつも他人を思いやるムイも、人の良いところを見つけて褒めるのが得意なダンテも。
二人がくれた時間が、こんなにも大切になっていた。魔王を倒し魔法をもらい、あの人とあの子に会えたら死のうと思っていたあたしに、これからも生きてと、優しく背中を押してくれた。
くだらないことをくだらないと見向きもしなかったのに、くだらなくてもいいと思えるようになった。
無駄なことが大キライだったのに、無駄だと思うことが減った。
朝起きるのが面倒だった。
ムイのご飯がおいしくて、朝起きるのが楽しみになった。
うるさい夜が嫌いだった。
ダンテの歌が心地よくて、それを聞きながら夜眠るのが好きになった
誰かと旅をするなんて、もう一生ないと思っていたのに、一人がこんなに寂しいなんて、思いだすことなんてないと思ってたのに。
木の形がおかしいだけで、誰かに言いたくなったり、おいしいご飯を食べて、誰かにおいしいって言いたくなったり。
最愛の二人を亡くし、無気力だったあたしが、また生きる楽しみを見つけられたのは、間違いなく二人のおかげだった。
だけど、もうどこにもいない。
目を閉じて、二人を思い浮かべる。
『どうしてあたしと一緒に行きたいの?』
『カーラさんと一緒に冒険したいから!』
『カーラさんと一緒に冒険したいから!』
数日後、あたしは二人と過ごした家へと向かった。
赤レンガの家の前には鮮やかな花が今もなお綺麗に咲き誇っていた。二人が出ていってからどれくらいたったのかわからないが、かなり時間が経っているはずだ。
なのに、こんなにも綺麗に……。
あたしが立ち尽くしていると、「おや、きみは……」と後ろから声をかけられた。
そこにいたのはビタさんだった。
あたしはビタさんと話をしたことはない。気難しそうな男性だなと思っていたけれど、ムイは優しい人だと言っていた。
あたしが何を言おうか考えていると、「実はね」とビタさんから話をしてくれた。
ビタさんは二人がいなくなってから、この花壇や畑を世話してくれてたそうだ。
「『俺たちの家族が戻って来るまで、見ててもらえませんか?』と言われてね。いつもよくしてもらってたから、それくらいお安い御用だよと、代わりにみていたんだ」
「そうでしたか……。どうも、ありがとうございます」
「またあの子たちにも会いたくてね。いつだったか、見かけたときに手にたくさん紙を持っていたんだよ。何に使ったのか気になっていてね」
「……また会えたら、聞いておきます」
ぎこちなく笑うあたしを見てビタさんは何かを察したのか、「朝は市場にいるから、何か話したいことがあればいつでもおいで」と優しく声をかけてくれた。
あたしが頭をさげると、ビタさんは少し笑って去っていった。
あたしは鍵を開け、ドアに手をかけた。
「ただいま」
ムイ、ダンテ。
帰ってきたよ。
家の中は懐かしい匂いと、二人があたしに残してくれたもので溢れていた。
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