第19話 本当の理由
肌寒い風を感じて目を開けると、森の中にいた。
夜だというのに、森の中は魔物の気配がしない。
戻って来たんだ――。
あたしはすぐに二人のお守りを置いた場所にむかい、袋の中を確かめた。
中には、あたしのピアスが入っていた。
「ランデル! ランデル!」
あたしは早朝にもかかわらず、ランデルの家を訪れ大声をあげた。ドンドンと扉を叩き、寝間着姿のランデルが何事かと開けてくれた。
「えっ……、おまえ、カーラか?」
ランデルは寝ぼけた目をこすり、老いたあたしを食い入るように見つめる。
「見て! あたしのピアスが入ってるの!」
あたしは説明をすっ飛ばし、左手にのせた袋とピアスを見せる。ランデルがかわいい花柄の寝間着を着ていることなんて後回しだ。
「あたしが過去に二人に会った証拠! これがあるってことは、ムイとダンテの未来を変えられたってこと! ランデルは二人のこと知ってるわよね!? あたしの手紙受け取ったわよね? だから二人は生きてる!」
あたしはランデルに口を挟む隙を与えず、一方的にしゃべった。
ランデルは最初こそあたしを見て驚いていたが、次第になにか憐れむような顔つきになって、何も言わずあたしの意味不明な話を聞いていた。
「ダンテとムイに会いに行ってたの! 二人ともすごくいい子たちでね! ちゃんとあたしとの約束守ってくれたのよ!」
ランデルはただ、あたしを見ていた。
どうして何も言ってくれないの?
どうして嬉しそうな顔をしてくれないの?
どうしてそんな、悲しそうな顔をするの?
「……カーラ」
ランデルに名前を呼ばれ、あたしの心臓の鼓動が速くなる。
「何よー、そんなむすっとした顔して。せっかくいい知らせを持ってきたのに」
あたしは懸命に明るく振る舞う。
「カーラ」
ランデルの静かな声に、あたしの顔は引きつっていく。気づけばじんわりと汗をかいていた。
「カーラ」
「……なに」
緊張で口が乾き、かすれた声がでた。
「カーラ。そのピアスは……」
ランデルがピアスに視線を落とす。
やめて。
言わないで。
「昔からその袋に入っていたよ。見せてもらったことがある」
「………………それは、そうでしょう? あたしが過去に行って、二人にあげたんだから、それを見せてもらったんでしょう? 何もおかしくないじゃない」
あたしは早口になる。そうだ。何もおかしくない。
間違ってない。間違ってない。間違ってない。
「いや……。カーラがはじめて二人に会ったあの日、噴水の前で会ったあの日より前から、その袋には、カーラのピアスが入ってたよ」
体の力が抜け、ピアスを握った手をだらんとさげた。
耳を塞がれたように、何も聞こえなくなり、頭がぼーっとしてきて、眼の前がぐらっと揺れる。
ランデルはあたしが口を開くのを待った。
「どうして……」
声が震える。
「どうして……」
それしか言葉がでてこなかった。
言いたいことはたくさんあったのに、聞きたいことはたくさんあったのに。
二人が持っていた袋を見た時、何かがカチッとはまったような気がした。だけど、あたしはそれに気づかないフリをしたんだ。取り返しがつかないことをしてしまったんだとわかったところで、あの時点ではもう何もできなかった。そう、自分に言い聞かせたんだ。
立ち話もなんだからと、ランデルはあたしを中に入れてくれた。
誰もいない一階の食堂はいつもより広く見える。窓からは日差しが差し込み、静かで、少しひんやりとした空気が漂い、足音が響く。
ランデルが椅子をひいてくれて、あたしは大人しく座る。
するとランデルはキッチンへ向かい、何やら作業を始めた。
あたしはまだ呆然としていたが、キッチンからいい匂いが香ってきて顔をそちらに向けた。
ランデルが淹れたてのコーヒーと紅茶を持ってきてくれた。
「ほれ、紅茶」
あたしにの前に紅茶を置き、ランデルはコーヒーを持って向かいの席に座る。
カップを触ると、冷えていた手が温められる。あたしはゆっくりとカップに口をつけた。
「……落ち着いたか?」
これを落ち着いたというのだろうか。脳の半分以上が停止している気分だ。あたしの頭は正常じゃない。あたしはカップを置き、シワのふえた手をぼんやりと見る。
「先に、俺の話をしてもいいか?」
あたしは黙って頷く。
「2年前くらいだ。夜の営業終わりに、若い男の子たちが訪ねて来たんだ。大事な話があるから、いつでもいいから時間をとってもらえないかって。めちゃくちゃ礼儀正しくて、一発でいい子たちだなってわかったよ。そんで、明日店が休みだから、ここに来てくれたら聞くよって言ったんだ」
ランデルはコーヒーを一口飲み、話を続けた。
「そんで次の日、まさにこの席だな。ここで、二人から話を聞いた。お前が書いた手紙を渡されて、いままで何があったのかを聞いたんだ」
ランデルは人差し指でテーブルをトントンと叩く。
「あまりにも突拍子もない話すぎて、めちゃくちゃ混乱したよ。だけど、書かれてることが作り話に思えなくてな。俺とカーラの昔の話とかも書いてあるんだ。二人が俺たちのことを知ってたっていうのが、そんなことでも起きない限り、ありえないよなって思えてきて。二人が嘘ついてるようにも見えなかった。むしろ、これ以上ないってくらい、真剣だった」
昔のことを書けば、信じるだろうと思って書いたんだ。
「俺はこの手紙を、カーラに渡せばいいのかって聞いたんだ。そしたら、二人は首を振った。二人は、カーラと魔王のところに行くから、この手紙は自分たちで持ってるって言ったんだ」
その言葉に、あたしは顔をあげてランデルを見た。
「あの子たちと、約束……したのに……。魔王を、たおすのは、諦めて、って……。そう言って、約束を……」
あたしが取り乱しそうになったので、ランデルが落ち着けとあたしをなだめる。
「カーラ。二人は魔王を倒したかったわけじゃない」
「じゃあ、なんなのよ……」
あたしの声は震えていた。
「なんで、あの子たちはあたしについてきたのよ!?」
あたしは立ち上がり、ランデルに怒鳴った。立てかけていた杖がカランと音を立てて落ちる。
ランデルに苛立ちをぶつけても、なんの意味もないのに。
ランデルはなおも憐れみの目であたしを見て、そして静かに答えた。
「『カーラさんと一緒に、冒険がしたい』。それが理由だよ」
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