第18話 家族


「これおいしいわね」


 一階のリビングで、ムイが作ってくれた夜ご飯を食べていた。庭で育てた野菜と山で採れたきのこを合わせたサラダに、市場で買った魚の揚げ物。


 ここに来て半年たったけど、あたしたちの生活もだいぶ落ち着いてきた。


 二人の髪も長くなり、最近は後ろで一つにくくっている。


 サラダのきのこを見て思い出したけど、成長したムイのきのこみたいな髪型はどうしてああなったんだろう。ダンテは今の髪型をそのままパツッと短くした感じだから、そこまでおかしいわけじゃないけど。


「ありがとう。市場でよく会う人に教えてもらったんだ。ビタさんっていう男の人」


「ああ、あのちょっと気難しそうな人……」


 何度か見かけたことがある。かなり年配の男性だ。小柄で髪が薄く、いつも伏し目がちであまり目が合わない。


「おれも最初怖そうだなって思ったけど、しゃべったら優しいんだよ。料理も上手でさ」


「ムイ料理すごく上手になったよね。ぼく毎日楽しみだもん」


「あたしも」


 ムイは「作るの楽しいんだ」と笑った。



「カーラさん。ぼくたちがいなくても、魔王を倒せる?」



「正直、わからない。あなたたちに助けてもらったから、あたしは生きている……。一人では……難しいのかもしれない」


 そう言うと、二人が心配そうな顔をした。


「あたしね、ここに来る前に言われたの。未来を変えることはできないって。だけど、変えてみせる。現に今、こうして変わってる。だからきっと、二人がいなくても魔王を倒してみせる。別の誰かがあたしと一緒に来るか、別の誰かが魔王を倒すか、という可能性もあるけど。少なくとも、あなたたちがそれで死ぬことはない」


 あたしはそれさえ達成できれば、あとはもうどうでもよかった。


「カーラさん。ぼくらが死んだとき、こわかった?」


「ええ、とても」



 今でも夢に見る。二人の最後を。そのたびに、自分の無力さを思い知らされる。夫と息子を亡くしたときもそうだった。



「おれたちとカーラさんって、すごく仲良しだったんだよね?」


「仲良し!? ええー、どう……なのかしら」


 あたしは口に運ぼうとしていた魚をおろす。


「わからない。最初はずっと鬱陶しいなと思ってた。うるさいし、バカだし、あたしより弱いし、なのについてこようとするし」


 思い返してみると、出会った頃の二人の印象はあまり良いとはいえなかった。あたしが警戒してたせいもあるけれど。



「あれ? おれたち、いいところ一個もなしだね……」


「なのに、わざわざぼくらに会いに、過去に来てくれたの? 時間をうばわれちゃうのに?」


「まあ、そうしてもいいと思えるくらいには、いい子たちだと思ってたから」


 二人は食べるのをやめ、あたしを見る。

 何か変なことを言っただろうか……。



「あのね。未来を変えるために、一つお願いがあるの」


 あたしはそう言ってフォークを置き、上着のポケットから紙を出した。


「これに、あたしが経験したことを書いたの。あなたたち二人と出会って、少しだけど旅をしたこと。魔王の試練の内容、道中の会話もヒントになるかもしれないから、覚えている範囲で書いたわ。そして、その後のあたしの行動とか、あのクズ村の人のことも」


 紙を開き机に置くと、二人は興味津々で見つめた。文字がびっしりと書かれた紙だ。時系列ごとに何が起こったかを書いてある。



「これを、ある街にいる、ランデルっていう男性に渡してほしいの。食堂で働いているんだけど、あたしが信用できる数少ない人物なの。場所もここに書いてあるから」


「ぼくら、これ見てもいいの?」


「ええ、あなたたちに話したことを書いてるだけだから」


「ほんとだー。おれのことが書いてある」


「あたしがその街に着くのは、あなたたちと出会う一年前なの。あたしと出会うのを避けるために、それまでに街へ行って、手紙をランデルに渡してほしい。そしてランデルから、あたしにこの手紙を渡すように書いてあるから。未来のあたしがこのことを知れば、きっと結末を変えられる」


「ぼくらが直接渡しちゃダメなんだ」


「それは駄目。その街で、万が一私を見つけても、絶対に話しかけないでね。20歳くらい若いから、少し雰囲気は違うかもしれないし、そもそも見かけてもわからないかもしれないけど」


「ダンテ、今の説明わかった?」

「うん。たぶん」

「じゃ大丈夫だね」

「ムイもちゃんと覚えてよ。ぼくになにかあったらどうするの」

「じゃあそんなことにならないように、おれは頑張る」



 あたしは二人のやり取りを笑って見ていた。



「ねえ。今でも、村の人を見返すことが、一番の目的?」


 あたしは改めて聞いてみた。


「そう思ってるけど?」


 ムイはなんでそんなことを聞くのと不思議そうな顔をした。


「そう……。なんだが、他の理由があるんじゃないかと思って、ずっと考えてたんだけど」


「師匠って人のことだよね? 未来のぼくらがいろいろ教えてもらったっていう」


「もしかしたらこれから会うのかな? だっておれたちカーラさんに会うまてあと5年くらいあるんでしょ?」


 二人が村にいないのだから、会うことはないと思う。


 村以外で会う可能性もあるかと思っていたが、それらしい人物が現れていないということは、未来を変えられたということなのだろうか。


 だが確かめようにも、あたしにはあまり時間がなかった。



「なんだか、ぼくたち家族みたいだね」


 ふとダンテが呟いた。


「……ということは、あたしはお母さん?」


 年齢的にそうなるけど。いや、老けすぎか。もうあたし50近くなんだし。


「ううん、違うよ。そういう意味じゃなくて。こう……そういう役割とかはなくてもよくて。一緒に過ごしてて、家族みたいだなって」


「おれカーラさんのことお母さんと思ったことないよ。でも、おれも家族みたいだなって思ってた」


「……あ、いやだった?」


 あたしが黙ったので、ダンテが不安げに聞いた。


「ううん。嫌じゃないわ。むしろ……、嬉しいわ」


 それを聞いて、二人が満面の笑みを浮かべる。


「おれたち家族だよ」

「カーラさんまた泣いてる」


 家族を持つことなんて、もう二度とないと思っていた。夫と息子を亡くしてから、あたしは生涯一人でいようと決めていた。こんなふうに、大切だと思える存在に、また、出会えるなんて、思いもしなかった。



 あたしにとって、二人はかけがえのない存在になっていた。






 


 そして、時間はあっという間にすぎ、あたしが帰る日がやってきた。


 あたしは玄関を出たことろで、二人と向き合っていた。両脇にある花壇の花がキレイに咲いている。ダンテの手入れが行き届いているからだ。



「お願いね。魔王を倒すことはあきらめて。あたしが必ず倒すから、魔王のところには行かないでね」


「それから、怪しい人には絶対についていかないように。魔王が化けているかもしれないし、あなたたちを陥れるために近づいてくるのかもしれないし」


「それから、ご飯はきちんと食べること。疲れたら、お互い頼って、無理のない範囲ですること。修行も、毎日じゃなくてもいいけど、少しずつでいいから、続けるように。強すぎる魔物に出くわしたら、逃げること」


「それから」

「カーラさん、その話、いままでも何回も聞いたよ」


 ムイが笑ってあたしの話を止めた。


「そうね。そうだけど……。あ、大事なこと! あたしが書いた紙、必ず渡してね。これはもう絶対だから」


「信じてもらえるかな?」


 ダンテが持っている紙を心配そうに見る。


「ランデルに、あたしの目を真っ直ぐ見つめて、『信じて』って言ってと伝えて。そうすればきっと大丈夫」


 あたしはこうされるととても弱い。昔からそうだった。


「最後にひとつ……」


 あたしは声のトーンを落とした。



「もとの時代にもどったら、あの村の人、あたしが殺そうか?」



 二人が驚いてあたしを見た。



「ごめんね、こんなこと聞いて。あたし、おかしいの」


 こんな小さな子たちにあたしは何を聞いてるんだろう。あたしの頭のネジはどこかへ飛んでいってしまったようだ。いや、もともとあたしは変人か。



「せっかく勇者になったのに、そんなことしたら悪者になっちゃうよ?」


 ダンテがあたしのおかしな言葉を真に受けて心配してくれる。


「そんなことは、どうでもいいのよ……」


 本当にそんなことはどうでもよかった。勇者なんて肩書に、なんの意味もないことがよくわかった。あの首飾りも、もうつけることはないだろう。


「ううん。しなくていい」


 ダンテが答える。


「何もしなくていいの?」


「うん」

「うん」


「わかったわ……」


 二人がしなくていいと言うなら、あたしがこれ以上口出しすることじゃない。二人が「うん」といえば、あたしは確実に実行していただろうけど。


 あとは、なんだろう。


「……身長」


「えっ?」


 ムイが何か言った。


「おれたち、身長、ちょっと伸びたんだ」


「そうね」


 確かにこうしていると、目線が少し近くなったのがわかる。


「今13歳だから、ぼくらこれからもっと大きくなるよね。いつかカーラさんより大きくなるよね」


「……ええ。きっと」


 本当は未来でもあたしのほうが身長が高いのだが、それは言わないでおいた。


 


 あたしは何か言い忘れたことがないか考えた。これで最後なのだから、何か言わないと。



「……ねえ、おれたちに、何かくれないかな?」


「えっ? 何か……」


 あたしが何か言うより先にムイが口を開いた。


「何か、ぼくらがカーラさんと一緒にいたってわかるもの、持っていたい……」


「……うーん、そうねえ……」


 今から何か作るのは無理か。手紙も……、時間がかかるし。

 ……そうだ。


「わかった。それじゃあ」


 あたしは右耳につけていた2つの緑色のピアスをはずした。


「これでよければ、だけど」と言って二人に渡した。



「ありがとう!」

「ありがとう!」


 二人はとてもうれしそうだった。


「ムイ! これにいれよう」

「そうだね!」


 そう言うと、二人は服の中から小さな袋を出した。見覚えのある袋だった。



「……あれ、それって……」


「これは昔ダンテのお母さんが作ってくれたものなんだ」


「母さんが、大事なものをなくさないように、ここにいれときなさいって」



「…………」




 あたしがかたまったので、二人がどうしたんだろうとあたしを見つめる。



 パズルのピースがはまったような音がした――。



「……何でもない」


 だけど、そう思ったことを、自分のなかから消し去った。自分は何も思わなかった、何も気づいてない、そう思うことにした。




「カーラさん」


 ダンテに呼ばれて、あたしはハッとした。


「今までありがとう。元気でね」


 ダンテはそう言って手を伸ばした。


「ダンテ、ありがとう。元気でね」


 あたしはその手を握り返し、ぐっと引き寄せ抱きしめた。

 ダンテは少し驚いていたが、すぐに腕に力をいれで、ぎゅっとしてくれた。



「いいなー、おれも! おれも!」


 隣のムイが羨ましそうに見つめる。


「はいはい」


 あたしはダンテと離れ、ムイへと手を伸ばす。

 ムイはニコニコして手をとり、そして抱きしめた。


「カーラさん。大好きだよ」


「……あたしもムイが大好きよ」


「あー! ずるい! ぼくそれ言ってもらってない!」

「ダンテは『ありがとう』って言ってもらったじゃないか! おれだって『ありがとう』も言われたかった!」

「ぼくも『大好き』って言ってもらいたい!」



 二人の言い合いが始まり、あたしはさっきとは反対のことをそれぞれにやるはめになってしまった。


 だが、それすらも、ひとつも面倒だとか、嫌だとか、全く思わなかった。

 むしろ、この瞬間がずっと続けばいいのにと、昔のあたしが聞いたら失神するんじゃないかと思うようなことを考えていた。



「カーラさん、また泣いてる」


「……そう言うダンテも泣いてるわよ」


「見て! おれも泣いてた!」


 あたしたちはお互いの顔を見て笑った。





「じゃ……、行ってくるわね」



「いってらっしゃい!」

「いってらっしゃい!」



 二人が笑顔で手を振り、あたしも笑顔で手を振る。その顔を、目に焼き付けながら。


 暖かい風が吹き、花が手を振るように揺れる。そしてあたしは光に包まれ、もとの時間へと戻っていった。



 未来が変わっていると、信じて。



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