第17話 約束


 この街に来て3日目の昼、食堂で一緒にご飯を食べていると、「カーラさん」とダンテが話しかけてきた。


 ここに来てからはじめて名前で呼んでもらった。


「カーラさん、また泣いてる」


「えっ?」


 ほんとだ。ムイに言われて、右頬を触って気付いた。左目を失くしてからどうも感覚が麻痺しているようだ。


「ごめんね。あたし最近、情緒不安定みたいで……」


 あたしは袖で涙を拭う。まさか自分がこんなにも涙もろくなるとは。涙腺が壊れたのか?


「どこか痛むの?」


 ダンテがあたしをまじまじと見る。


「ううん。嬉しくて泣いてるだけだから。それより、どうしたの?」


「ええと、あの、あの話のことだけど。ムイといろいろ話をしてたんだ。どう思ったかとか、どうしたいとか……」



「……どう思ったか、聞いてもいい?」



「おれは、その……」


 ムイはなんとか気持ちを言葉にしようと、必死に考えていた。


「ゆっくりでいいわよ」


「その……、話を聞いて、すごく悔しかったし、やっぱり、どうにかして見返したいって、思った……。でも、それをしてもなんの意味もないんだって知っちゃって。でも、それでも見返したくて……。だから、その、結局、どうしたらいいか、わかんない……」



「うん……。ダンテはどう?」



「魔王を倒しても認めてもらえないなら、もう何してもダメなんだって思った。それ以外の方法があったらなあって、考えてたけど、思いつかなくて……」



 この時点では、二人は村の人を見返したいと思ってる。ということは、やはり師匠と出会って、他の目的ができたということか。



「村の人を見返すことは、方法さえあれば諦めなくてもいいんだけど、魔王を倒しに行くことは、やめてほしい。それだけは、どうしても、しないでほしい」


「おれたちが死んじゃうから?」


「……そう」


「みんなをビックリさせられないなら、ぼくら、魔王倒しに行っても、意味ないもんね……」


「そうね……」



 村人の目の前で魔王を倒しでもしないかぎり、あいつらにわからせることなんでできないだろう。生まれながらにして差別意識を植え付け、それが当たり前だと考えている連中だ。



「あの、カーラさん。ぼくら、魔王を倒すのは、みんなに認めてもらうためにそうしようって思ってただけだから、それは、諦めてもいいんだ」


「だけど、村の人への気持ちが消えなくて……。だから、その、おれたちに、戦い方を教えてくれない?」


「……戦い方?」


「うん。ぼくら、何もできないから、せめて、何かできるようになればいいなって。あいつらに会っても負けないくらい。そしたら何かいい方法を思いつくかもって。これからは二人で生きてくから、まず力をつけたい。だから、カーラさんがここにいる1年の間に、いろいろ教えてほしいんだ」


 二人が真剣な眼差しであたしを見る。


 確かに、二人だけで生きていくには、強くなるにこしたことはない。どこにいても、魔物が入ってくる可能性はある。絶対に安全な場所なんてどこにもない。

 ……あのクズ村以外は、だけど。




「わかったわ」


「ほんと!?」

「ほんと!?」


「ええ」


 二人は立ち上がってハイタッチした。


「あたしが教えられるのは剣か魔法だから、どっちがいいか考えててね」


「両方!!」

「両方!!」


「……両方!?」


 あたしはビックリして思わず聞き返した。両方――。


「ええっと、どうして、両方なの?」


「かっこいいから!」


 ムイが興奮気味に答える。


「カーラさんが村で戦ってたの見てた! めちゃくちゃかっこよかった! ぼくもあんなふうになりたい」


 二人が目をキラキラ輝かせてあたしを見る。

 あのときそんなこと考えてたのか。



「……約束して。絶対に、魔王を倒そうとしないって。そのために強くなるんじゃないって」


「約束する!」

「約束する!」



 返事だけはいいんだから。本当だと信じたいけど、二人はまだ子供だ。考えが変わる可能性なんてそれこそ無限大にある。


「はあー、わかったわよ」


 だけど、この子たちが生きていくうえで必要なことだ。あたしが生きてほしいと願ったんだから、力になれることはなんでもしよう。



「やったー!!」

「ムイ! 夢が叶うよ!」

「うん! 楽しみだね」

「あっ、でも剣がない……」


「剣ならあるわよ。あなたたちが使っていたものを、持ってきてるから」


 二人が「えっ?」という顔であたしを見る。


「なんとなく持ち歩いてたんだけど、ずっと持ってても仕方ないから、あなたたちに渡すわ」


 そうだ。あたしが持っていても、どうしようもないものだ。

 勝手に形見みたいに思って、手放せずにいたけれど、二人に使ってもらったほうがいいに決まってる。あたしじゃ、剣を錆びさせるだけだ。


「ビシビシ鍛えるから、覚悟してね」


「うん!」

「はい!」





 それからあたしたちは別の街へと移動した。  


 あの街はクズ村から近かったので、万が一あいつらと遭遇することを避けるために、拠点を移すことにしたのだ。

 


 そこは赤いレンガ造りの建物が並ぶ街だった。魔王が現れた今、どの街も殺伐としているが、この街はどこか優雅な気品に満ちていた。 

 夕暮れ時にともる灯、狭く曲がりくねった石畳の小道、美しい赤レンガの家。

 大通りには様々な店が並び賑わっているが、一本道を外れると閑静な住宅街となっている。



 修行を始めるのと同時に、街の外れに家を買った。しばらくここにいることが決まったため、いつまでも宿屋にいるよりは、帰る家があるほうがいいだろうと思って買ったのだ。


 家があるところは森が近く、魔物に遭遇する危険があるせいで、あまり人が寄り付かないらしく、割と格安で手に入った。

 赤いレンガ造りの2階建ての家だ。家は小さいが、庭が大きかったので、畑にして何か育てるのもいいだろうと思った。



 あたしたちは毎日近くの森へ入り、魔法と剣の修行をした。

 慣れてきたころには、実践として魔物とも戦わせた。


 当然だけど、最初は全然上手くいかない。


 ムイは魔法に集中しすぎて剣をあたしに向かって放り投げてくるし、ダンテは剣に集中しすぎてあっちこっちに砲撃しまくっちゃって、それがあたしにも飛んでくる。


 普段は甘やかしてるけど、そういう時はさすがに叱る。でもそうすると二人は小さな子犬みたいにしゅんとして落ち込むから、結局すぐに良いところを褒めてあげることになる。


 たまにムチを打つけど、結局はたくさんアメをあげている。

 これでいいのか、正解がわからない。




 あたしもいつまでもマント姿ではおかしいと思い、ロングのワンピースを着るようになった。片足がないことを隠すのにちょうどよく、上着を羽織れば片腕がないこともさして目立たなくなった。


 昔のあたしなら絶対に選ばなかった服装だ。ワンピース姿で杖をつき、顔には眼帯、いささか目立つ装いではあるが、これがあの『カーラ』だとは誰も思わないだろう。



 二人は率先して家事をこなすようになった。もともと二人で生活してたからか、あたしが言わなくてもいろいろとやってくれた。



 料理はムイの担当だった。

 あたしが、「ムイは料理が得意なの。すごくおいしいんだから」と言ってから、ムイは本格的に料理にのめり込んだ。


 はじめからすべてがおいしくできるわけではなく、失敗もたくさんした。


「ごめんなさい……。うまくできなかった……」


 ムイがしょんぼりしてできあがったものを持ってくることも何度もあった。


「美味しいわよ。いつもありがとう」と言うと、「いつかもっとおいしいの作るからね」と、ムイはさらにやる気をみせた。



 それ以外の家事はダンテがすることが多く、手際もよかった。畑や花壇を作り、世話をする。ダンテはよく歌を歌いながら家事をしていたけど、声変わりしていないせいか、あたしが知っている歌声とは違った。


「ダンテはすごく綺麗な声でね。故郷の歌を夜寝るときに歌ってくれるの。それを聞くといつの間にか寝ちゃうんだけど。普段も無駄にいい声を出したりしてね、ふざけてるのか、真面目なのかわからないけど」


「じゃあ、ぼくもいつかきれいな声になるかな?」


「今も綺麗な声よ」




 二人と生活をはじめて、あたしはたくさんのことに気付かされた。


 ムイに、おいしいって、一度も言ったことがなかったことに。

 ダンテの声や歌のことを、一度も褒めたことがなかったことに。


 心の中では、何度も思っていた。だけど言葉にしたことはなかった。仲良くなる必要はないのだからと、距離をとったからだ。


 あたしは何も伝えなかったんだ。あれだけたくさんもらったのに。



 今だけは、たくさんほめよう。たくさん伝えよう。これで何かが許されるわけでも、死んでしまった二人が喜ぶわけでもないけど。


 今、目の前にいる二人が歩く未来が少しでも明るくなるように、できることはなんでもしよう。




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