第16話 これまでの話


 次の日の朝、あたしは二人をつれて近くの街へ向かった。


 昨晩は二人も疲れていたようで、とてもじゃないけど大事な話ができる状態じゃなかった。

 洞窟のゴツゴツとした地べたにもかかわらず、二人は慣れた様子ですぐに眠りについた。  村でもそうだったのかもしれない。



 あたしは痛みでなかなか寝付けなかった。死ぬほど眠いのに、死ぬほど痛くて、静かに一人で悶えていた。



 あたしは痛みでふらふらになりながら、だけどそれを悟られないよう二人と森を歩いた。あたしは片足がないので少し浮かびながらだけど。

 半日ほどかけて一番近い街へたどり着いた。

 


 まず二人の服を買った。二人ともおそろいの紺色のズボンに白の長袖。そしてご飯を食べ宿を確保した。

 あたしは杖を買ったので、魔法で浮かぶ必要はなくなった。さすがに街でもふわふわと浮いてたんじゃ、怪しすぎる。


 魔王討伐の報酬をもらっていてよかった。おかげでお金はたんまりあった。



 二人は最初こそ遠慮がちだったが、暖かい服や美味しいご飯を食べるとどんどん元気になってはしゃいでいた。

 なんだか孫を見守るおばあちゃんになった気分だ。



 そしてその夜。

 宿の部屋、二人はベッドに腰掛け、あたしは椅子に座る。

 二人は少し緊張したような、同時にワクワクしているような顔をした。足をぶらぶらさせ、あたしが話すのを待っていた。


 あたしは目を閉じ、二人の最後を思い浮かべた。笑って逝った二人の顔を。


 必ず二人の運命を変えてみせる。



「あたしは、未来から来たの」


 そう言って、これまでの話を始めた。






 二人は終始黙って……とはいかず、何度も何度も途中で話を止めて、「どういうこと?」「どうやって戦ったの?」「おれ強かった?」「ぼくかっこいい?」などと口を挟んできた。


 おかげで一晩ではすべてを話しきれず、きりの良いところでひとまずおしまいにし、翌日に持ち越すこととなった。



 次の日はほぼ1日中宿で話をした。

 途中までは好奇心いっぱいで興奮していた二人だったが、最後の魔王との話のとき、つまり、二人が死んでしまった時の話をすると、さすがにショックだったのか、何もしゃべらなくなった。


 だが二人が一番ショックを受けたのは、自分たちが死んだことではなく、村人たちのことだった。




「……おれたち、何してもダメなんだ……」


 ムイが弱々しく呟く。



「……ずっと、ぼくたち言ってたんだ。いつか、みんなを見返して、ビックリさせてやろうなって」


「夜とか、みんな寝たあとで、誰にも聞かれないときに、剣を振るマネをしみたり、魔法を使うマネしてみたり」


「魔王を倒したら、すごいって、言ってくれるかなって……」




「……誰も、そんな事言ってなかったわ」




 二人のためにありのままを話したのだが、傷つく二人を見て、これでよかったのかと後悔しそうになる。本当のことを言えば言うほど、二人が辛くなるだけだった。




「……あなたたちに死んでほしくないから、魔王を倒すのは諦めてって、言いに来たの。これが、あたしがここにいる理由よ」


 ようやくすべてを話し終わった。窓の外はもう暗くなっていた。


  

 ベッドの上で膝を抱えて黙る二人。

 二人に生きててほしくて、望んでしたことだけど、とてつもない罪悪感にかられた。


 あたしもしばらく何も言えず、床を見つめていた。



「……うっ」


 かすかに声が聞こえて、あたしは顔をあげた。


 二人は泣いていた。

 膝に顔を埋めて、声を押し殺し、泣いていた。


 頭をなでようと立ち上がりかけて、やめた。

 あたしのせいで泣いているのに、あたしが慰めてどうする。


 あたしは結局何も言えず、二人が落ち着くのを待った。






「……ごめんなさい……」


 しばらくして、ムイが袖で涙を拭いながら謝る。


「泣いていいのよ」


「……村の人は、よく、怒ったよ……」


 ダンテはまだ目に涙をいっぱいためていた。


「あいつらはクソ人間だから、おかしいのよ。今は、誰も怒らないから、たくさん泣きなさい……」



「……こんなこと、言っちゃダメだけど」


 ダンテが泣きながら口を開く。


「ぼく、あいつらきらい」


「言ってもいいのよ。あたしも嫌いだし」


「おれが育ててた野菜、何回もふまれた……」


「ムイの野菜がおいしそうだからむかついたのよ。あたしがあいつらの畑、全部燃やしといたわ」


「ぼくの母さんにブスって言った」


「あの子たちの母親なんておばけみたいな顔だったわよ。ダンテの顔が綺麗だから嫉妬したのね」


「おれは汚いって」

「汚くない!」


 あたしは思わず声を張り上げた。


「汚くない。ムイは綺麗よ。汚いのはあいつらのほうよ。ムイのほうが何億倍も綺麗なんだから」


「うん……」


 ムイの目からまた大粒の涙があふれた。


「ぼくがしゃべりかけたら、無視されて、大人もみんな、ぼくたちなんていないみたいに……」


「あいつらの目ん玉、潰してやればよかったわね……。ついでに口も縫い付けて喋れないようにして、永遠に鼻呼吸しかできないようにして、そのまえに舌を引っこ抜いてもいいわね。あ、でも目を潰すといろいろとちゃんと見てもらえないからまず片目だけ潰して……」


 あたしがぶつぶつと危ない妄想を口にしていると、ダンテが目を丸くしてあたしを見ていた。


 しまった。過激すぎることを声にだしていた。


「……っはは。ぼくもいろんなこと想像したけど、そんなすごいこと考えなかったな」


 ダンテが泣きながら笑った。

 


「二人とも、頑張って耐えてきたのね。偉い。本当に偉い。あなたたちはすごいことをしてきたのよ。その強さがあれば、これからどんなことだって乗り越えていける。あたしが二人の親だったら、きっと誇りに思うわ」


「……ほんと?」

「ぼくたちの母さん、褒めてくれてたかな?」


「ええ。絶対に」


 そう言って笑いかけると、二人も少し笑ってくれた。



「さ、今日はいろいろ聞いて疲れたでしょう。明日また、話をしましょう」


 二人は頷き、ベッドに潜った。


 あたしは隣の部屋で一人、寝付けずにいた。窓の外を眺めながら、ずっと二人のことを考えていた。

 窓を開けていると、一階の食堂からにぎやかな声が聞こえてきた。ふと、ランデルとサリイのことを思いだして、あたしはそっと窓を閉めた。




 それから2日間、二人はほとんど部屋から出てこなかった。食事だけは一緒にとったが、そのときも終始無言で、食べ終わるとすぐ部屋に行った。ずっと何か考え込んでいるような感じだった。


 あたしは無理に話を聞こうとはせず、二人が話したくなるのを待った。





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