第15話 はじめまして


「はじめまして。あたしはカーラ。あたしはあなたたちを助けに来たの。あなたたちの、味方になりに来たの」


 あたしは威圧的にならないよう優しく声をかけた。



「……なに言ってるんだ?」

「ムー、信じちゃダメだよ! きっとワナだよ」


「罠じゃない。信じて」


 あたしはそう言ってフードをとり、二人を見つめる。



「ムイ、ダンテ。一緒に行こう」



 あたしは膝をつき、左手をダンテに、右手をムイに差し伸べた。はじめて会ったあの日、二人があたしにしてくれたみたいに。



「……なんで、おれたちの名前……」

「ぼくたちのこと、知ってるの?」


「ええ。知ってる。『ミスター口だけ』と、『ミスター見掛け倒し』でしょ?」


 あたしが笑ってそう言うと、二人はビックリしてあたしを見つめた。



「そのあだ名……」

「ぼくたちしか…」


 二人の警戒が少し解けたのがわかった。



「あたしがどうしてあなたたちのことを知っているのか、一緒についてきてくれれば、教えてあげる。ここにいたいなら、無理には誘わないけど」



 二人は顔を見合わせ、少し考えた。



「おれ、いたくない……」

「こんなとこ、もういやだ……」


 二人はぼそっと呟いた。泣きたくなるのを必死でこらえていた。

 二人があたしを信用していなくても、ここから出たいという気持ちだけは、なによりも大きいのだろう。


 誰でもいいから、連れ出してほしかったのかもしれない。



「よし!! 決まりね!」


 あたしはダンテとムイの手を優しく掴んだ。あたしはそのまま二人を結界で包み、攻撃があたらないようにした。


「攻撃、あたったら危ないからね。結界張っとくわ」


 自分たちの周りにかすかに光る壁が出てきたことに二人は少し驚いていたが、同時に目がキラッと輝いたのがわかった。


「ダー、すごいね」

「うん。魔法だ……」




 あたしたちの周りだけ炎が避け、道ができる。途中攻撃を受けるも、炎の龍がガードし、あたしたちを守る。


 村の結界の前まで来て手を伸ばすが、檻があらわれた。やはりこのままでは出ることはできないか。



「バカが!! ここから出ることはできないんだよ!!」


 背後で村人が叫んでいる。あたしはまたフードを深く被り、振り返った。数人が武器を手に集まっていた。


「お前はここで捕らえる! その魔力を死ぬまで吸い取ってやる!」

「ここに来たことを後悔させてやる!」



「出る方法はある」


 あたしは魔法で短剣を2つ作った。

 掌の上でふわふわと浮く短剣を見て、村人は武器を構え攻撃に備えた。


 だがあたしはそれを村人ではなく、自分に向けた。


「何するつもりだ……」


 村人だけでなく、隣にいるムイとダンテも不安そうにあたしを見つめる。


「大丈夫。信じて」

 


 二人にそう言って、あたしは自分の左目に剣を刺し、もう一つの剣で左耳を切り落とした。



「なっ!?」

「何してんだ!?」


 フードを被っているため、何をしたかそこまではっきりとは見られていないと思うが、意味不明なあたしの行動に、何かの魔法を使うための儀式かもしれないと村人が慌てる。


 ダンテとムイも驚きのあまり固まっていた。


 痛みで顔全体が焼けるように熱い。釘で顔を何度も刺されているみたいだ。呼吸が浅くなり、目がかすむ。


 だけど、これじゃまだ足りない。


 村人がこちらの様子を伺っている。近づいてこないのは好都合だ。



 あたしは再び魔法で剣を作った。あたしがさげている剣と同じ位の大きさの剣だ。


「まだ何かあるのか!?」

「どうする!? 攻撃するか!?」

「けど、何かの魔法を使ってる可能性が……」



「ダンテ、ムイ。檻が消えたら森に向かって全速力で走って」


 あたしは小さな光をだし、それを二人の前にふわふわと浮かべた。


「この光が洞窟まで道案内してくれる。二人には結界を張ってるから、魔物がいても気にせず走って。できる?」



「うん」

「うん」


 二人が怖がっているのがよくわかったが、それでも力強く頷いてくれた。


「よし! 偉い!」


 あたしは頭をなでて、二人を隠すように前に立った。


 そして作った剣を操り、今度は右腕の肘から下と、左足の膝から下を切り落とした。

 体の一部を失くしたことで一瞬グラついたが、自分の体を魔法で少し浮かせ、体勢を整える。


 マントを羽織っていても、さすがに何をしたかよく見えたようだ。なにせあたしの腕と足が地面に転がったのだから。


「う、腕だ!!」

「足も!」

「なんなんだ一体!!」



 これで準備は整った。

 村人の混乱をよそに、あたしは左手で檻を掴む。檻が淡く光だし、同時に地面に転がるあたしの体の一部がすーっと消えた。


 そして檻に大人一人が通れるほどの隙間が空いた。


「走って」


 あたしは二人に声をかける。

 二人は一瞬たじろいだが、勇気を振り絞り、えいっと檻を超えた。



 自分たちが村を出たことが信じられないみたいで、お互い顔を見合わせていた。

 だが今は干渉に浸っている場合ではない。光がふわふわと先を照らすと、すぐにそれを追って走っていった。


 そしてあたしも体を浮かせたまま檻の隙間を通る。



「檻が!!」

「どういうことだ!? なんで破られてる!?」



 彼らは知らないのか。村のなかでも一部の人間しかこの方法は知らされていないようだ。


 あたしが隙間を通ると、再び檻があらわれ、その隙間を塞いだ。


「くそっ! どうする!」

「指示を仰ごう!」

「結界に綻びがないか確かめないと!」


 村人が慌ただしく走っていった。どうやらあたしを追ってくることはなさそうだ。



 あたしはすぐそこの木に隠れた。

 左手を空に向け、村に放った炎の龍を上空で一旦停止させ、再び魔力をこめる。


 すると赤い龍はみるみる青い龍へと変わっていき、先ほどまで熱をまとっていたあたりの空気が一気に冷えてきた。


 空に向けた掌をぎゅっと握ると、それを合図に青い龍が弾けた。


 龍の残骸はそのまま村へと落ちていき、燃え続ける建物や地面にあたった瞬間水へと変わった。

 村は先ほどまで火の海だったのに、一分も経たないうちにすべての炎が消えた。



 村人がよけいに混乱しているのが見えた。

 村は壊滅的な被害を受けたが、死人はでていないだろう。

 本当は殺してやりたいと思ったけど、それをしても何も変わらない。



 あたしはそのまま森へと姿を消した。念の為、二人が走った方向とは違う方へ進んだ。体の切断面を魔法の膜で多い、血痕を残さないようにして飛んでいく。

 


 早く二人に会いたい。

 その想いが、痛みで気を失いそうだったあたしの意識をかろうじて繋ぎ止めていた。






 数時間後、あたしは洞窟に向かった。


 治癒魔法で怪我を治していたら、思いのほか時間がかかった。あたしは治癒魔法はそれほど得意ではなく、治すといってもとりあえず止血をしただけだ。痛みは全然引いてない。気を抜くといつでも気絶できそうなくらい痛い。


 ふらふらと幽霊のごとく進み、ようやくたどり着いた。なんとか明るいうちに来れてよかった。


 洞窟の入口は狭く、大人一人が入れるくらいの隙間しかない。入口には結界を張っているので、魔物も人も入れないようになっている。



 あたしは光をだし内部を照らしながらふわふわと洞窟を進む。入口付近からは細い道が続いているが、すぐに開けた場所にでた。



 二人は座り込んでいたが、あたしを見るなりバッと立ち上がった。



「……お姉さん! けが、大丈夫!?」

「ぼくたち、先に逃げてごめんなさい」


 ムイがあたしを心配し、ダンテが謝る。

 会ったばかりのあたしのことなんて気にしなくていいのに。



「あれ、お姉さん。その格好、どうしたの? 髪、切れられたの!?」


 ダンテがあたしの髪を見て驚く。


「んー? 変わったっけ?」


 ムイが首をかしげる。


「髪後ろで束ねてただろ? ムーも村で見たじゃないか」

「えっ、そこまで覚えてないよ……。あっ、でもその眼帯はしてなかった!」 

「うん。あとマントも違うし……」

「マント? えー、わからない」


 二人が間違い探しみたいにあたしを指差す。



 あたしの今の格好。


 顎のあたりで切り揃えたウェーブがかった茶色い髪。左耳を切断したため、それを隠すために髪をおろして、ついでに短く切ってみた。そのため右耳に2つのピアスをつけている。


 左目には黒の眼帯を装着し、新しい紺色のマントを羽織っている。マントは足首まで隠れるほど大きいので、切断した足や腕は見えない。

 自分の体を使うことは決めていたので、前もってこれらを用意しておいた。


 二人にいらぬ心配をかけないように、なるべく怪我が見えないような格好をしてみたのだが、ダンテはよく覚えているな。

 そういえば、噴水の前ではじめて会ったときも、あたしの見た目について事細かにしゃべっていたな。



「髪は自分でやったのよ。怪我ももう大丈夫。服は汚れちゃったから着替えたの」


 あたしはたいしたことないというように明るく答えたが、口を動かすだけでも全身に激痛がはしった。



 ふと、地面に置いてある果物に目がいった。



「あれ? 果物、食べてないの? 書き置きしておいたでしょ? 食べてていいよって」


 あたしがいつ戻れるかわからないため、お腹

がすくかもと思い用意していたのだ。


 すると二人は顔を見合わせて黙った。



「あっ、あのね、毒とか変な味がするとか、そういう物じゃないのよ? きちんとお店で売ってたのを買ってきたの。まあ、出会ったばかりであたしのこと信じるのは難しいと思うけど……」


 そうだ。警戒するのは当然だ。どこの誰とも知らない人間が置いた食べ物なのだから。



「ううん。そうじゃないよ。一緒に、食べようと思って」


 ムイが首を振る。


「一緒に? 何と?」


「お姉さんと」


 ダンテが答える。



「……あたしと……?」



 二人が頷く。

 予想外の答えにあたしは戸惑った。


「……どうして、あたしと一緒に食べるの……?」



「どうして?」

「一緒に食べたかったからだけど……」


「…………」



「あ、でもムーはちょっとつまみ食いしそうになったんだよね」

「あっ! ダー! それ言っちゃダメだよ」

「えっ? あ、ごめん! ムーは食べなかったよ! がまんした! えらい!」

「そう! おれ、がまんしたよ! ほら! ちゃんと全部あるでしょ?」 



「…………」



「!? どうしたの!?」

「ぼくたち、何かダメだった!?」


 二人が慌てる。

 痛みですぐにわからなかったが、どうやらあたしは泣いていたようだ。



「違うの……。違う……。ごめん……。ごめんね……」



 二人の変わらない優しさに、こみ上げるものがあった。


 あんな村にいたのに、こんなにも温かいままの二人が、かわいくて仕方がなかった。

 体の痛みなんでどこかへいってしまった。それくらい、嬉しかった。


 本当なら、もっと警戒しなさいと言うべきところだけど、素直にあたしを信じてくれたことが、嬉しかった。



 二人の師匠が魔王かもしれないというあたしの考えが正しくて、魔王もあたしと同じ経験をしたのだとしたら、二人の優しさに触れて、何かが変わったのかもしれない。


 二人なら、魔王の暗闇にほんの僅かでも光を灯すことができたのかもしれない。




 そんなことを考えていたら、二人のお腹が同時にグーッとと鳴ったので、あたしは泣きながら笑った。



「じゃ、大事な話をする前に、まず一緒に食べましょう」



 あたしたちは果物を囲んだ。

 なんだかとても懐かしい気持ちになった。少し前まで、よくこうしていたなと思い出して、あたしはまた涙を流した。





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