第14話 再び村へ
胸がざわついて、あたしは目を開けた。
景色は先ほどとほとんど変わらなかった。周りの木の位置も一緒だ。夜の森、あたりは真っ暗で少し肌寒く、魔法の光がなければ何も見えない。
唯一違うのは、魔物の気配がすることだ。それは久しぶりの感覚だったが、あたしはこのほうが落ち着いていた。生まれてからずっと魔物がいることが当たり前だったせいかもしれない。
いつどこから魔物が来てもいいように全神経を研ぎ澄ませる。
最小限の光を灯し、夜の森を進む。暗闇の中、少し先の道しか見えない状況に、あたしは魔王討伐の時のことを思いだしていた。
人の気配はないが、魔物がでてもなるべく迅速に対応するほうがよさそうだ。いまは目立つ行動は避け、あの村に無事に行くことを最優先にしよう。
……そういえば。
あたしはあることを思い出し立ち止まり、ズボンのポケットから鏡を取り出した。光を顔に近づけ、鏡を見る。
なるほど。
42歳、たしかに少し老けてる。
目尻や口元にシワがあり、心なしかまぶたが重たくなっている気がする。暗くてわかりにくいが、顔色もちょっとくすんでいるようだ。
だけど、思ったよりあたしはあたしのままだった。自分で見ているから、良いように見えるフィルターがかかってそう見えるだけなのかもしれないけど。
あたしはさっそくあの村を目指した。
途中何度か魔物に出くわしたが、特に問題なく対応できた。
実はあれ以来初めて戦ったのだが、体に染み付いているのか少しもブランクを感じなかった。むしろ元気になった気さえする。
しばらく歩くと、木々の隙間から光が見えてきた。村だ。
あたしは光を消し、息を潜めた。魔物のように足音をたてず、ゆっくりと近づく。
外から見た感じは、ついこの前、つまり元の時間軸だが、その時とだいたい同じだった。
柵も塀もなく、村の中が丸見えだ。感覚を研ぎ澄ませると、結界もきちんと作動しているのがわかった。
さすがに夜遅いので、出歩いている村人はほとんどおらず、見張りのような人が時折うろついているのが見えた。
あたしは木の間から顔をだしながら、無意識に二人を探していた。ムイが走ってこないかな、ダンテがそれを追いかけてこないかな、と。
今も、この瞬間も、二人が辛い思いをしていると想像するだけで、あたしの胸は締め付けられた。一刻も早くこの監獄から助け出してあげたい。
二人の話では、この村は一度入ると結界のせいで自由に出ることができず、出るには許可がいる。
二人を簡単に連れていける保証はないし、なんなら魔力の供給源としてあたしも閉じ込められる可能性が高い。
簡単にはいかないだろう。だけど、そのための準備もしてきた。
夜が明けたら、決行だ。
あたしは結局一睡もすることなく、朝を迎えた。ウズウズしてとてもじゃないけど、眠れなかった。
村からはにぎやかな声が聞こえていた。この時間ならみんな起きているだろう。
あたしは持ってきた茶色いマントをはおり、旅人を装う。ピアスやリング、二人の剣や、その他持ってきたものは一旦別の場所に置いてきた。
あたしはこの前と同じ場所から村へ入ろうとした。するとさっそく結界が発動し、魔法の檻が現れた。
すぐに村人がやってきたが、剣や杖は持っておらず、雰囲気も喧嘩腰ではなくいたって穏やかだった。
「どうかされましたか?」
40代くらいの男性が声をかけてきた。
「あの……、魔物を倒していたら道に迷ってしまって……たまたまここを見つけたのですが。急に入ろうとしてすみませんでした。何か魔法が使われていたんですね」
あたしは何も知らないフリをしながら、申し訳無さそうに振る舞う。
「あはは、みなさん驚かれるんですよ。村を守る結界なんです。お客さんには失礼だなと毎回思うのですが、みんなが安全に暮らすために必要なんです。驚かれたことと思いますが、どうか、許してください」
とても感じの良い男性だった。
まあ、だからと言って信用してないけど。
「あの、少し疲れてしまって……。ご迷惑でなければ、中に入れてもらってもいいですか?」
「はい。もちろんですよ」
そういうと男性が檻の隙間から手を伸ばしてきた。その手を掴むと、檻が消え、あたしは村に入ることができた。
なるほど、こういう仕組みか。
「どうぞ、ゆっくりしてってください。何もないところですが」
あっさり入れてしまった。
この前の警戒心まるだしの二人は何だったのだろう。もしかして、魔王がいなくなったことで、ああする必要がでてきたのだろうか?
村の中はいたって普通だった。街と比べるとかなり質素な生活を送っているように見えるが、それでも十分豊かに見えた。
道端で世間話をする人、元気に走り回る子供たち、畑にはたくさんの野菜や果物、家畜の鳴き声。
結界に魔力を供給しなくてはならないというデメリットはあるが、魔物に襲われない生活というのはこうも人々に安心感を与えるものなのか。
唯一、建物だけは前より古びて見えた。元の時間軸のほうが、新しい家が多かった気がする。一斉に建て替えたのだろうか。
通りすがりにこの前会った杖の老人を見かけた気がして、あたしはマントのフードを被った。あたしはあの時より歳をとっていて見た目は少し違うが、万が一のことを考えて未来によくない影響が出ないようにしなくては。
あたしはそんなことを考えながらあたりを見渡し、二人を探した。確か、小屋みたいなところって……。
「うわっ!! くさ!!」
「きたない! こっち来んな!」
「きゃー、こっちみてる!」
「逃げろ! バイキンがつくぞ!」
「魔物にされるぞー!」
胸糞悪い言葉が聞こえてきて、あたしは声のするほうを見た。
そこには、同じ歳くらいの子供たちに指を指されている二人の男の子がいた。
あたしは思わず叫びそうになった。
二人がいた。
6年前だから、二人は12歳だ。
背はまだ低くて、顔つきも子供っぽい。
服はところどころ破れていて、夜は寒いだろうに、二人とも半袖半ズボンだった。
髪は肩にかかるくらい長くて、前髪も同じくらい長い。
顔や手足に擦り傷がたくさんあって、あまり食べていないのかガリガリだった。
あたしは手に力をこめた。
ムイとダンテがいる。すぐそこに。
村の子供たちがなおも二人を罵倒するが、二人は決してうつむかず、前を見ていた。
「おれたち魔物じゃないよ!」
「ぼくらはみんなと一緒だよ!」
声も高くて、話し方も少し幼いけど、間違いなく、ダンテとムイだった。
「ああ、お客さん、すみません。どうか気にしないでください。あの二人はこの村唯一の汚点なんですよ……。あまり見ないでもらえると助かります。それ以外は本当にいいところなので、お客さんもここが気に入れば、住むことも検討してみてくださいね」
あたしを招きいれた男性が申し訳なさそうに話す。
その言葉に、ついにあたしの中の何かが切れた――。
「……汚いのはお前らだ」
あたしは剣を抜いた。
そして、男性の太ももを刺した。
「……えっ?」
男性は刺された足を見て何が起きたのかわからず一瞬硬直したが、叫び声を上げてあたしの剣を掴んだ。
「いっ!! 痛い!! 助けて!! 助けて!!」
あたしが剣を抜くと、男性は倒れ込み足を抱えてうずくまった。足からは血がでていた。
周りの村人たちもすぐに異変に気づき、悲鳴をあげた。
「武器を取れ!! 子供を隠せ!!」
「自警団!! 早く!!」
「結界を守れ!!」
あっという間にあたしの周りを円を書くように人が集まった。その手には剣や杖を握っている。
あたしはフードを深くかぶった。
剣を持った人々が一斉に斬りかかってくる。杖を持つ魔法使いは、隙あらばあたしに砲撃しようと杖を向けていた。
あたしは左手に小さな魔法の弾丸をいくつか作り、それを剣士たちに向けて撃った。
彼らは剣で弾丸を弾くが、その瞬間にあたしは彼らの懐へと入り込み、魔力をこめた剣で相手の剣を砕き割っていく。
「なっ!? 剣が!?」
あたしの動きに合わせて魔法使いたちも砲撃してくるが、あたしは剣士の体を盾にしてそれを防ぐ。あたしの代わりに砲撃を受けた剣士の体からは血がでていた。
「闇雲に撃つな! 味方に当たる!」
「でも! あいつ速すぎて当てられない!」
あたしは周りにいた剣士の剣すべてを砕きおえた。そして地面に落ちている剣の破片を魔法で浮かせ、磁石のように自分の剣にくっつけていく。
あたしの剣はみるみる形を変えていき、ゴツゴツとした巨大な剣ができあがった。
「これは……!!」
魔法使いが地面の土を操り、あたしの足を土で固定したが、あたしは構わず巨大な剣を真横に思いっきり振った。
「伏せろー!!」
魔法使いたちはしゃがんで斬撃を回避したが、その後ろにあるいくつもの建物や木々がスパッと斬れ、大きな物音をたてて崩れていった。
剣にまとわせていた欠片も一緒に飛ばしたため、あたり一面にトラップのように剣の欠片が散らばっていた。
村人たちはそれを見て戦慄した。
「……化物だ……」
恐ろしいものでも見るかのような目であたしを見つめている。
だけど、まだまだ。
こんなことじゃ、足りない。
あたしは足元の拘束を解除し、左手を空に向け、巨大な魔法陣を出した。
「今度はなんだ!?」
魔法陣が光だし、真っ赤な炎があらわれた。村人は呆然として空を見上げる。
炎は次第に龍の形となり村の上空で一旦停止すると、そのまま急降下し、次々と建物にぶつかっていった。
炎の龍が触れたところから火の手があがり、それが他のところにも燃え広がっていく。
一瞬にしてあたりは火の海となっていった。
魔法使いや村人は水をだし、必死に消火しようとしていた。
「化物! 何が目的だ!?」
魔法使いが杖を向け砲撃してくるが、あたしはシールドを張って防ぐ。
問いかけには答えずに、建物の影に隠れていた二人のほうへテクテクと近づいていった。二人のためにここだけは炎がこないようにしてある。
すると、二人の他に先ほど罵声を浴びせていた子供たちもいた。その側には親らしき人がいて、あたしを見て急いで子供の前に飛び出してきた。
「お願いします! 子供だけは!」
震える声で叫ぶ。でもそれを見てもあたしは1ミリもかわいそうだと思わなかった。
「子供だからって、何しても許されるわけじゃないんだよ」
あたしはそう言って、ダンテとムイ以外の人を風の魔法で投げ飛ばした。子供は泣き、親はあたしに向かって何か叫んでいた。
『子供だけは』ってよく言うけど、今回はその子供も当事者なんだから。少しくらい痛い目見てくれないと、あたしの気がおさまらない。
さてと。
ムイとダンテは怯えながらあたしを見る。
あたしの背後には燃え盛る炎、逃げ惑う村人、灰になっていく建物。
その元凶であるあたしは、どこからどう見ても化物だ。あたしは剣を腰にしまい、ゆっくりと近づいた。
「くっ! 来るな!」
「ぼくたちだって、戦えるんだ!」
手を前に構えて戦うポーズをとる。震えているのに、その目はあたしをしっかり見ている。
「はじめまして」
あたしは優しく声をかけた。
ダンテ、ムイ。
会いに来たよ。
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