第13話 願い
「カーラ様、もう一度言いますが、過去に行くことはできますが、未来を変えることはできません。それでも行きますか?」
眼鏡の真ん中を押さえながらあたしにしつこく念押ししてくるこの女性は、魔導書を管理している研究者だ。エリという。
あたしは机と椅子以外何もない無機質な灰色の部屋で、エリと二人きり、向かい合わせに座りながら話をしていた。
痩けた頬、青色の瞳に丸い眼鏡、長い黄色の髪を後ろで一つに結んでいて、足首まで届きそうなシワシワの白い上着を着ている。歳は50だと言うが、顔色が悪いせいで正直言ってもっと上に見える。
「はい。行きます」
このやりとりも何度目だろう。
あたしがその魔法がほしいと言うと、止めといたほうがいいと思いますけどねぇと、何度も言ってくる。おかげで決心してから一週間たってしまった。
「他にも便利な魔法はたくさんあります。なのに、なぜそんな意味のない魔法を選ぶのですか?」
「あたしにとっては、意味のある魔法です」
あたしは机の上の魔導書を見つめたまま答える。
「他にもたくさんあるでしょう? どんな怪我でも一度だけ治す魔法、どんな場所でも一度だけ移動できる魔法、どんな攻撃でも一度だけ防げる魔法、一度だけ未来を見れる魔法、どんな結界でも一度だけ破れる魔法、一度だけ姿を消すことができる魔法、死者の声を聞ける魔法、他にも他にも何でもできるんです。な・の・に、なぜそれなんですか!?」
語尾を強め、机をバンっと叩いてあたしに顔を近づける。顔が怖い、おばけみたい。
「ここに書いてあるでしょう!? 過去に行けるが、未来を変えることはできない、と!! 行っても無駄なんです!! きっと干渉できないんですよ!!」
確かに書いてある。あたしも何度も読んだ。
それにしても、どんな魔法でも授けてもらえるとはよく言ったものだ。
この魔導書にはありとあらゆる魔法が載っている。魔導書のページはこれだけの分厚さにも関わらず、真ん中しか開くことができない。しかも、そのページは真っ白なのだ。
だが、ほしい魔法を思い浮かべると、その魔法の魔法陣と使用方法などが浮かび上がってくる。
だが欠点があった。望んだ魔法をもらえるのだが、どの魔法にも代償が必要だったのだ。そして、一度魔法を使えば、この魔導書は消滅すると書かれている。
ちなみに魔王を倒す魔法はなかったらしい。
はっきり言って、詐欺だ。
どんな怪我でも一度だけ治す代わりに、寿命が半分になる。
どんな場所でも一度だけ移動できる代わりに、両足を失う。
どんな攻撃でも一度だけ防げる代わりに、その後は二度と魔法を使えない。
一度だけ未来を見れる代わりに、視力を失う。
どんな結界でも一度だけ破れる代わりに、両腕を失う。
一度だけ完全に姿を消すことができる代わりに、今後誰からも愛してもらえない。
死者の声を聞ける代わりに、聴力を失う。
そして、あたしが選ぼうとしている魔法にも、もちろん代償があった。
過去に行ける代わりに、自分の時間を失う。
「カーラ様は6年前に戻るおつもりですよね」
「はい」
はじめて二人に会った日に、5年前に村を出たとダンテが言っていた。
師匠が魔王だったとして、5年前に二人を助け出したのだとしたら、あたしはそれよりも前に二人に会う必要がある。
「戻る年数×2の数だけ、歳をとることになります。つまり、カーラ様は12年分の時間を対価とすることになります。過去に行った瞬間、12歳老けます」
老ける。
あたしは今30歳だけど、過去に行った時点で42歳になってしまうということだ。
だが、代償はそれだけではない。
「過去で過ごす時間は、カーラ様の体に10倍の負荷を与えます。時間の負荷です。カーラ様は過去にいる間、10倍の速度で歳をとります。仮に1年間、過去で過ごすとします。すると、カーラ様の体は10年老います」
つまり、最終的に52歳になるということだ。そして最長でも1年しか過去にとどまれないと書かれている。
「もったいないです!!」
エリはまた机をバンっと叩く。
「カーラ様! 過去で歳をとってどうするんですか!? 戻ってきた時、どうするんですか!? 取り返しがつかないんですよ!?」
「かまいません。もうここでやりたいことはほとんどありませんから」
あたしは淡々と答える。
どのみちあたしは長く生きることはできない。魔王との戦いの時、あたしは自分の命を対価に魔法を使ったことで、寿命を縮めている。
「……とても辛いことがあったのは、見ていてわかります。ですが、それほどまでに、なさねばならないことですか? たとえ何も変えることができなくても、行かなければなりませんか?」
「……それでも、行きます。変えてみせますから」
エリは悲しそうにあたしを見る。
「1年、行くのですね……。戻ってきたとき、52歳ですよ。私より歳上になっちゃうんですよ……」
……確かに。
あたしはエリをまじましと見つめた。こうなるのか……。顔にはシワが目立つし、顔色は悪いし、目の下にはクマがあるし、髪はパサパサだし、体は弱々しい。
「……っふ、ふははははは」
あたしは思わず吹き出した。
「ふふ、ごめんなさい。なんだか、ちょっとおかしくて……」
未来の自分をエリと重ねて想像すると、なんともおかしな気分になった。
「カーラ様がとても失礼なことを考えていたのはよーくわかりました」
エリは一瞬ムスッとしたが、笑っているあたしを見て、彼女はとても優しい顔になった。
「それでも、いいのですね……」
エリはため息をついた。
「わかりましたっ! では、戻ってきたときは、私には敬語は不要です。なにせ、カーラ様のほうが歳上になるのですから。どうぞ、上から目線で話しかけてください」
戻ってきたとき……。
エリはそう言って笑ってくれた。
エリは優しい。おせっかいだけど、あたしを気遣って、本当にあたしのためを思って話をしてくれる。
「……ありがとうございます。必ず戻って来ます」
そう言って、あたしたちは握手をした。
あたしは一人、森にいた。
ここは二人がいたクズ村の近くだ。人目につきにくい夜なら、誰にも見られないだろう。
少し前なら、魔物に警戒していただろうけど、今はその心配もなくなった。夜の森がこんなにも平和だなんて、今だに信じられない。
あたしは二人の剣と、魔導書を持っていた。身につけている物は過去へ持っていけるようなので、バックに必要なものを詰め込んだ。
二人のお守りは、万が一むこうで失くしてはいけないと思い、この時代においておくことにした。もし未来が変わることがあれば、そのお守りが消えている可能性もある。それを確かめる判断材料として、こちらに置いていく。
あたしは深呼吸し、魔導書に手を乗せた。二人のことを思いながら、魔法を発動した。
本から光が溢れ、あたしを、そしてあたりを包んでいく。
さあ、行こう。
二人を助けに。
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