第12話 あの村
大陸で唯一残っている国がある。魔王を倒した者を勇者とし、褒美として一生遊んで暮らせるだけの報酬と、ほしい魔法を一つだけ与える、と宣言した国だ。
あたしはあの日、勇者になった。
あたしだけが、勇者になった。
ムイとダンテも共に戦った仲間だと国王に話をしたが、二人が死んでいるためそれが真実だという確証がどこにもないく、勇者とは認めないとのことだった。
あたしが二人と一緒にいたことはあの街にいた何人かが目撃しているが、魔王が死んだ時に二人もそこにいたかどうかについては、あたし以外誰もわからない。
あたしは必死に抗議したが、国王には認めてもらえなかった。
死んでいる者たちは他にも大勢あそこにいた。その中の誰がそうであったかを知るすべがない。その二人だけを特別扱いするわけにはいかない。それなら死んでいるすべての者を勇者にしなくてはならなくなる。
死体の腐敗ぐあいから、二人が死んだばかりなのは一目瞭然だったが、だからと言って他の死体が魔法によって腐敗しているだけの可能性も否定できない。
よって、生きているあたしだけが、勇者となった。
あたしだけが勇者の印である首飾りをもらい、あたしだけが街を歩くと尊敬の眼差しで見られ、あたしだけがありがとうと感謝され、あたしだけがまだ息をしていた。
あたしだけが――。
あたしはあれからまだランデルとサリイに会っていなかった。あの街に行くのが怖かった。どんな顔をして会えばいい。あたしだけがのうのうと生き残ってごめんなさいとでも言うのか。
それに、あの街には二人のことを思い出す場所がいくつかあり、それを見たくなかった。
二人の剣と、二人が首から下げていたお守りだけを回収し、二人は他の死体とともにあそこで焼かれた。
あたしの心は夫と息子を亡くしたときに戻ってしまった。もう二度と同じ過ちを繰り返さないと誓ったのにこのザマだ。
ほしい魔法について尋ねられたが、あたしはすぐに決めることができず、一旦保留させてもらった。
決めていた願いはあったのだが、二人がいたから成し遂げられたのに、あたしだけが夢を叶えていいわけがないと思った。
しばらくして、あたしはとある村を訪れた。
ダンテとムイが住んでいたという、あの村を。
森の中にその村はあった。周りには柵や堀はなく、村の様子は外から丸見えだった。
真新しい木造の家が並び、畑や川が流れているのが見える。一見誰でも入れそうに見えるが、魔力を練り感覚を研ぎ澄ませると、村全体が巨大な結界に囲われているのがわかった。
二人の話にあった結界だ。
入口らしき場所がどこにもなかったため、あたしはとりあえず一番広そうな道がある場所から入ることにした。
村に足を踏み入れようとした瞬間、結界が作動した。村全体が瞬時に檻に囲われ、あたしの侵入を拒んだ。
これほど巨大な結界を見たのは初めてだった。あたしは思わず結界に触った。そのときふと、魔王のクリスタルを思い出した。
結界を見つめていると檻の中から二人の村人が現われた。その手にはそれぞれ杖と剣を持っていた。
「お客人、何か用かな?」
老人があたしに杖を向ける。ずいぶんな出迎えだな。誰でも彼でもこんな対応をするのか。
「要件を述べよ」
若い女性があたしに剣を向ける。敵意に満ちた目だった。
「うん? ……おまえさん、どこかでみたような顔だな……」
老人が杖を少し下げてあたしを凝視する。
「ちょっとおじいちゃん。杖しっかり持っててよねえ。何かあったら……」
と言いかけて、女性は目を見開いた。
「あ! もしかしてあなた……勇者様じゃない!?」
勇者、と言われ、あたしの心臓がぎゅっとなった。正直、勇者と言われるのは居心地が悪い。
「あたしを、知っているんですか?」
「もちろんですよお!! というか、知らないほうがおかしいですって!!」
女性は先ほどの態度から打って変わり、剣を腰に戻しすっかりはしゃいでいた。
「きゃーー! 本物だあー! あたしわざわざあの国まで見に行ったんですよお! 勇者様のお披露目の日!」
目をキラキラ輝かせている。
「それが勇者の証ですか!? わあ!! 綺麗。金色の首飾りだ」
しばらく付けておいてと言われたから付けているが、正直今すぐにでもはずしたかった。
「これ……そんなにはしゃぐな。ビックリされておる」
老人がコンと杖を女性の頭にあて、ため息混じりに女性をなだめた。
「えっ? ああ、ごめんなさい……。つい、嬉しくて……」
女性はペコっと頭をさげた。
「それで、勇者様。この村にどんな御用でしょうか?」
老人が再度尋ねる。
「ムイとダンテという男の子をご存知ですか」
あたしは単刀直入に聞いた。
「ムイ? ダンテ? はて、誰でしょう……」
老人は全く聞き覚えがないといった顔をした。
「ああー。ほら、あの二人よ。昔いたじゃない。母親とあの国から逃げてきた。5、6年前くらいの騒動で出てったじゃない」
「!! 知っていますか!?」
あたしは檻を掴み顔を近づけた。やっぱり、二人はここにいたんだ。あたしはまた心臓がぎゅっとなった。
二人がここに……。
「ああ、思い出した。あの汚れたやつらか……」
老人は吐き捨てるように言った。
……汚れた……?
「確かにそんなやつらがおりましたが、それがどうかされましたか?」
老人はまるで嫌なものでも見たかのように顔をしかめた。
「どうして……あの二人が汚れているのですか?」
「勇者様! もしかしてあの二人とお知り合いだったんですかあ!? あいつら、魔王が生まれた国の出身だったんですよお。気味が悪いったらありゃしない!!」
女性の甲高い声が、耳に障る。それを聞きつけた村人たちが、なんだなんだとこちらに集まってきた。
「魔王は、死にましたが……」
あたしは二人と目を合わすことができず、ただぼんやりと地面の一点を見つめていた。集まってくる他の村人たちとも目を合わせたくなかった。
もう少しで何かが切れてしまいそうな、そんな気分だった。
「ああ、勇者様が倒してくださったんですよね。本当にありがとうございます。我々も長い間、苦しめられていたのです。本当に、何とお礼を言ってよいやら……」
「魔王が死んでも、あの国の出身の人は汚れていると、思っているのですか?」
「はい、もちろんです」
老人は間髪入れずに答える。
「ダンテとムイは、あたしとともに魔王討伐に向かい、そしてそれを成し遂げました。結果的に二人は死んでしまいましたが、間違いなく彼らも勇者なのです。あたしは彼らに命を救われました。彼らは自らの命を犠牲にして、魔王を倒したのです。それでもまだ、ムイとダンテが汚れているとお考えですか?」
「……………」
一瞬静寂に包まれた。
「ふ、はははははは!!」
「あははは!!」
そして我慢できないというように、みな大口をあけて笑い出した。
「勇者様、御冗談を!」
「あいつらがそんなことできるはずないじゃないですか!」
「どうせ勇者様のおこぼれに預かろうと、こそこそついていっただけでしょう?」
「それで死んでるんだから、ほんと、バカなやつらよね!」
「悪い頭で一生懸命考えたんでしょう。勇者様も、さぞ迷惑だったとお察しします」
「あいつらは疫病神なんですよ。あいつらのせいでここはめちゃくちゃになったんです。死んでくれてよかったですよ」
どうして……。
あたしは呆然としてその場に立ち尽くした。
体の力が抜けていくのを感じ、檻を握っていた手をだらんと下げた。
殺してやりたい――。
ここにいる全員、殺してやりたい。
あの子たちがどれだけ頑張っても、報われないんだ。本当の理由がなんであれ、二人が勇者を目指したのは間違いなくこの村が原因なのに。
なのに、こいつらは……。
「ところで勇者様! もしお時間あったら、中に入っていれば少しお話しませんか!? お話いろいろ聞きたいんです!!」
その言葉にみんなが賛同していた。あたしを見るその目は、尊敬の眼差しだった。ダンテとムイには永遠に向けられることのない眼差しだった。
あたしは両手で檻を握った。魔王との戦いでわかった。あたしはこの檻を壊せる。命を削れば、体を差し出せば、これは壊れる。
そしたら、中の奴ら、全員殺せる。結界に魔力を供給しているせいか、見たことろ、それほどの手練れはいない。
全員、殺れる――。
黙ったままのあたしを、村人が不思議そうに見つめる。あたしは顔をあげ、前を見た。
魔力を込めようとした時、ふと、村の端に古びた小屋があるのが見えた。屋根は剥がれ、壁に穴が空き、今にも崩れそうな小屋。
とたんに、二人の姿が浮かんできた。苦しくても、頑張って生きていた二人の姿がちらついた。
二人が懸命に耐えたのに、あたしはたった一度でそれを全部消そうとしている。
ここを消してしまえば、二人がいた証がなくなるような気がした。二人の戦う理由が、こんなクズ村だったとしても、それをあたしが消してしまっていいのか。
こいつらを消しても、二人は戻って来ないのに……。
あたしはできなかった。
あたしは何も言わず、その場を去った。村人が何かを叫んでいたが、振り返らなかった。
ごめん。ごめん。ごめん。
二人の村の話を聞いたとき、よくある話しだなんて思ってごめんね。
辛かったね。
悔しかったね。
よく耐えたね。
二人を抱きしめたくてたまらなかった。
よく頑張ったねと、頭をなでてあげたかった。
決めた。
あたしはもらう魔法を決めた。
過去に戻ろう。
あたしが二人を村から助け出し、そしてすべてを伝え、魔王を倒すことを諦めてもらうんだ。
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