第11話 夜明け


「!? なに……を?」


 そこの二人? 


「おまえじゃないヨ。そこの二人ダ」


 あたしはハッとして二人のほうを向く。


「ダンテ! ムイ! あたしの近くに!!」


 ムイはこちらを見ず、ダンテはあたしのほうを向くが目が合わない。


 あたしは急いで二人に近づこうとしたが、その瞬間二人に結界が張られた。それぞれが薄水色のクリスタルのような結界に閉じ込められた。

 あたしも二人に結界を張っていたのに、それを上書きされた。


 あたしは二人の結界を触わり解除を試みたが、それが不可能だとすぐに思い知らされた。



 こんな魔法、見たことない……。

 こんなの、どうやって壊すの……。

 



「待って! どうしてあたしは駄目なの!?」


「そんなことをしたら、二人の努力が水の泡ダ。おまえの変わりに二人が扉の通行料を払っているのダ。ワタシはそれを無駄にはしたくなイ」


 通行料……?


 あたしがわけがわからないという顔をすると、「うまく隠してたようだネ。素晴らしイ」と魔王は感心した様子だった。



「ムイ! ムイ! こっちを見て!」


 あたしはクリスタルをどんどんと叩く。何度か叩いてようやくムイはあたしを見た。もしかして、声が届いてない!?

 ムイは何も言わず、悲しそうに笑った。


 なんで……。



「ダンテ! ダンテ!」


 あたしは隣にあるダンテのクリスタルも力いっぱい叩いた。


「中から壊せない? どこかに綻びはない!?」


 ダンテはあたしのほうを向くが、やはり目が合わない。だけど言葉は聞こえたのか、首を横に振ってムイと同じように悲しそうに笑った。


「なんで……」


 なんでそんな、諦めたように笑うの。


 あたしは後ろに下がり、剣に魔力をこめてクリスタルに切りかかった。だが、何度やっても弾き返される。


「無駄だヨ、剣が痛んでしまウ。大切な物なのだろウ? やめなさイ」


 魔王はそう言うと、あたしの体を魔法の鎖で拘束した。


「うっ! 離して!!」


 一瞬にして全身を鎖に絡め取られた。自分にも結界を張っていたのに、魔王の前ではそんなものは無意味なのか。

 この鎖も硬すぎる……。


「おまえはニンゲンの中ではかなり強いみたいだガ、ワタシから見れば、みな同じダ」



 こんなにも、強いのか……。

 こんなにも、何もできないのか……。

 なんのために……。



 二人があたしを見つめ、『ありがとう』と大きく口を動かした。


「やめて……」


 どうして受け入れてるの? 

 まだできることがあるかもしれないのに!


 クリスタルが光だし、キーンという音とともに二人の命が奪われていくのを感じた。


「やめて!!!」


 あたしはありったけの力を振り絞った。とっさに自分の命を使い魔力を増幅させ、巻き付いた鎖を破壊した。


「ほお、素晴らしイ。これを傷つけられたのは初めてダ。この一瞬でよく思いついたものダ」


 できた!

 自分の命をかければ二人のクリスタルも壊せる!!


 あたしはクリスタルに手を伸ばす。





「だが……手遅れだヨ」


 クリスタルの音が止んだ。







 そして、二人の目から光が消えた。









 クリスタルが音もなく割れ、二人の体はそのまま地面に倒れた。



「ムイ! ダンテ!」


 あたしは膝をつき二人をゆする。


「駄目よ! まだ! 村のやつら見返すんでしょ!? まだ終わってないでしょ!!!」


 ピクリとも動かない二人を見て、あたしは頭が真っ白になった。

 待って! 逝かないで! 


 あたしはまたしても自分の命を魔力に変え、治癒魔法を使った。だが、何をしても、二人は目を覚まさない。

 



「終わっタ。ああ……ようやく死ねル」


 何事もなかったかのように、魔王は一人満足気に呟いた。




「……ふざけるな」


 お前のせいだ。


「ふざけるな!! ふざけるな!! ふざけるな!!」


 あたしは暗闇に向かって叫んだ。


「一人で死になさいよ!!」


「なんで!!」


「お前だけ死ねばよかったのに!! お前さえいなければ!!」


 あたしは狂ったように叫び続けた。叫ぶことしかできない自分はなんて愚かなんだろう。叫んでも、何も戻ってこないのに。のどがちぎれるほど叫んでも、もう二人は目を覚ましてくれないのに。



 あたしの怒りを、魔王は黙って聞いていた。本当に聞いていたかなんてわからない、本当にそこにいたかなんてわからない。だけど何の確証もないのに、魔王はあたしの声をちゃんと聞いていると、そう思った。



「おまえモ、もう疲れただろウ。帰らせてあげようネ」


 しばらくして魔王が、小さな子供をなだめるように言った。


「うるさい!! 殺してやる!!」


 あたしは立ち上がり魔法の炎を暗闇めがけて放った。炎は龍の姿となり暗闇に消えていく。炎だけではない、氷の矢も、毒の霧も、地面を裂く雷も、何千もの魔法の剣も、ありとあらゆる魔法を使った。


 だが、すべての魔法が暗闇に消えていく。何もない、何も残らない。

 あたしの魔法は、何の意味もなさなかった。


 こんなにも……何もできないの……。



「おまえは気づいていなかったようだガ、ここに来るまでに、4つの扉があっただろウ? あれを開けたニンゲンは、五感のうちの一つを奪われるんダ。嗅覚、味覚、視覚、聴覚。おまえの変わりに、この二人が通行料を払ったのダ」


「……五感……?」


 我を忘れて攻撃していたあたしは、その言葉にひっかかり、攻撃の手を止めた。


「先程もいったガ、ワタシはニンゲンの感情に敏感でネ。感情が邪魔なのダ。暴走してしまウ。だから、ニンゲンがここにたどり着く前に、なるべく削いでおきたかっタ。

 人間の五感、それをある程度奪えバ、何も感じることができなくなリ、感情は薄くなっていク。このコらは二人で半分ずつにしたかラ、足りないところを上手くカバーしてここまで来れたんダ」


 そう言われて思いたることがあり、あたしはこれまでの二人の行動を思いだした。



 何かおかしいと感じ瞬間は、確かにあった。二人の行動や会話に、違和感を覚えたことがあった。

 臭いに鈍感だったムイ。まずい液体を飲み干し、ムイの分まで幻を消したダンテ。最後のほうはムイの反応がおかしかった。


 だけどあたしは、これが終われば聞こうと、終われば聞けるだろうと、どこかで思っていた。


 まるで起こること全てを知っているかのように振る舞う二人を見てきて、まさか死ぬなんて、思えなかった。


 そうだ。今から死ぬと、二人はわかっていたようだった。


 二人の会話を思い返していると、あたしの中にある考えが浮かび上がった。



「……あなた、二人の師匠なんじゃないの?」


 あたしは止まっていた思考をフル回転させた。


「……どうしてそう思ウ?」


「二人に、会ったことがあるんじゃないの!? あなたを開放するために、二人は命を捧げたのよ! あなたが死にたいと願っているのを知って、ここに来た! 二人に剣と魔法を教えて、いつか自分が死ぬために、二人を利用したのよ!」


 そうだ。それなら辻褄が合う。師匠がこの場所を知っていることも、師匠がものすごく強いことも、二人がどうしてもここに来たかったことも。


「ハハハハハ!」


 あたしの言葉を魔王が笑う。


「!? 何が……おかしいの……」


「イヤ……笑ってごめんヨ。だが、それについてハ、答えることはできなイ」


「っどうして!? あなたもう死ぬんでしょ!? 今さら何を隠す必要があるの!?」


 あたしはいつの間にか魔王が本当に死んでくれるのだと信じていた。



「強いて言うなラ、死にたいから、だヨ」


「!? やっぱりあなたが!?」


「さて、お別れダ。こんなことはやめたいと、何度も何度も思っていたガ、ようやく眠ることができる。だが、ワタシはまたバケモノとして生まれてしまうのだろうナ……。いつか、私自身を消滅させられるときが、くるといいガ……」


 独り言のように呟き、その声はどんどん小さくなっていった。


「待って! まだ話を……!!」



 暗闇が一瞬揺らいだ気がした。

 次の瞬間、あたしは光に包まれた。






 後から聞いた話だが、大きな地響きとともに森に光の柱が現れたそうだ。

 天まで届きそうな光はあたりを照らし、それと同時に大陸中の魔物が消滅したそうだ。



 あたしはよく覚えていなかったが、それが起こった時に森にいた何人かが、光の中心であるこの場所に駆けつけたそうだ。


 その時すでに池はなくなっていて、そこにあるのは水ではなく、おびただしい数の死体だった。どれくらいの深さがあるのかわからないが、池だったところにはギュウギュウに敷き詰められた死体があったそうだ。


 それはいままで魔王討伐へと旅だった者たちの遺体だった。


 その中心にいたのが、あたしと、ダンテとムイだった。目を疑う光景と、鼻がおかしくなるような悪臭に、駆けつけた人たちは容易に近づくことができず、真ん中で一人座り込んでいるあたしに遠くから声をかけていたそうだ。


 何があったんだ? これは何なんだ? 魔王を倒したのか? と。



 けれど、あたしは何も聞こえていなかった。あたしは何もとられていないはずなのに、まるですべての感覚がなくなってしまったかのようだった。ただずっと、倒れて動かないムイとダンテの手を握っていた。


 朝日があたりを優しく照らし悪夢の終わりを告げているのに、あたしだけがまだ暗闇の中にいた。


 何も感じなかった。少し肌寒い空気も、ひざしの温かさも、遠くて叫んでいる人の声も、周りに埋まっている死体の臭いも、二人の手の冷たささえも。


 あたしの心はバラバラに崩れ落ちてしまい、もう二度と元には戻らないと思った。

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