EPISODE2

空を高速で翔ぶ飛行戦艦<ムラサメ>。上空のカタパルトデッキに一機のCJコンバットジャケットが着艦し、整備ドックに運ばれる。


「やれやれ…ユングのジャケットに続いてマキか。また徹夜だなこりゃ」

銃痕や装甲の破損、特に肩から胸部は酷く、後一歩の所でコクピットまで届くレベルの損傷具合であった。


「ふぃ〜っ…コールマン後頼むわ」

ハッチを開けて真っ先にコクピットから出るマキ。上着を脱ぎ腰に巻いている姿を見ると余程暑かったのだろう。グレイも後に続き、整備ドックを後にした。


「この艦は?」

手を繋ぎながら歩いていると、グレイから質問される。マキは頭を掻きながら話す。

所謂いわゆる、飛行戦艦ってやつ。名前はムラサメ、アタシら傭兵は各地の政治家だったり反政府軍からお呼びが掛かるから、空を翔ぶが必要なんだよ。そんでこの先が司令室。着いてこい」


一通り説明を聞き納得したグレイは1度深呼吸し、司令室の扉を開ける。

「戻ったよキャシィ」

キャシィと呼んだ女性に向かって手を振るマキ、黒髪のショートカットに青い瞳。カーキグリーンのミリタリージャケットを着ている彼女は身長が高く、男性と見間違える位だった。


「マキ、お疲れ様。その子が保護した子ね。私はアルベント・キャシィ。気軽にキャシィって呼んで構わないわ」

少し屈み、グレイの身長に合わせて挨拶するキャシィ。グレイも落ち着いた声で返す。


「グレイ・リヴォルツィオーネです」

「グレイって言うのね?さっきは大丈夫だった?あんな光景、そうそうお目にかかれないから、頭の整理が追いつかなかったんじゃない?」

グレイは先程の光景が脳裏に蘇る。無惨に転がる死体、血塗れのコンクリート、CJのコクピット目掛けて飛ぶ銃弾。全て非現実的な事だった。だがこれは現実だ、自分の目で見て、鼻で感じた事だから。


「はぁっ…!はぁ…!はぁ……!」

頭を抑えながらうずくまり、呼吸が荒くなる。今まで耐えてきたが、ふと安全になった途端、急に恐怖が襲って来る。気持ち悪い感覚の中、頭にはあの光景だけが広がっていた。


「グレイ?おいグレイ!大丈夫か!?」

マキの呼ぶ声が微かに聞こえる。CJのコクピットの外から聞こえたあの叫び、次に殺されてもおかしくない。そう思うと恐怖感が強くなったのだ。


「とりあえず医務室に運んであげて!話は落ち着いてからにしましょう」

キャシィがそう言うと、グレイを抱えてマキは医務室まで走った。




白い光が広がる天井。グレイはその天井に手を伸ばした。届くはずも無いが、とにかく手を伸ばした時だった。

「おぉ…お目覚めか」


医療用ベッドの右側から声が聞こえる。上半身を起こして右を向くと、白衣姿でスキンヘッドの男性が座ってコーヒーを飲んでいた。

「具合は?」男性が顔色を伺うように聞いてくる。

どこか頭がスッキリした様な感覚に見舞われる。以前に感じた気持ち悪さは無く、気分もいい。


「大丈夫です…」

そう答えると男性の表情が変化する、曇った様な顔から満面の笑みに変わった。


「良かった。どうやら強いショックを感じていた様子だが…大丈夫かね?」

男性の問いに応える。


「えぇ、今はもう大丈夫です。ありがとうございました」

グレイがお礼の言葉を言うと、男性はグレイの肩に手を乗せる。


「私はロヴィ・バーンズだ。怪我なり病気なりは私に任せなさい」

ロヴィはそれだけ言って、また椅子に座りコーヒーを飲み始めた。医務室を後にして司令室に戻る。


「グレイ!もう大丈夫なのか!?」

司令室に入るといきなりマキから声をかけられる。どうやら気を失っていたらしく、1時間程経ったそうだ。


「もう大丈夫ですよ。それより、迷惑掛けてすみません」

グレイは申し訳なさそうに俯き、謝罪をする。


「はぁ…別に迷惑って思ってねぇの。気にすんなって」

「そうよ。これから一緒に戦う仲だもの、これくらい何とも思わないわよ。それより、民間人であれだけの光景見て気絶だけの方が凄いわ」

マキとキャシィがそれぞれ口を開く。


「では、改めて…ようこそAFTアオフシュタンスへ。これから大変な事があるだろうけど、私達はチーム…いや、よ。信頼して欲しい。お願い、グレイ」

キャシィが差し伸べた手を取り、硬い握手を交わす。真っ直ぐキャシィを見つめるその瞳には、グレイの覚悟がそのまま写っていた。


「キャシィ、依頼人から何か連絡来なかったか?」

「あぁ、それならこれ」

1枚の資料を渡す。それは依頼完了と感謝の文が書かれた文書だった。その資料を読みながら顎に手を当てながらマキは何か考えていた。


「まぁ…依頼人がこれでいいと言うならそれまでか、アタシはドックに居るから何かあったら呼んでくれ」

そう言ってマキは司令室を後にする。グレイも同行しようとしたが、キャシィに手を掴まれる。


「グレイ、使えなくてもいいからこれ…持っていて」

「えっ……っ!」

握られた手には冷たい触感を感じた。手を見ると黒光りする拳銃を握っていた。


「物騒な仕事だから、これくらいは持っていてね。あとこれも」

キャシィから拳銃、それとホルスターを受け取り、服に取り付ける。

「うん。それでOK、行ってらっしゃい」

キャシィに背中を押されて司令室を飛び出し、整備ドックに走り出す。


4機のCJが一列に並ぶ整備ドックでは、整備員達が所狭しと駆け回り嘆きながら機体の調整を行っていた。

「ユング機の腕部パーツは!?」

「フレームの接合は完了しました、後は外部装甲だけです」

ユングの乗機であるCJNジャケットナンバー08、通称<ガイア>は陸上戦特化のCJで、拡張性、整備性に優れる反面。基礎性能は低く、一騎当千の活躍は基本的に見込めない機体である。その真価は高い拡張性でパイロットの要望を高い水準で叶える事が出来る事であろう。


「コールマン整備長。後は若いのに任せてマキ機をお願いします」

殆どの整備が終わった時、ユングはコールマンに促す。


「ん。分かった。いいか!半端な整備したら艦から落とすからな!俺達整備士がメシ食っていられるのもパイロットが生きているからだという事を頭に入れろ!」

コールマンはドック内の整備士を鼓舞するかの様に声を荒げる。整備士達はその声に呼応するように返事をした。

グレイはCJの近くに寄り、そびえ立つ鋼鉄の塊を見上げる。


「グレイ、これ気になるのか?」

グレイに気付いたのかマキがこちらに向かって歩く。


「あ…はい。さっき乗ってから少し」

成程と思い、顎に手を当てながらマキは思いつく。


「よし!着いてきなグレイ、面白いモンやらせてやるよ」

グレイの手を取りマキは整備ドック内の小部屋に入る。そこは見た事のある部屋だった。CJのコクピット内部、薄暗い中に様々な計器のランプが点灯している。


「これは…?コクピット?」

「というよりは再現したシュミレーターだな。ほら、そこに座って操縦桿を握れ。始めるぞ」

マキに促されて奥のシートに座る。両手に操縦桿を持ち、ベルトを締める。


『システムオンライン。シュミレーション・スタンバイ』

コクピットから機械音声が聞こえた途端、目の前のモニターが点灯し、画面が映し出される。


「凄い…操縦系統も全て同じなんですか?」

「当たり前だよ。動かしてみな」

右足から近いペダルを踏み、操縦桿を前に倒すと、コクピットは上下に揺れ、画面も連動して動き始める。振動は強く、後ろで見ているマキも立てずに座り込む程だった。


「うわっ!…あ、歩いてるの?」

「あぁ、歩いてる。そのまま攻撃してみるか」

マキの提案に驚くも、すぐに頷くグレイ。これはシュミレーションだ。人は乗っていない、死ぬ事はない、そう思うと心が楽になったからだ。


「右手の操縦桿の先端のボタンを押すんだよ」

言われた通りに操縦桿のボタンを押す。するとCJの右手に装備されたライフルを発砲する、銃声と共に放たれる弾丸はモニターの敵機を貫き、爆発四散した。


「凄い…こんな威力なの?」

呆気にとられているグレイを横目にマキが言う。


「あぁ、CJの力は強い……が所詮は機械だ。機械を扱えなければクズ鉄同然、だけどグレイ。見ていると筋がいいと思うぜ?物覚え早いし」

褒められて嬉しい反面、単純な動きしかしていなかったのにそれだけで分かるものなのかと、疑問にも思ったが、口にしないでおいた。


「そろそろ慣れただろ?少し実戦を想定した訓練をやってみるか」

そう言うとマキはモニターを少しいじって準備する。


『戦闘システム・スタンバイ』

機械音声が発する中、1度深呼吸し気持ちを落ち着かせて操縦桿を強く握る。

怖くない、死ぬ事もない、何度も自分に言い聞かせてCJを動かす。


「まずは相手がどう来るか…」

不用意に動かずライフルを構える。先に動いたのは敵機だった。直線的な動きで捉えやすく、冷静に射撃で対処する。


「まず一機……右!?」

一機撃破したのもつかの間、アラートが鳴り敵機が接近する。


「くっ!」

右側の敵機にライフルの照準を合わせてボタンを押す。強い発砲音を響かせながら連射するも当たらない、それどころか敵機は加速してこちらへ向かってくる。


「ひっ……!」

こちらに加速しながら向かって来る敵機に怯えながらもライフルを連射するも装甲に弾かれてダメージを与えられない。その時コクピット内に先程とは違うアラート音が鳴り響く。


「何…!?弾切れ!」

CJのライフルは弾切れを迎えてしまったのだ。

空撃ちを続けるグレイだが、敵機の突進により体制を崩し尻もちをつく。

その隙を逃さず敵機は背中からサーベルを引き抜き白熱化させ、グレイに切りかかる。


「グッ……!?」

咄嗟にシールドで防ぐ。しかしライフルの弾数は無く、カートリッジの装填も現状では不可能。額から汗が滝のように吹き出る、コクピット内は、グレイの呼吸、心臓の鼓動の音が永遠と聞こえるのだった。

防戦一方で下がり続けるグレイに対し、敵機の一撃によりシールドが真っ二つに切り裂かれる。


「シールドが…!」

シールドを失い自身を防ぐ手段を失ったグレイ。敵機はとどめとばかりにサーベルを縦に振り下ろすその時だった…


「腕だけで済むなら!」

咄嗟の判断でライフルを持った右腕を前に差し出す、右腕は綺麗に溶断され、地面に落ちる。その判断を見たマキは驚いた表情をしていた。

サーベルを再び持ち上げる隙を見せた一瞬の事だ。


「うぁぁぁぁ!」

コクピット内で叫び、操縦桿を力一杯倒し、左腕で敵機を殴りつける。大きな金属音が鳴り響く直後に立ち上がり体制を立て直す。いきなり大声を上げたグレイにマキは驚きの表情を隠せなかった。


「近接武器は…これ!?」

機体状況が映っているモニターを見て近接武器を確認する。

<対CJ装甲溶断ナイフ『ヤツザキ』>を右肩のボックスから取り出し左腕に装備する。



「この一瞬でここまで…やっぱ筋がいい、というより才能レベルだぞ」

後ろでマキが何やら喋っているが、グレイには何も聞こえていなかった。戦闘に集中している、というよりもアドレナリンが高まり過ぎて他の事が何一つ頭に入ってこないのだ。目の前の敵機を落とさないとこちらがやられる……たとえシュミレーションであっても恐怖を消す事は出来なかった。


「近付くなら…これで!」

ナイフを赤熱化させ、敵機の頭部目掛けて突き刺す。

ナイフと敵機の頭部が重なり、強い火花を放ちながら敵機の頭部を突き進む。


「はぁ……はぁ……」

突き刺したナイフにより敵機のバイザーが割れ、頭部を貫通した。その途端、敵機は前のめりに倒れて動かなくなる。

操縦桿を握る手は震え、呼吸は一段と荒くなる。鋭い目付きのその様子はさながら獲物を求める獣そのものだった。


シュミレーションルームから出て呼吸を整え、タオルで額の汗を拭うとマキが話し掛ける。


「どうだ?初めてCJを操縦した感想は?」

通路の脇で座り込むマキとグレイ、落ち着いた様にグレイは口を開く。


「よく分からなかったです、ただ必死で…落ち着ける状況じゃなくて…だからマキさん達って凄いんですね」

マキの目を見つめながら唐突に褒められて満更でもない表情を浮かべるマキ、頬を掻きながらグレイの頭をポンポンと撫でる。


「凄いって言うか…まぁ、褒め言葉ありがとうなグレイ。今日はもう休んでおきな、色々あって大変だったろ?少し1人になって気持ちを整理した方がいい。そのうち仕事もあるからな」


それだけ言い残してマキは立ち上がり自分のCJに向かって走る。


「……ふぅ……」

グレイも呼吸を整えて立ち上がり、居住ブロックまで歩く。


「なぁ、コールマン。CJ、動くか?」

マキが指差したCJは他の3機とは違うCJがハンガーに掛けられていた。


「……あぁ、動きはする。だが急にどうした?」

「あぁ、アイツも戦えるなら必要だろ?CJ」

頭を掻きながら話を進めるマキ、コールマンは腕を組み頷くも難色を示していた。


「お前が連れてきたグレイって奴か?まぁいいが……死者は出したくないんだよな」

帽子を深く被り俯くコールマン。マキは何も言えなかった……


「それはそうだけど…明らかに他の傭兵達と比べて戦力差がありすぎる。少ない戦力じゃ受けれる依頼も受けれない、金がなきゃどうしようもねぇからな…」

マキは冷静に言う。傭兵という仕事柄、何よりも金が大切になる事くらいコールマンは分かっていた。だが整備長として、パイロット達には死んで欲しくないとも思っていた。甘い考えなのも分かっているが、その考えは変えるつもりは無い…


「分かってるさ、だから俺が使それが俺の仕事でもあるからな」

「さっすがコールマン!よく分かってるじゃんよ」

指をパチンと鳴らして指を差すマキ。呆れたようにコールマンは言いつける。


「だとしてもCJのダメージを抑えない理由にはならんからな!もう少し抑えてくれよ!」

「わーったから叫ぶなっての、もう夜だぜ?」

耳を抑えながらマキが呟く、それを見かねたコールマンはため息をついて手の付けていないCJに足を運ぶ。


「全く…アンタらは俺に仕事を増やすのが得意なようだな。何時までに動けばいいんだ?」

「次の作戦まで…って言っても次がいつになるか分かんねぇからなぁ、手の空いてる時でいいよ」

「分かったよ…だが俺に仕事させるんなら絶対に死ぬなよ?整備長の肩書きが汚れる」

コールマンは悪態をつきながらも了承する。マキは整備ドックを出てドック内は数人の整備員が残っていた。


「残業か……まぁ仕方ねぇな」

ニッと笑みを浮かべてCJの整備を再開するコールマン、だが瞳には涙が浮かび、その笑顔は消え、複雑な顔を浮かべていた。

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