転倒、直立

白川津 中々

◾️

「きゃあ」という悲鳴が、一つ、二つ。

電車内、男が横たわり口と鼻から血を吹き出している。転倒し、怪我をしたのだ。



「大丈夫ですか」



そう言ってティッシュを差し出す女性。男は呻きながらティッシュを受け取り頭を下げる。他、散乱した荷物を拾ったり、寄り添う人間が多数。老若男女が無関係に救助に参加して慌ただしくしていた。

その中で俺は何もせず立っていた。彼らから目を背け、「俺に何ができる」という様子で静観するばかり。男が倒れる前、もしかしたら身体を支える事ができたかも知れない距離にいたのに、俺は動かなかった。



駅に着くと緊急停止を報せるベルが鳴った。誰かが「おーい」と叫び、駅員を呼ぶ。男は運ばれ、車内はがらんとなった。


男がいた場所には血がついていた。

一人の女が、ハンカチでそれを拭いた。

俺は、それを見ているだけで、何もできなかった。



「三番線、発車いたします」



アナウンスが流れ、再び電車は動き出す。「救護活動ありがとうございました」とアナウンスが流れる。

何もできなかった俺は、同じ場所に立ちづけている。

電車は、進む。

何もできない俺を乗せて。

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転倒、直立 白川津 中々 @taka1212384

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