第31話 燃え盛る紅炎騎士
—1—
——
本人に話したことはないが、俺は妹に強いコンプレックスを抱いていた。
まだこの世に魔族が出現する前。
『炎』の神能を宿して生まれた俺達兄妹は週末に父から稽古をつけてもらっていた。
身体能力を強化する基礎トレーニング、体術、神能のコントロール。
父の熱血的な指導はとにかく厳しかった。
飲み込みの早い紅葉は俺が積み上げた2年分のアドバンテージを一瞬で抜き去った。
感覚を頼りに直感で攻撃を組み立てる父と思考回路が似ていたのかもしれない。
『根性』『情熱』『努力』。
魂を込めればいかなる壁も打ち破ることができる。
壁を越えるのではなく、正面から体当たりして強引に打ち破る。
それが父と妹の考え方だった。
課題を見つけ、1つずつ段階を踏んでクリアしていく俺のやり方とは相容れない。
経験値を積んでやっとの思いで壁を越える俺を嘲笑うかのように紅葉はメキメキと力をつけていった。
劣等感を覚えたことは1度や2度じゃない。
ただ勘違いして欲しくない。
俺は紅葉のことが嫌いな訳じゃない。
スポーツでも勉強でも妹や弟の方が圧倒的な才能を持っていたら嫉妬するだろう。
羨ましいと思うだろう。
だからといって嫌いにはならない。
自分には到達できない高みにいると割り切ってしまえばむしろ誇らしく思えてくる。
父の戦闘スタイルは紅葉が受け継ぎ、俺は逃げるように剣の道に進んだ。
肉弾戦を得意としていた父は剣術は専門外だった。
だから口うるさく指導されることもなかった。
プレッシャーから解放されて肩の荷が下りた反面寂しくもあった。
父の興味が完全に紅葉に移ったような気がしたから。
それを紛らわすかのように俺は鍛錬に励んだ。
紅葉が生まれて少しして母が亡くなっていた為、相談する相手もいない。
剣を振るっている時間が全てを忘れられる唯一の瞬間だった。
何より自分で選んだ道だ。
自分の選択には責任を持たなくてはならない。
神能を宿す血族に生まれた以上、運命からは逃れられないのだから。
父が第一次魔族大戦の戦地に向かったあの日。
紅葉が眠りについたタイミングを見計らって父は俺を呼び出した。
「星夜、何かあったらお前が紅葉を守るんだ。紅葉は自分でこうと決めたら無鉄砲に突き進む節がある。外野がブレーキを掛けても止まらない。それがあいつの武器でもあるがまだまだ危うさが残っている」
「ああ、兄としてはもう少し視野を広げて欲しいところだ」
2人並んで夜空に瞬く星を眺める。
こういったなんでもない時間が貴重だったと今になって気付かされる。
「星夜、その点お前は嗅覚が鋭い。危険だと判断したら足を止めることができる。最悪を見抜く力がある。胸を張れ。紅葉に持っていない部分をお前は持っている」
父が俺の手を握り訓練でできたマメを優しく撫でた。
「二階堂家の血が流れているだけはある。努力を惜しまないのも立派な才能だ。お前が紅葉を守る騎士になれ」
父曰く俺に深く干渉してこなくなったのは俺なら1人でやっていけると確信していたかららしい。
自分と同じ戦闘スタイル、感覚派の紅葉から目が離せなかったとも言っていた。
父は俺の努力をちゃんと見ていてくれた。
それが分かっただけで心がいくらか軽くなった。
父が戦死した今、紅葉は俺が守らなくてはならない。
唯一残された家族だから。
父と交わした最後の約束だから。
—2—
「にーはっはっ! 弱い! 弱過ぎるよ! 人間!!」
地割れを引き起こした張本人、怪猿のバオが隊員をサンドバッグのように殴り飛ばす。
近くに標的がいなくなると大きく跳んで魔狼と交戦中の隊員を問答無用で蹴り上げた。
全身のバネを使って宙に舞った隊員よりも高く跳び、両手で殴って地面に叩き落とす。
こうして巨大なクレーターが地面に刻まれた。
もちろん隊員は即死だ。
「まだまだいくよッ!」
無邪気な子供のようなテンションで酷い虐殺が行われていく。
精鋭として集められた魔族討伐部隊の隊員もまるで歯が立たない。
常識外れの身体能力と規格外の怪力。
力を込めて振るった一撃は地面を四方に砕く威力だ。
こんなの誰が止められるというのか。
「神能の武装化・
炎の鎧を身に纏った紅葉が怒りに染まった赤い双眸をバオに向ける。
「お! いつかの期待外れだ! まだ生きてたんだ!」
「許せない。お前達に何の権利があってこんな酷い事を。命を粗末に扱うな。焼き殺すぞ獣風情が」
完全に紅葉がキレた。
このスイッチが入った紅葉を止めるのは俺でも難しい。
「できるもんならやってみな!」
バオが地面を蹴っただけで砂煙が上がる。
次の瞬間、紅葉の鳩尾にバオの拳が伸びていた。
「その攻撃は前も見た」
紅葉が炎拳でバオの拳を真下に撃ち落とした。
とてつもない衝撃波が迸り、周囲の障害物が砕け散る。
「この間とは別人ってわけね! 面白い! 久し振りにゾクゾクしたよッ!」
バオが軽やかなステップで紅葉の射程圏外まで下がる。
興奮で笑みが溢れている。
「
掌から放出された高出力な炎の塊がバオを襲う。
バオは物凄い勢いで地面を踏み込み亀裂を入れると馬鹿力で無理矢理コンクリートを剥がして壁を作った。
炎の塊が壁に衝突。
左右に熱波が広がり、コンクリートの壁に円形の穴が開いた。
「笑えないね。少し甘く見てた」
バオの表情から笑みが消え、声色も低くなった。
紅葉の攻撃は回避したみたいだが、左足に火傷の跡が見える。
「仕留めるつもりで狙ったのだけれど。腐っても三獣士ね」
熱風で紅葉の赤髪が揺れる。
相手を見下したような視線に挑発的な口調。
バオを苛つかせることが目的だと分かっていてもヒヤヒヤする。
「身の程を弁えな。人間が魔族に勝てるはずがない。神の恩恵に縋らないと戦うことができない愚かな種族が!」
真正面から突撃してきたバオに対し、紅葉も炎拳で交戦の構えを取る。
先に仕掛けたのはバオ。
風を切りながら正拳突きを放つ。
紅葉は直前で横へ跳び、バオの懐に潜り込むと同じく正拳突きを放つ。
回避不能と思われた一撃だったがバオは瞬時に体を回転させて裏拳を放ってきた。
すぐさま腕を立てて防御の構えを取るがボールを弾き飛ばしたかのように紅葉が吹き飛ばされる。
「紅葉!」
これが三獣士・怪猿のバオ。
紅葉が神能の武装化を発動していなければ裏拳を喰らった瞬間に衝撃に耐え切れず肉体が弾け飛んでいただろう。
「まだまだこんなもんじゃないよ!」
瓦礫を掻き分けて起き上がった紅葉に追撃を仕掛けるバオ。
紅葉はバオをギリギリまで引きつけると炎拳を振り抜いた。
防御を捨てて相打ちを狙ったのだ。
裏拳を喰らった直後にこの選択が取れるのは紅葉の気持ちの強さを象徴している。
火力でゴリ押す戦闘スタイル。
父が得意としていたその戦い方は爆発的な破壊力を生み出すが、相手にしているのは歴戦の猛者だ。
いくつもの死線を乗り越えてきている。
紅葉が纏った炎の鎧にヒビが入る。
手足のリーチの差でバオの拳が先に届いたようだ。
バオは畳み掛けるように連打を繰り出してくる。
爆速の拳に大木をへし折るような蹴り。
紅葉も必死に食らいつくが、徐々にダメージが蓄積されていく。
「うっ……」
紅葉の表情は苦しそうだが、何とか捌いている。
が、しかし、バオのギアがさらにもう一段上がった。
紅葉の突きを手の甲で受け流し、腰の入った蹴りを腹部に叩き込んだ。
体内の空気を外に吐き出し、苦痛に顔を歪ませながら紅葉が地面を転がる。
「人間にしては良い線いってたんじゃないかな。でもこれで終わり!」
バオは瓦礫を持ち上げて紅葉目掛けて次々と投げる。
瓦礫の雨。
回避する隙間もないくらいびっしりと瓦礫が空を埋めている。
『お前が紅葉を守る騎士になれ』
脳に父の言葉が再生される。
俺は俺が守りたいモノの為に剣を振るう。
「神能の武装化・
降り注ぐ瓦礫を炎剣で斬り払う。
攻撃の伝わりやすい角度を見抜き、正確に全力で斬る。
炎の鎧を体に纏い、身体能力も向上した。
俺の剣は守る剣だ。
「お兄ちゃん?」
「立て紅葉。決着をつけるぞ」
瓦礫の間を縫うように高速で近づいてくる気配。
バオがトドメを刺しに来た。
「ビーストインパクト!」
正面に現れたバオが地面を踏み込むと衝撃で大地が沈んだ。
迎え撃つのは神能の武装化を発動した俺と紅葉。
兄妹だからできる一撃。
呼吸を合わせて剣と拳を同時に振り抜く。
「紅炎一閃!」
「
凄まじい爆発が巻き起こり、衝撃波が魔族も隊員も吹き飛ばす。
隣には力を出し尽くして神能の武装化が強制解除された紅葉が肩で息をしている。
土埃が収まり始めると片腕を失ったバオが仰向けに倒れていることが分かった。
「私に勝った君達に1つ忠告してあげる。その力を信じ過ぎないこと……」
「その力? 神能のことか?」
俺の疑問に答えることなくバオの体が灰になって崩れていく。
「にーはっはっ! 次は負けないよ!」
耳に残る笑い声を残してバオが姿を消した。
集え、世界のリセットに抗う者たちよ 丹野海里 @kairi_tanno
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