第30話 主人公の素質

—1—


 ——八神省吾やがみしょうご視点。


 俺は主人公になりたかった。

 戦隊モノの特撮に出てたレッドのように悪の怪人に立ち向かうヒーローになりたかった。

 正義の炎の力で強大な悪を燃やし尽くす。

 どんなピンチも逆境も決して諦めない鋼の心を武器に悪の手から世界を守り切った彼に憧れを抱いた視聴者は俺だけじゃないはずだ。


 創作世界が現実になった今。

 画面の中で見ていたような光景が目の前で起こっている。

 罪の無い人々がいたずらに命を奪われ、憎しみの感情に心が蝕まれていく。

 終わりの見えない戦いに希望が持てず、恐怖に怯える毎日。


 神から選ばれた俺が1日も早くこの戦争を終わらせなくてはならない。

 その想いを胸に俺は英雄候補生特殊訓練施設にやって来た。

 初めの頃は自分の実力を過信して教官や他の奴らに舐めた態度を取っていた。

 前線で結果を残したい気持ちが先走っていた。

 でも三刀屋との対人戦で実力差を見せつけられて目が覚めた。

 俺はヒーローになれるような器じゃなかったんだってな。

 世の中には手を伸ばしても届かない才能に愛された化物がいると知った。


 八神家の血族が神から授かった神能は『悪食あくじき』。

 俺が憧れたヒーローとは程遠い能力だ。

 食らった対象の力を得る能力だなんてどちらかと言えば悪役側の力だ。

 それでも俺はレッドのような主人公になりたい。

 幼い頃に抱いたその夢は捨てきれない。

 プライドを折られても、絶望を味わっても、夢だけは消えてくれない。


 夢を口にすれば柄にも無いと笑われるのは目に見えている。

 だから表立って誰かに言うつもりもない。

 俺だけが知っていればそれでいい。


—2—


「蹂躙しろ! ライオネル隊!」


 野太い雄叫びを上げ、巨大な獅子が炎斧を振り回す。

 軍師級、炎獅子のライオネル。

 この作戦で人類が倒さなければならない4体の内の1体だ。

 地割れ発生後、ライオネルが展開した炎の檻に俺達は閉じ込められた。

 360度炎に包まれているから外の状況はさっぱり分からない。

 檻から逃れようにも高温で近づくことすら叶わない。


 敵はこれまで戦ってきた獣人族の群れ。

 数にして600〜700体。

 実技訓練で俺の右腕を噛み千切った黒焔狼もゴロゴロ混ざってやがる。

 対してこっちは100人程度。

 魔族も人類も兵数が4等分されたが、戦力差には大きな偏りが生まれている。

 敵はそれぞれのエリアに軍師級の魔族を配置しているが、こっちは最高戦力の教官と三刀屋が同じエリアになった。

 奇襲作戦にまんまとハメられた形だ。


 檻の中の神能持ちは俺と四宮の2人。

 魔族討伐部隊の隊員と魔族狩人イビルハンターも奮闘しているが、ライオネルの咆哮で魔族の士気が高まり、勢いに飲まれてしまっている。

 知略型の黒焔狼と白月猿に対抗する手段が無いのもヤバい。


「八神さん、このままだと全滅します。何か策はありますか?」


 四宮が水の盾で隊員のサポートをしながら視線を送ってきた。

 こんな時、五色だったら冷静に状況を分析して打開策の1つや2つ思い付くんだろうな。

 俺には戦略を練る発想力がない。


「バラバラに戦っても一瞬で潰される。四宮は生き残った隊員を集めて束になれ! 俺がなんとかするからもう少しだけ耐えろ!」


「なんとかって、1人で何をするんですか?」


「いいからお前は自分が生き残ることだけ考えろ!」


「無茶ですって」


 策はない。

 自分自身に考える時間を与えてはならない。

 恐怖で体が動かなくなるから。

 ここに向かう途中に星夜も言ってたが『できる』『できない』の話をしても仕方がない。

 やらなければならないことは明確だ。


 魔族七将と三獣士を討ち取る。


 誰かがやらなければここにいる全員が死ぬ。

 だったら俺が炎獅子のライオネルを倒す。それだけだ。

 何も難しくはない。


「俺が相手だ! 獅子野郎ッ!」


 ライオネルは俺を無視して掲げた炎斧を振り下ろした。

 まるで俺の事など眼中に無いとでも言っているかのようだ。

 こちらに背を向けたまま振り返りもしない。


 圧倒的格の違い。

 炎斧で切られた隊員の体が無惨に崩れ落ちていく。


「無視してんじゃねーよ。俺とサシで勝負しろ」


「面白い。オレに一騎討ちを挑むとはな」


 対峙しただけで負けを認めたくなるような威圧感。

 獣人族特有の筋肉質な体躯に獲物を捕食する鋭い牙。目が合っただけで相手を怯ませる眼光。

 炎の異能を纏わせた斧は隊員の剣をも打ち砕く。

 斬り合う事さえ許されない。

 生身の人間では到底太刀打ちできない。


「!? ぐああああああああ」


 一足飛びで間合いを詰められ、炎斧で左腕を切り落とされた。

 激痛で意識が飛びかけたが、唇を噛み千切ってなんとか意識を保つ。


「どうした? かかって来い。次は足だ」


 クソが。飛び散った血が目に入った。腕が無いから拭う事すらできない。

 ぼやけた視界でライオネルを見据える。

 今の一撃で首を刎ねることもできたのにそれをしなかったって事は完全に舐められてるな。


 間合いを詰めなくても炎の異能で焼き払おうと思えばいつでもできるはずだ。

 この勝負、初めから俺に勝ち目はない。

 あいつにとって人殺しは作業でしかないからな。

 それでも逃げない。

 有難い事に痛みで恐怖は消え去った。


「舐めた態度を取れるのも今の内だ」


 改めて思う。

 五色響ごしきひびきは尊敬に値する人間だったと。

 実技訓練で見せた彼の勇敢さ。

 あいつはあの瞬間、誰よりも主人公だった。

 俺が憧れた姿そのものだった。

 格上の相手に立ち向かう勇気。

 自分の弱さを理解した上で命を賭す覚悟で敵の前に飛び込んだ。

 その行動を目の当たりにして俺は衝撃を受けた。

 フィクションの世界じゃなくてもヒーローは存在する。

 同年代の人間で初めて尊敬した。

 もちろん三刀屋も尊敬してるが五色に対する尊敬とはまたベクトルが違う。

 だからこそ惜しい。

 あいつはあんなところで死んでいい人間じゃなかった。

 同じパーティーだった俺にもっと力があれば結果は変わっていたかもしれない。

 一向に成長しない自分に腹が立ってしょうがなかった。不甲斐ない。情けない。悔しい。

 病室のベッドの上でイライラして仕方がなかった。

 利き腕を失って焦っていたのもある。

 どうすればもっと強くなれるのか。

 仲間を守れるのか。


 俺が尊敬する男は何をしていた?


 誰よりも努力をしていたその姿勢を見習うべきじゃないのか。

 足りないものは真似て補うしかない。真似て学べ。

 体を動かせない数日。

 俺は教官に頼んで五色の遺品を病室に持ってきてもらった。

 ヒーローとヴィラン、お互いの正義がぶつかり合う王道バトルファンタジー作品。

 五色が参考資料として愛読していた漫画からヒントを得ようと考えた。

 文字を読むのは苦手だったが漫画は絵もあるからすんなり頭に入ってきた。

 ページを捲る度に視界に入るコメント付きの付箋。


『これを参考にして合体技とかできたら面白そう』

『この技は二階堂さんなら真似できそう』

『武器を使えたら攻撃の幅が広がる。剣か槍?』

『意志の強さが攻撃力に反映される場合がある』


 自分の事だけじゃなくて俺達の事まで書かれていた。

 他にも戦術が描かれたシーンにはマーカーでラインが引かれていた。

 遅くまで訓練に打ち込んで誰よりも研究していれば強くなって当然だ。

 俺は五色の努力の軌跡を辿った。

 五色の漫画が読み終わってからも他のバトル作品をとにかく読み漁った。

 もちろん研究目的で。

 そこで俺はとある思い込みをしていた事に気が付いた。

 『悪食』の神能が悪役らしいと思っていたがどうやらそうでもないらしい。

 俺が知らなかっただけで敵対勢力の力を取り込んで戦うスタイルは人気作品に多く見られた。


 悪魔、呪い、巨人、怪獣、寄生生物。


 理不尽な運命を背負いながらも敵の力を使って敵を討つ。

 悩み、葛藤しながら答えを求めて。

 そんな主人公像が主流になっていた。


 俺は魔族の力を取り込んで魔族を討つ。


「クソがッ!」


 バランスを崩して無様に地面を転がる。

 腕が無いと真っ直ぐ走る事も難しい。


「オレは貴様のような腑抜けを何千、何万と殺してきた。誇りがどうとか、親のかたきだとか。オレを倒して名声を得ようとした奴もいた」


 炎斧を肩に掛けてライオネルが近づいてくる。


「どいつも口先だけで覚悟が足らない。だからそうやって見上げることしかできない」


 頭上に炎斧を掲げて俺を見下すライオネル。

 俺は体をくの字に曲げてライオネルの足に食らいついた。


「無駄なことを」


「ぐあああああああああ!」


 両足が胴体から切り離された。

 炎斧が地面に突き刺さった地響きが体の芯まで揺らす。

 ありえない量の出血。

 腕と足を失った俺は1人で起き上がることもできない。

 もう戦う術がない。


「朽ちるその時まで芋虫のように地面を這ってろ」


 狭まっていく視界にライオネルの後ろ姿が映る。

 軍師級は半端じゃなかった。

 あんなのに勝てる奴がいるのか?


 死が近いのか感覚が消えていく。


 これで檻の中の隊員は全滅だ。

 というか檻の外も何人生き残ってるか分からねー。

 まあ、今から死ぬ俺には関係ねーか。


 感覚が薄れていく中で腹部に痛みが走った。

 朦朧とする意識の中、片目を開くと魔狼が俺を食っていた。

 つくづく憎たらしい。

 コイツにとっては俺が生きていようが死んでいようが関係ないんだろうな。

 腹が満たせればそれでいい。その程度の認識なんだろう。


 『俺は俺よりも強い奴を喰らう』。

 これが走馬灯なのかは分からないが、安全区域襲撃の時に四宮に言ったセリフが頭を過ぎった。

 クソ、下級の雑魚に喰われて終わるのは納得できねー。

 最後の力を振り絞って魔狼の前足に噛み付く。歯を立てて肉を噛みちぎる。


 喉が熱い。体を流れる血液が熱い。心臓が激しく血液を循環させている。

 さっきライオネルの血液を取り込んだからか?

 それとも魔狼の肉を飲み込んだからか?

 脳が焼き切れそうだ。目の奥が熱い。

 俺の体に何が起きてる?

 俺はまだやれるのか?


 何回繰り返せばいい。

 『やれる』『やれない』じゃない。

 『やる』しかない。


 不恰好でもなんでもいい。

 自分より格上とか関係ない。

 俺が憧れたヒーローはこんなところで諦めたりしない。


「自分を信じてやれねー奴が主人公になれるかよッ!」


「なぜ立っている。手足は切り落としたはずだ」


 異変を察知したライオネルが亡霊を見るような目で俺を見る。

 熱で蒸気を帯びた俺の体。

 失ったはずの四肢が復活していた。


「まさか憧れが現実になるとはな」


 腕を伸ばして握り締めていた拳をゆっくりと開く。

 獅子の腕に魔狼の足。

 自分のモノとは思えない異形の手足が思い通りに動いている。

 手のひらに力を込めると勢い良く炎が噴き出した。


「オレの異能までコピーしただと」


 ライオネルが俺を排除すべき対象だとみなした。

 持ち得る最速で首を刈りに突っ込んでくる。

 トドメを刺さなかった事を後悔しても遅い。


「ふんッ!」


 ライオネルが炎斧を横に薙いだ。

 放たれた斬撃が敵味方関係無く首を刎ねていくが俺は身を屈んで回避した。

 すかさずカウンターで鳩尾目掛けて右腕を振り抜く。

 ライオネルと同じ獅子の右腕だ。

 渾身の一撃を決めるもライオネルの顔色は変わらない。

 それどころか炎斧を片手に持ち替え、空いた方の手で俺の右腕を掴んできた。


「ヘルフレイム」


 噴き出した黒炎が一瞬で俺の右腕を焼き飛ばす。

 思考を止めるな。

 敵から学習しろ。


獄炎ヘルフレイム


 右半身を焼かれながらも左腕から黒炎を放出してライオネルを吹き飛ばす。

 炎の障壁で防がれたからダメージこそ与えられなかったが距離は取れた。


「ライオネル隊! 奴を殺せ! 奴は危険だ!」


 軍師級の危機に知略型と下級の魔族が駆けつける。

 他の戦闘を放置して魔族が次々と集まってくる。

 異様な光景に隊員達の視線も自然と炎檻の中央に向く。

 この戦場に現れた脅威。

 自分と同じ能力を扱う異物が現れたんだから数で押そうと考えるのも無理はない。

 だが、それは愚策だ。


炎柱フレイムピラー


 地面に手を置き、炎の柱を複数打ち上げる。

 味方を巻き込む心配が無ければ遠慮はいらない。

 これまで苦戦していた相手もこの力があればなんとかなる。

 俊敏な動きで炎柱を掻い潜った黒焔狼が足に噛み砕いてきたが、反射的にその頭を左腕で掴んで高出力な炎を放出して半殺しにした。

 倒れた黒焔狼の首筋に噛み付いて『悪食あくじき』の神能を発動。

 失った右腕と足が再生した。


 『悪食合成キメラ』。

 真の意味で神能の力を引き出すことに成功した俺は頭か心臓を潰されない限り永遠に再生し続ける。

 ちょうど媒介になる魔族はそこら中に転がっている。


「覚悟がどうこう言ってたがそんなもんとっくに決まってんだよ。お前ら魔族を全員殺すまで俺は死なねー。倒れても何回でも復活してやる」


「真似事如きで調子に乗るな!」


 腕を裂かれても足を引き千切られようと魔族を食らって再生する。

 何回でも負ければいい。

 負けることは恥じゃない。

 敗北から何も学べない奴が真の敗者だ。

 死闘の果て、最後に立っていた奴が勝者になる。


 頭と心臓だけ無事ならそれでいい。

 致命傷は絶対に避けろ。

 繰り返せ、生まれ変われ、俺は食らった分だけ強くなれる。


「どけやッ!」


 群がる魔族を薙ぎ払い、遠距離で攻撃のモーションに入っていたライオネル目掛けて一直線に駆ける。

 黒焔狼の足だ。速さは段違いだ。

 炎を拳に纏い、全力をぶつける為に腰を落とす。


「フレアアックス——」


 炎斧が赤い輝きを放ち、斜めに振り下ろされる刹那、破壊的な出力を持つ水の矢がライオネルの眉間を貫いた。

 勢いを失い、前のめりに倒れるライオネルの顔面に炎拳を打ち込む。

 衝撃波が砂煙を払い、炎の檻が消滅した。

 訪れる静寂。

 振り返ると四宮が弓を抱えたまま立ち尽くしていた。


「ヴォニア……」


 パラパラと体が朽ちていきながらもライオネルが呟く。


「お前を獣人族の王として担ぎ上げたオレの選択は間違いじゃなかったと信じている。同じ夢を持つ者として先に向こうで待ってる」


 地面に突き刺さった炎斧の炎が消え、ライオネルが崩れるように溶けていった。

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