第20話 まだ始まったばかり
どうやら、この世界に転生してから、ようやくぼくは魔力を感知できるようになったらしい。
これはあきらかにマリーのおかげだろう。
しかし、ぼくらはこうしてずっと両手を繋いでいるわけにもいかない。
「あら、もうこんな時間。そろそろジルが帰ってくる頃ね。夕飯の支度をしないと。ユリウス、手伝ってくれる?」
「ええ、母様」
自分の体内の魔力に意識を向けていたぼくは、眼を開けてそう言った。
もう窓の外はオレンジ色に染まっていた。
ぼくらは夕飯の支度を開始する。
◇◇◇
マリーの隣で、ジャガイモを無心で切っていたぼくはあることに気がつく。
「…………魔力が………………連動している?」
ぼくは思わず口にしていた。
「ユリウス、なにか言ったかしら?」
「……いえ、なんでもないです。……母様」
「そう、じゃあ、そこのお皿、とってくれる?」
「ええ、母様」
ぼくは自分の魔力が、肉体の運動に連動しているような気がしていたが、しかしそれはごくわずかな変化にしかすぎない。
まだ魔力を感知できるようになったばかりのぼくには、その繊細な流れを正確に読み取ることはできなかった。
まだ………肉体の運動と魔力が連動しているとは、はっきりとは言えない。
もしかしたら、ぼくの感情の揺れに魔力が反応しているのかもしれない。
魔力を感知できるようになったからといって、なにもかも理解したわけではないのだ。
いいや………それより、どうすればこの魔力が「魔法」になるのだろう?
「母様、どうしたら魔法って使えるようになるんですか?」
ジャガイモをすべて切り終わったぼくは気づいたらそう言っていた。
「そうね………ユリウスが魔法が使えるようになるには………………まずは………」
マリーは煮込んでいたスープから眼を離し、ぼくの方に向き直る。
しかし、以外にもこう言った。
「………いいえ、………それを、私が教えるのは少し違う気がするわね」
………………教えるのは違う?
………それはどういう意味だろう?
「ユリウス、魔法は感覚の世界よ。私が言葉で説明することはできるけど……………まだ、魔力を感知できるようになったばかりのユリウスにしか、考えられないことがあると思うの」
「………………な、なるほど」
「それに………ユリウス。あなたなら、私から教わらなくても、すぐに魔法が使えるようになると思うわ」
「え………………それは………………」
「大丈夫よ、ユリウスならきっとできるわ」
「………………本当ですか? 母様」
「ええ、きっとそうよ」
…………………マリーが自信に満ちた顔でそう言うので、ぼくはそれ以上、なにも言うことはできなかった。
たしかに………マリーの言う通り、ぼくにはまだ自分でできることがあるのかもしれない。
…………それはたぶん、この体内の魔力と向き合うことなのだろう。
それは、ぼくにしかできないことだ。
まずは教えてもらうよりも、自分で確かめていく必要があるのだろう。
この感覚を、この魔力を。
でも、マリーから魔法についてなにも教わることができないのは少し心細い気もする。
「母様、ぼくが行き詰ったら、母様を頼ってもよろしいのでしょうか?」
「そうね………ユリウスが自分でやってみて、どうしてもできないのなら、そのときは私がなにか助言したほうがいいわね」
「やった! ありがとうございます。母様」
「まあ………ユリウスならきっとすぐに魔法を使えるようになっちゃうんじゃないかしら」
「……そ、そうですか?」
「ええ、そんな感じがするわ」
どうして、そこまでマリーがぼくを信じているのか分からないが、ぼくはその期待に素直に応えたい、そう思うのだった。
◇◇◇
「ただいまー。ユリウス、マリー、帰ってきたぞーー」
ようやく、ジルは守衛隊の任務から帰ってきたらしい。
「おかえりなさい、ジル」
「おかえりなさい、父様」
料理を盛り付けていたぼくとマリーは、そうあいさつをして出迎える。
「ジル、聞いてよ。今日、ユリウスがすごかったのよ—————」
さっそくマリーは今日あったことを楽しそうにジルに話し出す。
「それは、本当か? すごいじゃないか、ユリウス?」
ぼくが魔力を感知できるようになったことを知ったジルは興奮した調子でそう言った。
「ええ、母様のおかげで、なんとか魔力を感知できるようになりました」
「やったな! ユリウス、これでユリウスも戦士に一歩近づいたな」
「……………へ?……………戦士?」
「勘違いされやすいが、戦士もまた魔力を使うからな。魔力を感知できるかどうかで戦士の力量にも、おのずと差が生まれる」
…………そ、そうなのか?
全然、知らなかった。…………戦士も魔力を使うのか。
どうやって……………魔力を使うのだろう?
「まあ、いずれユリウスにも教えないとな。戦士として魔力の極意を」
「それは………………気になる。………戦士としての、魔力の極意」
「だろ? こんど教えようか? ユリウス」
ぼくがジルに返事をしようとした時だった。
後ろから、なにか強い圧を感じた。
「ジル…………ユリウスは魔法に使いなるんだから。その極意は必要ないわ」
「なに言ってる? マリー。ユリウスはな戦士になるんだぞ?」
「いいえ、ユリウスは魔法使いになります」
「いいや、ユリウスは戦士になるよ」
どうやら、始まってしまったみたいだ。
マリーとジルは視線で火花を散らせていた。
こうなってしまってはぼくからできることはなにもない。
ぼくはマリーとジルの論争に巻き込まれないように、身を潜めて、もくもくと盛り付けられた料理を食することにした。
腹を満たしたぼくは、せっせと自室に行き、ロイから借りた「魔法基礎論」の読解を再開した。
しばらく読書に耽っていると………………
ドアがノックされる。
そして、ジルが部屋に入ってきた。
「ユリウス、明日、なにか予定はあるか?」
「……予定ですか? とくに………ないと思います」
ぼくに予定があることなんてほとんどない。
あるとしたら、毎朝、ヨアクの丘に行って剣を振るうことくらいだろうか。
でも、それは予定というより習慣と言ったほうが正しい。
「じゃあ、明日、俺といっしょに村の外に行こうか?」
「え? 村の外ですか?」
「ああ、そろそろユリウスにも魔物と戦う、そのときがきたみたいだ」
「…………………え、ええ」
ぼくはまだ、この世界に来てから、魔物と戦ったことは一度もなかったのである。
みさきのいない世界。 空の子供たち @skychildren
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