夜の営みロックンロール
コラム
***
もし恋人に想像もしていなかったことを求められたら?
あなたはそれに応えるでしょうか?
私は恋人の願いを受け入れました。
付き合っている人がしてほしいことなら、できることならばやってあげたいと考えるのが人なんじゃないかと思うのです。
さてこうやって内容を伝えないで話すと、こんなことは誰にでもあるありふれた話だろうと思います。
ですが少なくとも私はこれまで付き合った人の中で、これから話す過去の恋人と同じことをいわれた経験はありません。
ではまず、その恋人のことから話そうと思います。
その人は海外のロックアーティストが好きで、特にスージー·アンド·ザ·バンシーズと呼ばれるバンドがお気に入りでした。
スージー·アンド·ザ·バンシーズのボーカルはスージー·スーという女性なのですが、恋人は彼女のことを女神だと、酒が入ると必ず口にするほど好きでした。
そういう私も海外のロックミュージックが好きで、恋人とはそれが縁となって付き合うことになったといってもいいです。
恋人は小さい雑貨屋の雇われ店長をやっていました。
その人は将来イギリスに渡って、ロンドンで自分の店を出すのだとよく私に夢を語っていたのを、今でもよく覚えています。
それで、これは本人が口にしたわけはないですが。
雑貨屋はその練習というか、そういう意図から選んだ仕事だったと思ってます。
そのお店は主に海外の小物や、あちらではポピュラーな玩具やCD、レコードやTシャツなどが売られていました。
私がその店に通っていた理由は、あまり手に入らないCDが売られていたからです。
その当時でもネットでほしいものは買えましたが、やはり古い洋楽、廃盤になってしまったものを手に入れるのは難しく、恋人が働く雑貨屋は私にとってはとても助かるお店でした。
そして通っているうちに顔を覚えられ、好きな音楽の好みなども購入していたアーティストからわかり、声をかけられてからは会話をするようになりました。
それからどのくらいの期間で付き合うようになったのかは、正直いって覚えてないです。
たしか恋人のほうから急に告白してきた記憶があります。
私はその人のルックスも性格も好きだったので、二つ返事で告白を受け入れました。
今思うとあまりにも唐突で、驚いたままよく考えずにオッケーしてしまった気もしますけど。
それから私とその人は、週に何度か会うようになりました。
その人は土日祝が仕事のことが多いので、それらの日が休みだった私とは休日が合わなかったですが、互いに仕事の後に会ったりと上手くやっていたと思います。
そういう理由もあって、デート内容は一緒に食事をするくらいのもので、有名なデートスポットなどは行ったことはなかったです。
まあ、私もその人もあまりそういう場所に興味がなかったので、問題はありませんでした。
恋人らしいことといえば、せいぜいその人の家に泊まりにいったことくらいですかね。
ただ会って話しているだけでも、私たちは楽しめていました。
その日々が過ぎていき、あるとき恋人から相談されました。
実は自分にはちょっと変わった性嗜好があると。
そしてもし嫌じゃなかったら、自分の趣味に付き合ってくれないかというものでした。
その人は直接的な言葉は避けていましたが、私にはすぐそれがセックスでしたいことだと気がつきました。
誰にでも一つや二つあるでしょう。
たとえば裸よりも下着姿が興奮するとか、靴下は穿いたままが好きとか、ちょっと人には言いづらい性癖なんて。
ちなみにとある有名な女性雑誌には、世の女性は「手」「腕」や「声」などにフェチを感じる人が多く、男性は全世代で「胸」や「尻」など直接的に性に結びつきやすい部位にフェチを感じる人が多い傾向にあったようです。
話を戻すと私はそれくらいのことで引いたりしませんし、ましてや恋人が迷いながら打ち明けてくれたのだから、試してみるのも悪くないと思いました。
そしてこの文章の最初に書いたように、私は恋人の願いを受け入れました。
この人は一体どんな性癖なのか?
私は話を打ち明けられてからは、いつもどこかでそのことばかり考えてしまってました。
さすがに首を絞めたり反対に絞められながらするのはヤダなぁ、とか。
苦痛が伴うほど虐めるのも虐められるのも楽しめなさそうだなぁ、とか。
他にも野外でだとか複数でするのがいいとかも、やる前から断っちゃいそうだと、ひとりドキドキしていました。
それからついにその日がやってきました。
久しぶりにその人の家へ泊まりに行くことになったんです。
恋人の前では平静をよそおっていた私でしたが、そのときに何をして過ごしたか、何を話していたかはあまり覚えていません。
晩ごはんを食べたことさえもです。
時間はあっという間に過ぎていき、そして私たちは「そろそろ寝ようか」とベッドに向かいました。
すでに私も恋人も寝間着に着替えていましたが、その人は急にタンスを漁り出し、自分の性嗜好の話を始めました。
前に話したの覚えている? と。
そんな恋人の姿を見た私はホッと息を吐いて、覚えていると答えました。
私は安心していました。
きっと恋人の性癖はコスプレなんだと、いいよなんでも着るし着ていいよと、どこか気が緩んでいました。
しかし、たしかに恋人の性癖はコスプレだったのですけど、それは私の想像をはるかに超えていました。
なんと恋人が出したものは異性装だったんです。
今でいえばクロスドレッサーという言葉ありますけど、これにはさすがに驚きました。
さらに恋人は言いました。
実は自分がバイセクシャルであると。
その人は思春期の頃から男性も女性もどちらにも好きな人がいたらしく、自分が両性愛者だと自覚したのは、過去に同性の人と付き合ってみて確信したようです。
私にはわからない世界ですけど、でも何か腑に落ちました。
なぜならばその人は、元々中性的なので最初は驚いたけど、よく考えればそういうところが多々あったと思えたからです。
ですが恋人は、私の反応を見て訊ねてきました。
ごめん、やっぱりやめようと。
だが私は嫌いじゃないよと言い、その人が出した服を着ました。
着慣れないものだったので少し手伝ってもらい、それから行為に及びました。
どうやらその人はずっと異性装をした私としたかったようで、下品な話、その夜はいつも以上に盛り上がりました。
私のほうはというと、半裸でセックスをするのが慣れないくらいで、あとは特に普段と変わらないなと思いました。
言葉遣いとかも変えてほしいとも言われなかったし、それから毎回そのスタイルでやると思ったのですが、その人の気分次第でやるときやらないときがありました。
その理由は、その人と別れた今もわかっていません。
別れてからその人はロンドンへとわたり、自分の店を持つところまできて金をだまし取られたらしいです。
その後は連絡を取っていないのでどうなったかはわからないですが、私も今でもその人を思い出すことがあります。
そして、もう二度と異性装をしてセックスなんてしないだろうなぁ、と。
これは私の黒歴史の中でも特に性的なものを暴露しました。
他にもいくつかありますが、選考委員の市川沙央さんが書いていた“せっかくだからギリギリを攻めてみてください”という言葉を読み、まさに私の中でギリギリの黒歴史を選んでみました。
それでは、これにて終了です。
読んでくださった方へ、心からの感謝を。
〈了〉
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