チャリを作って王太子に求婚された転生令嬢は、本当は従者が大好き。

まえばる蒔乃

第1話


「婚約破棄だ」


 チェリッシュ・アーカイヴス侯爵令嬢は婚約破棄された。

 爵位なんて名ばかり、領地代官の横領と冷害とオークミント(すごく強いミント)の繁殖でめちゃくちゃになったアーカイヴス領のせいで、王都屋敷に馬車を一台しか所有できていないほどの貧乏令嬢。

 そんな私はストレリツィ侯爵令息に婚約破棄されたわけだけれど、徒歩で帰るしかなかった。

 父が通勤に唯一の馬車を使っているから。


「はあ、婚約者もいないし馬車もないし学もろくにない。ないないずくしだわ」

「まあまあお嬢様、私がおりますよ」


 連れているのは護衛兼従者のレデリック。長い前髪の黒髪とメガネで顔を隠し気味にした私より3歳年上の青年。幼い頃に奴隷にされていたのを我が領地で引き取った人だ。


「ありがとレデリック、あなたしかいないわ」

「誰が聞いてるかわかったもんじゃないから、そういう事言うもんじゃ無いですよ」

「そ、そっちから振ってきたのに! 理不尽」

「ふふふ、元気が出ましたねお嬢様」


 というわけでレデリックが日傘をさしかけてくれるので、私もとぼとぼ帰宅することにする。


「歩くの嫌ね」

「抱っこしましょうか」

「もう私も17歳よ、抱っこなんて子供じゃあるまいし」

「お嬢様らしくこう、横抱きにもできますが」

「そういう問題じゃないのよ。ああもう、歩くしかないのはわかっているのだけれど、もっとこう、スーッとスムーズに進めるもの、が……」


 彼を伴って45歩ほど歩いたところで唐突に私は足を止める。


「お嬢様?」

「………………転生……」

「は?」

「……思い出したわ…………」


 私は唐突に思い出した。

 前世日本人。超ごく普通の庶民の女子だった。


「あー……」

「いかがなさいました? お嬢様」

「ますます歩くがだるくなってきたわ……」


 前世の記憶を思い出した途端に、私はますます歩くのがだるくなっていた。

 地方の田舎育ちだった前世の私。

 幼い頃は田んぼとメガソーラーを横目に親の送り迎えの車ドアトゥードア。

 社会人になったら軽自動車でドアトゥードア。

 何で死んだか忘れたけど。まあ忘れるような人生だったんしょ。

 そんなわけで、長い道をトボトボと歩くのは慣れてなかったのだ。


「私ほとんど、徒歩で通勤通学したことなかったわ……前世……何今の私、お嬢様なのに地方の田舎娘よりよっぽど歩いてる……日に一万歩は歩いてるわ……なにこれ靴も別に歩きやすいわけじゃないのに……」

「お、お嬢様?」

「レデリック!」

「うわ!?」


 私はレデリックの腕を掴んだ。そして耳を赤くする彼の前で叫んだ。


「チャリを作りましょう! レデリック!」


 そうだ。

 私はほとんどの移動を車輪の上で済ませていた。

 四輪車か、もしくはチャリ移動だった。


「ちゃ、ちゃりとはなんですか!?」

「こうしちゃいられないわ! ボロボロになった領地に帰るわよ! 町工場を建てるのよ! ありがたいことにオークミントは加工するとゴムっぽくなるわ! いける!」

「お、お嬢様!?」


 私はレデリックの手を掴み、ダッシュで帰宅した。

 そう! チャリをこの世界に生み出すために!!!


◇◇◇


 というわけで私はボロボロの領地に戻り、領民と一致団結して町工場を建てた。


「なんてことだ。婚約破棄されて頭がおかしくなったんだ」


 日焼けしてこんがりの私に父は泡をふいて倒れたけれど、懇意の医者に診断書を書いてもらい、「婚約破棄の心因性ショックは空気の綺麗な領地で肉体労働することにより癒やされます」ということにしてもらった。

 医者はどうやって掌握したかって? 前世の知識で色々医者が喜びそうな知識を吹き込んだのだ。

 苦い粉薬は良く溶けるペラペラのシートに包んで飲ませたら患者が喜んで飲みますよとか。

 赤ちゃんに蜂蜜飲ませたらだめですよ、とか。まあそんなこと。


 というわけで半年。

 冷害と代官の横領で最悪の治安とメンタルになっていた領民達も、私が自分で日焼けしながら現場で汗水たらして働くことにより、再起に向けて一気団結してくれた。


「うちらのご令嬢様がわざわざ、うちらの生活のためにここまでしてくれるなんて……!」

「婚約破棄されてつらかっただろうに、領民達の生活を第一に考えて産業を生み出してくれるなんて…!」

「なんでも持参金と婚約破棄に対する賠償裁判でこれでもかと争ってふんだくった金、全部領地のためにつかってくれてるんだとか」

「神様だ」

「聖女だ」

「銅像建てよう」


 そして士気の高い領民達と私の努力、雑務をバリバリこなしてくれたレデリックの力により、無事にチャリが完成した。

 異世界のチャリなので前世世界のチャリとはやはり少々違う。

 チャリのハンドルの中心部は「頭がないとしっくりこない」という領民の声を受けて装着した馬の頭風の装飾がついている。

 もちろんドレスで漕げるようなママチャリ風デザイン。

 魔力を伝わらせながら一漕ぎすれば前世の交通法で一発逮捕レベルの速度で漕ぎ出すチャリ。


 私は黄金に実った秋の小麦畑の真ん中、あぜ道をママチャリで初疾走した。


「これは……!」


 私は涙を流した。

 まばゆい夕日。ススキ。小麦畑。なんか黒い鳥。

 これはまさしく、私が前世チャリを漕ぎながら見ていた、女子高生時代の景色だった。

 チャリをこぐ足が止まる。停止した私に、レデリックが駆け寄ってくる。


「うっ……」

「お嬢様!? 何かおつらいことでも!?」

「ううん、違うわ。嬉しくなったの……この世界でも、私はチャリで移動できるんだなって……」

「お嬢様……レデリックも、幸せでございます……!」

「うわーん! レデリーック!」

「お嬢様……!」


 チャリを路肩に止めて抱き合って号泣する私と、それを抱きしめるレデリック。

 その姿に領民は泣いていた。両親も、肩を抱き合って泣いていた。


 後日落ち着いたところで、私は改めてレデリックにお礼を言った。


「ありがとうレデリック。あなたのおかげよ」

「私はたいしたことしてませんよ。全てはお嬢様のガッツの賜物です」

「そんなことないわ。あなたなら私の従者なんてやってないで、普通に出世できそうなのに。……そろそろ、中央に行ってみる?」


 私の言葉に、レデリックはきっぱりと首を横に振る。

 そして眼鏡を外して、隣国の血を示す赤い瞳で私を見た。


「いいえ、私はお嬢様の為に生きます。私が奴隷として売られていたのを拾ってくださったのはあなたです。私はどう頑張っても、お嬢様の隣以外にはいられませんよ」

「……勿体無いと思うのだけど」

「私は日々、身に余る幸福な立場だと思っております。お嬢様のおそばにいられて嬉しいです」


 レデリックは隣国生まれの元奴隷なので、私たちは男女ではなく令嬢と従者として側にいられる。

 それは嬉しいことだけど、レデリックが正当な評価をされないのは私にとってさみしいことでもあった。


「私がまるで、自分の都合であなたを縛ってるみたいね」

「あなたに縛られるなら歓迎ですよ。すわエロオヤジに買われるところでしたし」

「そうよねあなた美形だものね。ほら眼鏡をはずして前髪を上げると」

「だめですだめです、おいたがすぎます」

「ふふふ、チャリで儲かったらあなたにもお給料弾まないとね。まずは眼鏡を買い直しましょう」

「いいですよ、お嬢様がお小遣いを貯めて買ってくださったこの眼鏡、私の宝物なんですから」


 そんなこんなでまた、半年が過ぎ。

 チャリに乗っているのはアーカイヴス領地の人間だけだった。

 レデリックの眼鏡を買い直すぞ! どころではない。眼鏡の修理さえ自分でさせてしまっている始末だ。


「なんで!?」

「ちょーっと……全国規模で流行るには時代を先読み……しすぎましたかねえ」

 

 レデリックが苦笑いする。

 乗り物と言えば馬車か馬、ロバくらいの世界にとって、チャリはあまりにも時代を先取りしすぎていた。

 便利で速いと言っても、面妖な物はなかなか普及しない。


 最初は「チャリのおかげで領地も安泰だ!」とテンションを上げていた領民達も実家の皆も、領外に全く売れないことでだんだんと白けたムードになってしまった。


 領民の「俺ら頑張ったんですけど」の眼差しに少しでも答えるために、領民には最低一家一台はチャリを配ることにした。

 結果的にチャリは領民の生活には役に立っているし、領地をつかってまるごと交通マナーの調整や整備などもできているけれど、今のところ大赤字だ。


◇◇◇


 そんなわけで、当てが外れた私は。

 私は領地でごろごろしながら、レデリックと一緒に茶をしばいていた。


「インスタグラマー的な人、捕まえてから事業起こすべきだったわ……」

「思いつきでここまで出来るのは大したものですよ。それに領民はそこそこ喜んでいるからいいではないですか」

「それはそうだけどー……」

「ただ根回しは必要でしたよねー」

「ほんとそれー」

「ねー」


 私たちはそんな風にだらだらと話した。

 なぜ令嬢同士のお茶会じゃないかって? チャリを作った途端に社交界からつまはじきになったのだ。

 ただでさえ婚約破棄された訳あり貧乏令嬢だったところに、珍妙な乗り物にまたがり爆走する令嬢という風評被害……いや被害じゃないな、風評事実のせいでいよいよ友人はゼロになった。

 貴族令嬢は結婚できなければ社会的に死ぬ。

 そうならば、社会からウワアと思われている私がつまはじきになるのは、まあ彼女たちの生存戦略の方向性を鑑みると、至極当然だった。


「まあ、そういう立ち回りが出来る人なら、お嬢様も私を雇ってないでしょう」

「まあそうよね」

「だから私はそんなお嬢様に感謝してますし、私は大好きですよお嬢様のこと」

「あらあら、熱いわねえ。結婚する?」

「馬鹿言ってんじゃありません、ソファでごろごろするのはさすがにはしたないですよ、めっ」

「もー! 眼鏡を取り上げてやるわ! ほらほら、綺麗な顔を出しなさい!」

「ほらほら、ご無体はおやめくださいお嬢様」


 そんなとき。

 唐突に地響きが起こる!


「お嬢様!」


 レデリックが私を腕の中に抱き寄せる。

 守られているうちに、すぐに地響きは収まった。


「地震かしら?」

「さあ……どうでしょうか」


 私たちは顔を見合わせた。しかしそれが天災ではなかったことを私たちは翌日知ることになる。

 ――隣国の国王が、戦闘用黒豚オーク大軍団を率いて我が国を侵攻するべく北上してきたのだ!


「つ、ついに隣国に征服されてしまう-!」


 国は大混乱に巻き込まれた。

 隣国はとても強大で強く、うちの国くらいは簡単に飲み込めるような強さなのだ!

 実際、隣国が侵攻してきた途端に他国も隣国に恭順を示し、大連合軍で攻めてくることになった。

 ありがたいことに国の北方に位置する領地は平和だったけれど、首都が陥落してしまえば領地が平和だろうが、領主はおしまいだ。

 侵攻軍に領主を差し出して領民達が被害を防ぐことは良くある話しだ。


 レデリックは私たちアーカイヴス侯爵家の一同に、頭を下げてきた。


「私は隣国出身の元奴隷です。私をここに置いていては、アーカイヴス領にとってよくありません」

「だめよ、離れないで」


 父が尋ねる。


「ここを離れてどこにいくというのだね?」

「王国のために命を賭して戦います。前線軍に志願して、アーカイヴス領の王国への忠誠を示します」

「駄目よ! 私、あなたがいなければ、私……」


 私が訴えても、父も母も、レデリックも沈痛な表情で目を落とす。

 私も貴族令嬢。みんなの決断の必要性も分かっている。

 けれど。

 涙がぽたぽたと頬を伝う。


「婚約破棄されてお父様とお母様の顔に泥を塗り……領地を助けたいと思って努力をしても、ただお金を食い潰しただけで終わってしまった……その上……レデリックも守れないなんて、私は……私は……」

「お嬢様、私は従者で元奴隷です。守るのは私の役目です」

「私はあなたの主よ。令嬢よ。身分が上のものがこういうときに、立派に役目を果たした部下を切り捨てるなんて、一番やってはいけないことだわ。なのに、私は……」

「お嬢様……」


「話は聞かせて貰いましたよ!」


 バーン!

 扉を突然開け放ったのは、チャリで来た領民達だ!


「ひええ、ついにこのときが! せめて辞世の句を」


 慌てて半紙を探そうとする私たちに、領民の皆さんは慌てて首を横に振る。


「うちらは皆さんの味方です! もちろんレデリックさんの味方でもある!」

「そうですよ!不安にならないでください、お嬢様!」

「えっ領民のみなさん……?」


 チャリで勢揃いした領民の皆さんが、頼もしい笑顔で強く頷く。


「うちらは領地に隣国の連中がやってきても、領主様一家を差し出したりはしません! みんなでチャリで地の果てまで逃げられるまで逃げる所存です!」

「それにレデリックさんが隣国の元奴隷ってのも、いい考えがあります! 経歴ロンダリングしましょう! 隣国に奪われた赤ちゃんが隣国で元奴隷にされていて、我が国に逆輸入されたってことで!」

「ちょうどわしの亡き倅が、レデリックさんと同じ年齢じゃった。わしの倅にならんか、レデリックさん」


「み、みなさん……!」


 私たちは驚いていた。領民達はぐっと拳を握る。


「我らアーカイヴ領民一同、貧乏だが心は錦! 領主一家へのご恩、ここで返すときですぞ!」

「貧乏ですがな!」

「がはは!」


 皆が笑いに包まれる。私は両親、そしてレデリックと顔を見合わせ、皆でぎゅっと抱き合った。


「わかりました……私たちも、皆さんの思いに答えましょう!」


 父が声を張り上げた。


「隣国が侵攻してくるまえに逃げるぞ! 皆で! チャリで行けるところまで行こうではないか!!!」


 そして皆で力を合わせ、領地にある全てのチャリの整備をした。

 チャリの数は763台。まさに南無三といった感じだ。


 ――夜明け前。

 私たちはチャリのエンジンを吹かした。

 気合いを入れて同じ領民である絆を示すハチマキを巻き、のぼりを立てた私たちは、白い息とエンジンの煙の中にいた。

 そこに、唐突に馬がやって来る。

 久しぶりに見た乗用の馬に、私たちは驚いた。

 聖騎士団の馬だ!


「待ってくれ! チェリッシュ・アーカイヴス侯爵令嬢!」

「もしかして……あなたさまは、王太子殿下でいらっしゃいますか!?」


 今に出立せんとする私たちの前に両手を広げて待ったをかけたのは、馬を下りて駆け込み、息を切らした王太子殿下だった。金髪を乱し、白銀の甲冑を纏った彼は朝焼けの光を受けて眩く美しい。

 美少女にも見まごう美しい王太子が、私たちの前で声を張り上げた。


「オーク軍団を前に、馬たちが完全に怖じ気づいてしまっている! それが敗因の一つだ! 頼む、この通りだ! その乗り物を譲ってくれ!」


 もちろんです――そう私が答える前に、父がさっと前に出た。


「王太子殿下。臣下として喜んで我が領地のチャリをお譲りいたしましょう。しかしお約束していただきたいことがございます」

「ああ、何でも約束しよう。国の一大事を救うためだ、魔術証文も残そう」

「……どうか、我が愛娘に相応の対価をいただきたく存じます」


 父は深く頭を下げて言った。


「娘――チェリッシュは孝行娘です。言われ無き理不尽で社交界からつまはじきにされようともくじけず、父である私が不甲斐なく苦労をさせたにもかかわらず、恨み言を言わずに領地で必死に領民のために邁進してきた。年頃の娘が日焼けをして、手を傷だらけにして、化粧っ気もなく笑顔で働く姿を、最初は哀れだと思いました。しかし娘は……こうして今、苦労の果てに作り上げたチャリで、この国を救う希望にならんとしている。どうか、私の娘に――貴重な娘時代を全て注ぎ込み、チャリを生み出した事に見合う対価を」


「お父様……」


 私は感動で泣いていた。

 私が日焼けして仕事をしているのをみて泡をふいていた父が、ここまで認めてくれていたなんて。

 王太子も涙ぐみ、目元を赤くしながら強く頷いた。


「そうだな……たとえば、僕の妃となってもらうというのはどうかな?」

「なっ……!」


 彼は私をまっすぐに見た。それは本気の眼差しだった。


「娶ることで対価とするなど理不尽だと思うかもしれぬ。だが僕が君に差し出せる最も大きなものは、国家だ。君に未来の王妃となり、この国の為に働いてもらうことを望む。領地もご家族も、みんな王家で面倒を見よう。隣国を追い返すことが出来たらな」

「それ、は……」

「君の従者、レデリックも王宮で取り立てよう。経歴も僕の知人の養子ということにしてもよい。アーカイヴス領生まれで子爵家の養子。どうかな? もっと上の身分がいい?」


 私は心臓がばくばくと跳ねていた。

 手が震える。ここで言うべき言葉は決まっている――私の本心が、どこにあろうとも。


「……勿体ないお言葉に存じます……」


 私は震える声で答え、頭を下げた。

 後ろから拍手が聞こえた。

 振り返ると、後ろで目を赤くしたレデリックが手を叩いてくれている。


「おめでとうございます、未来のお妃様!」


 領民も一斉に拍手をした。

 私はいっぱいになった複雑な気持ちを飲み込み、顔をペちんと叩いて気合いを入れ直した。


「一旦そのお話は改めて、隣国を撃退出来た後にいたしましょう! まずはチャリを今すぐ皆様にお渡しします!」

「おお! ありがとう!」

「サドルの高さの調整は必要ですし、皆様初めて乗るので補助輪が必要です! 全てのチャリに補助輪をおつけいたします、ついてきてください!」


 私は髪を縛り、腕まくりをして作業場へと走って行く。


「お嬢様、こちらを!」

「ありがとう、レデリック!」


 私はレデリックからエプロンを受け取り、きゅっと縛る。


「お嬢様」

「ん?」


 レデリックとつかの間、視線がかち合う。

 レデリックの瞳に私が映っている。私の瞳にもまた、レデリックしか映っていないだろう。

 息が触れあうような距離感。肌の匂いも、衣擦れの音も、瞳の光も感じ取れる距離で、私たちはつかの間、永遠を感じていた。


「レデリック……」


 次の瞬間、レデリックは私たちを包むなにかを壊すようにぐっと笑顔をつくる。

 いつものレデリックの顔に戻っていた。


「王太子妃を目指して、さあ、一緒に頑張りましょう!」

「ええ!」


 私たちは気持ちを切り替え、763台のチャリの整備に走った。

 領民達も、あの父も、母も手を貸してくれた。

 そして日が昇りきる前に全ての整備を終え、王太子率いる聖騎士団達がずらりとチャリにまたがった。


 太陽に向けて、ぎらりと王太子が剣を掲げる。


「目標、隣国連合軍! アーカイブス侯爵領の女神の加護は我らにあり! 行くぞ!」

「応!!!!!!!!」


 士気が高まりまくった聖騎士団達は、爆足でチャリで疾走していった。

 彼らが王国を救うのだ。

 残された領地は急に静かになった。

 私とレデリックは、どちらからともなく強く手を握りあっていた。


 ――領民も両親も、誰も私たちの事を見ないふりをしてくれていた。


◇◇◇


 チャリという神機(補助輪付き)に乗った聖騎士団は、破竹の勢いで見る間に数万の軍勢を蹴散らしていった。

 領地を蹂躙された怒りを刃に籠め、彼らは次々とオークをただの豚のように切り捨てていった。

 そのときのオーク肉を用いて豚骨ラーメンやソーセージといった王国の名産品の数々が生まれ、王太子の進撃進路が豚の道オークロードと呼ばれるようになったのはまた別の話であるが、とにかく王太子は爆速で国を取り返していった。


 数ヶ月後。我が国と隣国は、大陸最大の帝国の仲介のもと和平協定を結んだ。

 そして口約束だけだと思っていたのに、王太子は改めて私に求婚を申し入れに来ることになった。


「よかったではないか、王太子妃になれるぞ」

「うん……」


 浮かない顔をする私に、父は不思議そうな顔をした。


「どうした、嬉しくないのか」

「ううん、嬉しいわ。ありがとう」

「……嬉しい顔をしておきなさい。レデリックのためにもな」

「うん……」


 私は一人になった。レデリックが後ろからついてくる。

 誰もいないことを確認して、私はレデリックに抱きついた。


「お、お嬢様! いけません」

「いやよ。いやいや。私はレデリックが一緒じゃ無いといや。レデリックと離れたくないの」

「私はついてきますよお嬢様。お嬢様が王妃になろうとも、私は」

「違うの! そういう意味じゃないの……わたしは……レデリックが」


 私が口に出そうとしたとき、レデリックは唇を人差し指で塞ぐ。

 悲しい顔をして、私の肩をおしもどした。


「いけません。私とあなたは身分が違う。だからこそお父様も何も言わずに、私を異性でありながら側においてくれていたのですから」

「……私が婚約破棄されても、チャリが売れなくても、いつでも笑顔でいられたのはあなたのおかげなのよ。王太子殿下がほめてくれた私は、あなたあってのものなの。嫌よ。お妃様になってしまえば、あなたは離されてしまう。あなたがいないと、私は……」

「わがままですねえ、お嬢様」


 そんな私たちの元に、その辺の庭の木から華麗に舞い降りてくる男の人がいた。

 王太子殿下だ。


「殿下!?」

「話は聞かせて貰ったよ。それならなお一層、私の妻になってほしい」

「ね、NTRがご趣味の王太子殿下!?」

「そういう意味じゃないんだよなあ、……これは未来の奥さんと奥さん付きの使用人だけへの秘密だよ?」


 そう言って、王太子殿下はおもむろに服のボタンを開き、シャツを開いてみせる。

 そこにはサラシで潰した、豊満な胸があった。


「お、王太子殿下……!?」

「実はねえ。私は女なんだよ。でも女だとばれたら王位継承権で面倒なことになるし、何より隣国から攫われて強制的に結婚させられる可能性だってあったからね。今回オークが派遣されたのも、オークに襲わせて私が女かどうか確かめたいってのもあったらしいんだよ」

「え、えっぐ……」


 思わず口を押さえる私。王太子はにっこりと肩をすくめて笑う。


「同じ女として、君が眩しかったんだ。性別を隠して男として生きる価値を保ってきた僕にとって、令嬢でありながら社交界からつまはじきにされても、領民のために必死に頑張る君は、眩しくて美しかった。……正直、君がありなら全然君を本当の意味で妻にしてもよかったのだけど」


 王太子は言いながら、レデリックにウインクをしてみせる。


「両親はもちろん僕が女だと知っている。僕は一次的に国王になったのち、病弱な弟が成長したら王位を譲って隠居しようと思っている。死んだって事にしてもいい」

「まあ」

「だからお互いの利害のためにも、結婚してくれませんか。憧れのチェリッシュ・アーカイブス侯爵令嬢」


 私とレデリックは顔を見合わせる。

 そして、にっこりと頷いて答えた。


「喜んで……王太子殿下の良き妻として、精一杯尽くさせていただきます!」


◇◇◇


 それから私は王太子妃となった。

 結婚式パレードは、王太子が漕ぐチャリの隣にシートをつけて、私がそこで手を振る形になった。

 聖騎士団も全員チャリだ。パレードに声援を送る沿道の国民達は、その姿に全く何も違和感をおぼえていない。

 笑顔で手を振りながら私は思った。


 ――チャリじゃなくて、バイクにしときゃよかった。


 しかし私はバイクに全く興味関心の無い前世をすごしていたので、バイクの仕組みはわからない。変なバッタみたいなバイクをつくっていたかもしれない。そうなるよりはまあ、チャリでよかったと思う。

 レデリックは結婚式パレードには参加していなかった。

 けれど沿道で変装をして、私に笑顔で手を振ってくれる彼の姿はしっかりと見つけていた。


「彼、いてくれたね」

「はい」


 私と王太子殿下は小さく笑いあう。

 真っ白な婚礼衣装で微笑む、王太子殿下はとっても綺麗だった。

 私たちはお互いにとって、初めてできる親友になれそうだった。


◇◇◇


 初夜はバトンタッチして、正装のレデリックがやってきた。

 黒髪を後ろになでつけた彼は、新郎の姿をしていた。


「あらあらまあまあ」


 オールバックの彼をみるのは初めてだ。

 眼鏡はかけているものの、チェリーのように真っ赤な瞳が、ここまではっきり晒されているのは珍しい。


「綺麗……」


 私はついまじまじと見てしまう。 彼は頬を染めて目をそらす。


「……恥ずかしいです」

「あっごめんなさい」

「いえ、いいんですけど……いや、でも、こんな……やっぱり……王太子妃と……こんなことなんて……」

「そう言わないで。ほら、近くに来てよ」

「しかし……いや……」

「なによ、ずっと一緒にいたし、ハグだってしたことある関係じゃない」

「今までは従者としてだったからですよ! ですが、こんな姿で……」

「いいじゃない。私だって花嫁姿よ? いつもと違う姿なのは同じよ」

「……ありえない。こんな、使用人となんて」

「何を言っているの。私はチャリを作った女よ? それ以上のありえないなんてないでしょーが」

「それはそうですけど」


 それでも口をつぐんで立ちすくむ彼に、私は手を差し出して微笑んだ。


「ほら、こちらに来てちょうだい。あなたの赤い瞳が見たいわ」


 精一杯、綺麗に笑ってみせるように心がけながら。


◇◇◇


 ――そして私たちは無事に国を守り、王太子妃としては子宝に恵まれなかった……ということになった。

 同時にアーカイヴス領地に謎の子だくさんな屋敷が生じたものの、誰も気にする人はいなかった。

 王家が必死に隠し通してくれたので、無事に子供達は元気にジジババになった両親と元気に暮らした。

 アーカイヴス公爵家は、功績を認められて無事に私が継ぎ、レデリックが婿入りすることになった。

 女性でも爵位や王位を継承できるようになったのだ。

 その頃には隣国との関係も良好になり、赤い瞳のレドリックのことも、子供たちのことも気にする人はいなくなった。そもそも赤い瞳は、案外紅茶色の瞳と似ていてそんなに目立たないのだ。


 王太子は無事に女であることを隠し通し、弟を王位に就けることに成功した。


「女ってそろそろ言った方がいいだろって? いいんだ、今更女性としては生きられないよ」


 とは王太子の弁。

 そして最後には皆でアーカイヴス領の田舎に引っ込んでハッピーに過ごした。

 その頃には王太子も偽装結婚相手ではなく、立派な心が繋がった家族になっていた。


 年を取った私たちが乗るのもまた、爆速で麦畑を突っ切っていくチャリだった。

 婚約破棄してきたストレリツィ侯爵のことはすっかり忘れるくらい、私たちは幸せになった。

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チャリを作って王太子に求婚された転生令嬢は、本当は従者が大好き。 まえばる蒔乃 @sankawan

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