『僕は消去される』

小田舵木

『僕は消去される』

「明日、君の存在は消去されるぜ」彼女はそう言う。

 

 いきなりの宣告、僕は混乱するが。その言葉には妙な説得力がある。

 僕は。人造的に創り出されたクローン体で。神によって産み出されたりはしていない。

 人が。神の真似事をするようになってから。

 僕のようなクローン体は数多あまた産み出されている。

 その事が。世界をどう変えたのかはよく分からない。

 だが。僕の命は。明日で消えてしまうらしい。彼女いわく。

 

「だとして。僕は何をすれば良いのかね?」素直な疑問。僕は。15歳の体で産み落とされている。製造からは2年弱。特に世界に愛着はない。

「だよなあ。いきなり死ぬったって困るよな」彼女はコーヒーを啜りながら言う。

「人生が何たるか。知る前から死ぬってんだ、覚悟も決まらないよ」

「うんうん。君は。ある人間の代わりとして創られた。だが。用がなくなったらしくてね」

「用がなくなった…オリジナルに何かがあった…」

「ずっと意識がないオリジナルの人生を代行するのが、君の役目だった訳さ。だが。オリジナルが目を覚ましたらしくてね。もうお役御免な訳だ」

「となると。僕は必要がなくなった…って訳だな」

「そうだね。クライアントは君を必要としなくなった」

「なれば。自分の人生を歩んでは駄目なのかい?」僕は彼女に問う。

「学習装置で地球の現状は掴んでいるだろ?この地球には余分な資源はない」

「オリジナルと瓜二つのクローン体を生かしておくスペースはない…」

「そ、ただでさえ食料事情が厳しい。地球人口は100億超え。パンパンな訳よ」

「まったく。そういう状況下で。クローン技術を人間に使うんじゃないよ」僕は悪態を吐く。

「ってなもなー悲劇ってのは無くならない。そして技術はある…そういう事を考える馬鹿は居なくならない。お陰で私のような在野のクローン技術者が生き残れる」

「要するに。僕はアンタらの飯の種。だが、売れる見込みが無くなって。明日には処分な訳かよ」

「…決定を下したのは私じゃないぜ。この施設の長だ」

「だが。手を下すのはアンタなんだろ?」

「…まあね。言っとくが。いい気分はしないよ。なんたって。私が君を培養したんだ。母親みたいなもんさ」

「母ちゃんが。息子に死ねって言う訳だ」

「はは。しょうがないじゃん。私だって生きていかなきゃならなくてさ」

「生存の為に子どもを切り捨てる親、感心はしないぜ」

「腹を痛めて産んだ子じゃないからね。ある程度はドライになれる訳さ」

「…ったく。で?僕は明日の何時に処分されるんだ?」

「今は午前10時…ちょうど24時間後だ」

「まーた。余計な時間を与えてくれるもんだ」

「温情…ってトコロかな」

 

                  ◆

 

 僕は。管理の為の腕輪をはめられて。

 外に出る。久々の外である。

 だが、その外は。あまり美しくはない。

 カオスを極めたような掃き溜め。それが僕の生まれた施設のある福岡だ。

 

 僕は電車に乗る。とりあえずはこの学研都市を抜けてしまいたい。

 なにせ。この辺の景色は見飽きてる。社交化トレーニングの際の舞台として使われていたからだ。

 

 電車は海辺をひた走る。僕は車窓から海を眺める。

 全ての生命の源である海。だが、僕はそこから産まれたモノ共の末ではない。

 試験管や培養装置の底の方から、産まれたのが僕で。

 自然という神に任されずに産まれた命。それはデザインされた生き物で。

 用がなくなれば処分の憂き目に遭う。その運命を呪いたくなるが。呪うにしたって、あまり長生きしていない。

 

 たった2年だ。学習装置のお陰で知恵はついたが。

 まだ。未熟な精神を抱えて生きている。

 僕は。ある程度はオリジナルの思考形態を継いでいる。神経科学の発展が故に。

 だが。2つの精神が。完全に同じ思考をするかと言えばノーである。

 そも。精神とは脳のゆらぎ。カオスの中から精神は生まれる。

 外部からの入力が違えば。出力はいくらでも違いうる。

 

 僕は。オリジナルの代わりとして産み出された―らしい。

 今日、初めて聞かされた。あまり驚きはない。

 なにせ。僕の居た施設では。そういう人生の代行者が数多産み出されていたからだ。

 僕より先に施設を出た連中。あいつらは軒並み憂鬱な顔をしていた。

 ああ、僕は。そんな憂鬱な目に遭わずに済んだが。

 明日。命の意味を失くしたという理由で。殺される。

 …あまり実感がないのは、僕がまだ2歳だからだろうか?はたまたクローンだからだろうか?

 

 そんな事を考えている内に姪浜めいのはまに到着し。僕はそこで地下鉄に乗り換える。

 

                  ◆

 

 福岡、天神地区。

 福岡の繁華街の中心であるそこは。

 そこそこの賑わいを見せている。十数年前の再開発の結果、国際的な色彩を帯びた街に生まれ変わった。

 更に。移民の流入も激しい。一見、ここは東南アジアかと見間違える。

 

 僕は人いきれの中を歩き回る。特に目的地はない。

 なにせ。明日には死ぬ身だ。何をしようが意味はない。

 だが。僕は何とはなしに出かける先を天神にしちまったのだ。

 それは。死ぬ前に。普通の人間を多く観察したかったからかも―知れない。

 

 気がつけば。僕は私鉄のターミナル駅の裏にある警固けご公園に来ている。

 そこには。人がわんさか溜まっている。

 確かに。この地球の人口は増えすぎている。この公園だけでもパンパンだ。

 

 僕は公園の端の植え込みに座って。人を観察し続ける。

 人はあっちに来たりこっちに来たり。

 皆、何か目的があって動き回っている。僕のように、ただ。漂っているようなアホは居ない。

 

 漂う命。僕はそこら辺の微生物と変わらないのかも知れない。

 自分の生命の意義も知らずに。ただ、生きている命。

 まあ?僕の命には意義があったが。

 その意義も、消えて無くなっちまって。

 明日には死ぬ身だ。そう思うと―何も思えない。

 だってそうだろう?産まれて2年。命に慣れる前に。死ねって言われたんだ。

 不思議と恨みは出てこない。

 ただ。そういうものだ、としか思えない。

 

                  ◆

 

 僕はしばらく警固公園で意識を遠くに飛ばしていて。

 気がつけば腹が減っていた。

 …こういう時でも。自然と腹が減る。

 僕は生物としてよく出来ている。まるで自然という神が創ったみたいに。

 

 天神地区で。飯を食おうと思えば。

 数多の選択肢がある。だが僕は。何故か豚骨ラーメンが食いたくなって。

 『shinshin』という店に行った。

 そこは有名店らしく。行列が出来ていて。

 僕は行列の間に挟まってラーメンを待つ。

 最高に無駄な時間の使い方。後…22時間しかない命なのに、僕はそれを行列に並ぶというカタチで潰している。

 

 行列に並んでいるお客は。

 妙に若い女性が多い。

 僕には。驚くべきことに性欲だってある。

 だが。そんな性欲にも意味はない。

 そも。不稔なのだ。生殖行為をしようが、生命を発生させる事は出来ない。

 まったく。ただの創りものだと言うのに。妙にデティールに凝ってるなんて。

 

 僕は1時間をかけて行列を抜け。

 ラーメンにありつく。あっさりとした豚骨と素麺みたいな細麺。

 この組み合わせが堪らない―なんて言うのは。オリジナルの嗜好を継いでいるせいなのかも知れない。

 僕は。僕の意思で。飯すら選べないのだ。

 それは僕の脳のシナプスの回路がオリジナルと同じ、という事実から出てきた事で。

 僕はそれが恨めしくなる。僕には僕の意思すらないのか?

 そう思うと。僕が創られた生命である事を再確認してしまう。

 

                  ◆

 

 ラーメンを食い終わると。

 僕は天神の地下街をそぞろ歩いて。

 脚が疲れてきたトコロで新天町の喫茶店に入って。

 

 窓際の席で、新天町の雑踏を眺めながら、カフェオレを飲んでいる。

 僕は。コーヒーという飲み物に苦手感がある。だが、ここはカフェだ。コーヒーめいたモノを注文しないと格好がつかない。

 

 僕がコーヒーが苦手なのは。

 単純に味覚が過敏だからなのかも知れないし、あの施設で。施設の人間がコーヒー片手に僕らをいじくり回してたからかも知れない。

 

 …僕にも嗜好はあるんだ。こんな時に気付いた。

 だが。それはマイナスの方向の嗜好で。あまり喜びは見い出せない。

 

 ミルクでマイルドになった苦味。

 それを啜りながら僕は人を観察する。

 だが。観察はうまくいかない。

 そも、人間観察するにしたって。ある程度の人間生活の経験が必要だからだ。

 僕は産まれてから。ほぼほぼをあの施設で過ごした。

 …普通の人間に混じって生活した経験が皆無に近い。

 あの施設には普通の人間よりクローンがたくさん居たからな。

 

 クローン達は。

 大体が無気力だ。なにせ、大概は誰かの代用品なのだから。

 学習装置で無理やりオリジナルの記憶を詰め込まれて。野に放たれる。

 僕たちクローンは。人形と変わりはしない。

 誰かの欠如を埋める為の代用品。それが僕たちクローンに課される唯一の命の意義で。

 その意義さえ無くしてしまえば。あっという間に命を奪われる。

 明日の僕みたいに。

 

 カフェオレが苦くなってきた。

 それは僕が憂鬱な事を考えているからなのか?はたまた?

 まあ、とりあえず。僕は甘いケーキを追加注文して。

 そのケーキを貪り食う。

 施設じゃ。無味乾燥な命を繋ぐための飯しか出てこないから、甘いモノは贅沢品なのだ。

 

 

                  ◆

 

 僕は夕方までを喫茶店で過ごしてしまった。

 ああ、またもや時間を無駄に潰している。

 だが。僕のようなエンプティな命が。どう一日を過ごせと?

 

 僕は喫茶店を出る。

 そして天神の街を歩くが―ああ、もう飽きてしまった。

 いくら再開発の手が入ろうが、この街は小さい。

 一日の半分を過ごせば飽きるものなのだ。

 

 僕は困る。

 あと十数時間を潰さなくてはならないが。

 行き先などない。そも17歳程度の見た目なのだ。

 下手なトコロに行ったら補導されて。施設に逆戻りだ。

 …別に施設で最後の十数時間を潰してもいいが。それはあまりに憂鬱に過ぎる。

 

 僕は歩きながら思案して。

 思いつく。海辺の街に済んでいた割には。近くで海を見た事がないな、と。

 思いついたら。僕は自然と博多方向に歩きだし。

 夕方のラッシュの鹿児島本線に乗り。香椎かしいの方向へ。

 そして香椎で乗り換え、海の方向へと電車を乗り継いで行く。

 

 ローカルな支線の終端。西戸崎さいとざき

 そこから西へ進路を取れば。志賀島しかのしまがある。

 そしてそこへと至る道には。陸繁砂州りくはんさす、海の中道が広がっている。

 

 僕は。夕方の陸繁砂州に到着する。

 もう日が暮れそうな時間帯。そこには誰も居なくて。

 海の彼方を見れば。太陽が海に沈みそうになっていて。

 一面茜色の砂浜を僕はそぞろ歩く。白砂の砂浜。脚を取られがちだ。

 

 ここは海の中道。

 どの方角を見渡そうが海が広がっていて。

 その間に細い道が微かに存在している。

 それはある種のメタファー隠喩だ。僕は生命と非生命の間に。僅かに存在している。

 そして。明日には。非生命の方へと転げ落ちる。

 ああ、短い命だったよな。

 たった2年。2年だけだ。生きていたのは。

 それも役目を果たさずに。明日、静かに死にゆく―

 悔しいとか思う前に。ただただ、無力感が僕を支配する。

 僕は命をもらったが。命を奪われるのだ、明日。創り手の手に依って。

 

 僕は想像する。

 役目を果たす世界を。

 たが。それにはリアリティがない。

 なにせ。僕はその役目を果たさずに死ぬのだから。

 

 死。生命の終わり。

 僕は死に際して何を思うのだろうか?

 いや。今、思っている最中なのか。

 …特に思うことはない。

 人は。社会の中で生きて初めて、命の意義を知るモノだと僕は思うから。

 人は自分だけで。命の意義を見出す事はできない。

 人と人の関係の中で初めて意義を見出す。

 僕は。人との関係がない。せいぜい、似たようなクローンと施設の人員だけだ、関わったのは。

 

 僕は。

 適当に陸繁砂州を歩き回って。

 夕日が海に沈むのを見送ってから。砂浜に寝転がる。

 志賀島には渡らない。そこに至ってしまったら―冥府が待っているような錯覚がしたからだ。

 

 柔らかい白砂は。日中の光を浴びていたせいなのか、ほんのり温かい。

 僕は。温かみをあまり知らない。何せ、冷たい施設の中で過ごしてきたから。

 

 見上げる空。そこには冷たい月が一つ。

 まるで。猫の目みたいな月は。僕を照らしている。

 波が寄せては返す。その音が眠気を誘う。

 だが。僕は無駄に寝ることは出来ない。

 最後の時間を過ごしているのだから。

 

 僕は。砂浜を少し離れて。

 自販機でエナジードリンクを買い込み。

 2本を一気飲みしてしまう。これで。眠ってしまう事はないはずだ…

 

                  ◆

 

 夜の海は。優しく僕を抱いてくれる。

 僕は。優しくされた経験がない。

 なにせ。創られた命だ。モルモットと大差ない。

 

 ああ、何故、僕のような命が産み出されるのか?

 僕は問うても意味のない事を自らに問う。

 そりゃ。僕はオリジナルの代行をするために産み出された命だ。

 だが。もう産み落とされてしまい、そして自らの意思を持ってしまっている。

 そう。僕には僕の意思がある。いくらオリジナルと同じ脳回路を持とうが、そのゆらぎのパターンは違う。


 僕は。『』なのだ。

 

 だが。そんな事に気付いたトコロで。

 僕の命は。あと数時間で尽きる。

 僕は砂浜に寝転がりながら、右腕を持ち上げる。管理用の腕輪がそこにはある。

 …僕の居所は。施設の人間にモニタされている。この腕輪を通して。

 何なら。バイタルだってチェックされているだろう。

 ああ、僕は囚われているのだ。クローンという存在の中に。

 だが。死に際して。僕は『僕』の意思に気付いた。

 僕は。オリジナルの代行者などまっぴら御免だ、僕は『僕』として生きたい…

 そう。僕は生きたいのだ。

 だが。どうすれば生き残れるのか?それは闇の中で。

 ただ。死を待つしかないのだ。

 

 砂浜から起き上がる。

 そして、僕は海を眺める。

 良いよなあ、海は。ただ存在していられる。

 それがどんなに贅沢な事か、海は知らない…

 

                  ◆

 

 僕は砂浜を後にして。

 夜中の海の中道を渡って。

 志賀島に渡ってしまう。

 どうせ。あと数時間で僕は死ぬのだ。冥府のメタファーに触れようが問題はない。

 

 渡っていった先は。ただの島だった。当たり前の事だが。

 そこには金印が発掘されたという公園があって、後は海神わたつみを祀る神社がある。

 僕は何だか拍子抜けして。とりあえずは夜中の島を散歩する。

 

 狭い島で。一周するのに時間はかからなかった。

 だが。気がつけば。朝日は上り始めている。

 もう、6時間弱程度しか残されていない命。

 もう少ししたら施設の連中が僕を回収しに来るだろう。

 

 僕は志賀島から、海の中道へと戻る。

 そして。そこの砂浜に立って。

 上る朝日を眺める。

 これが最後の朝日かと思うと。感慨深い―訳ないじゃないか。

 まだまだ実感は持てない。

 僕は強く、生きたいと願い始めている。

 なにせ。僕は『僕』を生きていない。

 

 僕は右腕の管理用腕輪に目をやる。

 こいつを壊して。逃亡してやろうかと思ったのだ。

 …だが。この腕輪には鎮圧用の麻酔薬が仕込まれている。

 それは。施設で暴れるクローンを鎮圧するためのモノだが。

 腕輪を外そうとしても麻酔薬が僕の血管に注入される…

 ああ、八方塞がり。クローンの代用品の僕には。命なんて与えられていないようなモノだ。

 

                  ◆

 

 砂浜でぼうっとしている内に。

 施設の人間が僕を拾いに来る。

 ああ。僕の命の終わりが見えようとしている。

 

 海の中道の砂浜の脇に。白いバンが停車する。

 運転席にはかの女性。

「いよっす。覚悟、決まったかい?」彼女は明るく言う。

「…むしろ。生きたくなったよ」

「ありゃあ…そりゃまずったかな」

「無駄に外なんか歩かせるから」僕は呆れて言う。

「なーに。母ちゃんからの最後のプレゼントさ」

「そんなモノくれないほうがマシだった」

 

 僕は。おとなしくバンの後部座席に座り。

 バンは都市高をひた走る。

 湾岸の景色…これで見納めか。

 

「悪かったな」運転席の彼女は言う。

「まさしく悪手だ…余計な感慨にふけっちまった」

「いやあ。最後くらいは。自分の時間を持たせてやりたくてね。割と無茶したんだぜ」

「その苦労は。僕に『僕』を気づかせただけだったぜ」

「…なんぼクローン体でも。命は命だ。自らの意思を持つものなんだな」

「人を模して創れば。意思は介在するさ」

「そんな君を。私は今から殺す訳だ」

「ああ、アンタに殺されるんだ。創られた時と同じように」

「一応。悲しくない訳じゃないぜ?」彼女はサラリと言う。

「その割にはふざけた調子じゃないか」

「…こうでもしてないと。人を殺すなんてできんよ」

「人…なんだな。一応」

「そりゃさ。モルモットを頚椎脱臼安楽死させるのとは違うからね」

「僕たちは意識があるもんな」

「いや。モルモットにだって意識はあるだろ。だが。それを示さないから殺しやすい」

「僕たちには余計な思考能力と口がある」

「まったくだ…私達はロクでもないもん創ってる」

「…そう言うなよ。アンタの仕事だ」

「飯を食うためにやっているが―ま、神気取りなんて碌なもんじゃない」

 

「次にクローンを創って、始末する時には。外に出すんじゃないぜ?」僕は忠告しておく。

「…そうすっか。いやあ。お前さんには苦労かけたな」

「そんな言葉。要らないぜ。どうせ死ぬんだ。後数時間後には」

「…そうかよ」

 

                  ◆

 

 僕は学研都市にある施設に着いて。

 彼女の処置室に連れ込まれる。

 白い狭い部屋。

 真ん中にはベッドが一つ。

 僕はそのベッドに腰掛けて。対面にあるデスクに彼女は座る。

 

「さって。いよいよな訳だが―」

「なんだい?まだ僕とお喋りしたいのかよ?」

「…済まん。これは私の為の会話だ」

「あまり、躊躇ちゅうちょしてくれるなよ。死ぬのが怖くなるだろ?」

「ってもねー。いきなり麻酔かけて殺すのもね」

「いやいや。そうしてくれた方がこっちもやりやすいぜ?」

「死ぬの…怖くないのか?」彼女は僕の目を見ながら言う。

「今のところは怖くない、実感がないからな」

「こっちは。後数手でアンタを殺さなきゃいけない」

「僕は。その手を待っているだけだ。早くしろ」

「急かすなよなあ」

「急かすさ。怖くならない内に。気づかずに死んでしまいたい」

「まったく…殺るしかないのか…」

「ああ。躊躇してくれるな」

「一応。色んな殺し方があるが。どれが良い?」

「…痛くないやつ」

「んじゃあ。麻酔の延長で死ねるヤツにしとくな」

「まるで。晩飯を決めるみたいに自分の殺し方を決めるなんて…笑える」

「…済まんな。お前にとっては一大事なのに」

「別に。結果は変わりゃしない」

「そりゃそうだが」

「良いだろ、麻酔で。アンタが自ら手にかけた感覚は残らない」

「…だな」

 

 僕は。

 ベッドに寝転がって。

 目をつむる。あの砂浜が懐かしい。

 このベッドは冷たくて。カチコチだ。まるで死体の上に寝転がっているみたいだ。

 

 しばらく目を瞑っていれば。右腕の方に注射の針が刺さる感覚があって。

 しばらくは意識を繋いでいたが。

 ゆっくりと意識が落ちていく。

 僕は。このまま目覚めないのだ。

 

「―ごめんな」彼女の声が。微かに聞こえて。

「―良いんだよ」と僕は応えようとしたが。その声はカタチにならなくて。

 

 生みの母である女性に僕は―殺された。

 だが。彼女を恨むのは筋違いな気がする。

 僕が恨むべきは―一体いったい誰なのだろう?

 その答えを知る前に。僕は命を落とす。命の意義を失くしたから。

 願わくば。命の意義を見つけ直したかったが。

 時間は。場所は。この地球の何処にも空いていないのだった。

 さようなら。人生。もう、二度と眼が覚めませんように。

 

 

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『僕は消去される』 小田舵木 @odakajiki

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