競馬場に行ったら、十二単着た幽霊に遭った。

小赤メジェ

短編


パドックを第4レースを走る馬たちが闊歩する。


俺は競馬新聞を片手に、一頭一頭吟味する。


身体の張り、首の高さ、落ち着き具合。我流の判断基準で選別し、もちろんオッズも見る。

今回は4.9.11番といったところか。


三連複にしようか思い切って単勝にするかと、ジャンバーのポケットの財布を握りしめた。


その時、俺の隣にどこからともなく十二単を着た女がやってきた。


「すんまへん、お隣よろしいどすか。」


扇で口元を隠しながら首を傾げた。


「どの馬がええと思はります?」


「えっ。」

「あたしはね、1番の子とか速そうやと思いますね。」

「へえー。」


馬券を買おうとその場を後にしたが、彼女は俺についてきた。


「どうしたんですか。」

「ご迷惑どすか。」

「いえ、別に。」


馬券を買う間も俺を覗き込んで、クスクスと扇の裏で微笑みを浮かべていた。


ゴール前のポールにもたれると、彼女も隣に立った。


「思い切りはりましたね。当たるといいですね。」

「あなたは買わないですか。」

「はい。買えませんから。」


「その服装お似合いですけど、目立ちませんか。」

「皆さんあたしのこと見えてませんから。」


そう言えば、誰もこの十二単を着た人を気にも留めていなかった。気づいていないようだった。


「あなたみたいなお優しいお方、何百年ぶりでしょう。みんな私を避けはるのですえ。怨霊だーって。」

「生前何かあったのですか。」


そう聞くと、彼女は扇で顔を隠しながらゴールを見つめ、答えた。


「あたし、好いた殿方にフラれて、入水したんです。」


これドロドロなやつだ、と内心思いながら話を聞く。


「身分が天と地の差で、結婚なんて夢のまた夢だったんどすけど、ある時歌会でお会いする機会があって、お話しする内に私は殿に夢中になってしまったんどす。」 


「はぁ。」


「あちらも私と楽しそうにお話しになるから、ああもうこれ脈ありだ、って思って。」


「ほー。」


「でも、彼には許嫁がいはって、もうすぐ結婚すると聞いて。」

「それは大変ですね。」


「あたしったら、馬鹿で、そのまんま鴨川に飛び込んだんです。」



淡々と話しているがかなり辛かったのだろう。時々鼻をすする音が聞こえた。


「知ってはりましたか。誰にも供養されなかったり、この世に未練があって成仏できない霊は、賑やかなところに集まるんどす。

ほら、あそこで頭抱えてはる人もそうですえ。」


「あなたはどうして成仏できないんですか。供養されなかったんですか、それとも何か未練が。」

「両方です。」



その後彼女は一言も発さなかった。俺も余計なことは言うまいと、黙って馬券を眺めた。


ファンファーレが鳴り、観衆が騒めく。


次々と馬たちがゲートに収まる。


パカーン


ゲートが開くと、彼女の様子が変わった。


「いいぃけぇぇー!」


行儀よく、澄まして真っ直ぐ立っていたのが、拳を振り上げ、扇を投げ飛ばし、大声をあげている。


俺も馬券を握りしめ、隣で負けないくらいにいけーと叫ぶ。

周りの視線が集まるのも気にせず野次を飛ばし続ける。


彼女は一瞬俺を見つめ、またスクリーンに向かって叫ぶ。


「「そこだぁ、差せぇぇー!」」



一着でゴールを越えたのは1番の馬だった。

俺は負けた。


「ほら、言いましたやろ。」

いつの間にか扇を拾ってきて、口元を隠して笑うが、上がる口角は隠しきれていなかった。

さすがですね。と負けた馬券をポケットに突っ込み、顔を上げた。


もう十二単を着た幽霊はいなくなっていた。

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競馬場に行ったら、十二単着た幽霊に遭った。 小赤メジェ @Udonsuki4

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