異変雑誌「へんてこりん」
ブルーなパイン
つきまとわれる男。
私は今、誰かにつきまとわれている。
今日は一日中休みで、暇を持て余した私はレンタルビデオ店で子供の頃によく見ていたロボットアニメを借りて、コンビニに寄りアニメを見ながら食べるスナック菓子を買い終えて、家に帰宅途中だった。
コンビニを出たあたりから、背後でカッカッと同じ足音が一定のリズムで聞こえる。
試しに普段は左に曲がる道を右に曲がってみる。
それでも背後の気配も足音もまだ消えない。
これをさっきまで5回は繰り返している。
歩いて15分は経過した。とっくに家に着いている時間だが、さすがにつきまとわれているのに家に帰るのは危険すぎる。
一瞬、ストーカーの文字がよぎった。しかし、27歳、フリーター、女性の知り合いなしの私に女性がつきまとうなどあり得ないことだ。
それに電話をするふりをしてチラリと後ろを見たが、丸刈りで、マスクをした黒いシャツの若い男だった。
この状況から察するに私をつきまとう理由はカツアゲか何かだと思った。
しかしだ。先ほどから人けのない道を歩いているのだが、行動を起こすそぶりを一切見せない。
カツアゲなら人けのない道に入った時点で、襲ってくるはずだ。
ということは気の弱そうな人を狙ったカツアゲでもない。
それなら、他にどのような理由があるだろうか。
ストーカーでもカツアゲでもなければ、何の目的で私の後を追うのか。
その時だった。
男が急に足音のリズムを早めた。
早歩きから急ぎ足になる。
まずい!このままでは捕まる!そう思って私も走り出した。
人けのない細い道を全速力で走る。
普段から運動をしておけばよかったと心の底から思った。
すぐに息切れを起こして失速してしまう。無理もない、中高共に文化部で運動というものを避けてきた人生だった。
足がふらついて呼吸をするのも辛い。もう逃げ切ることはできない。
私は足を止めて諦めた。
そして迫り来る男は、私を通り過ぎた。
前の曲がり角から金髪の男が走ってくるのが見えた。
その金髪の男が走る先を私の隣を過ぎ去った黒シャツの男が両手を広げて通せんぼした。
「
黒シャツの男が金髪の男を前に叫んだ。
「クソッ!」
金髪の男の後ろからも別の男がやって来る。
「観念しろ!」
後から来た男性が言った。
もう逃げるのは不可能だと悟ったのか、金髪の男は肩を落とした。
ーーああ、そうだ。そうなのだ。結局何も起こらないのだ。
私の人生は何も起こらない。
正体不明の男に追われる、日常にないスリル、自分の想像以上の出来事が起きる予感に胸を膨らませていた。
だが、結局のところ、ただの覆面捜査官で犯人を追っていただけで、挟み撃ちするために向かっていたのだ。
私はたまたまその前を歩いていただけだ。
忘れていた、私はありふれてる側の人間だということを。
非日常感に酔いしれる私は紛れもなく脇役なのだ。
子どもの頃によく見た、巨大ロボットを乗りこなす主人公のような、そんな特別な存在には決してなれない。
「早く家に帰ってアニメ見よ」
額に汗が滲む。切らした息を整えながら、とぼとぼ来た道を引き返した。
異変雑誌「へんてこりん」 ブルーなパイン @musamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。異変雑誌「へんてこりん」の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます