第8話 食料調達

 突然ですが、戻ってきました!


 ぐはぁ、疲れたぁ。もう夕方だよ、辺りが暗くなってきたよ、くそったれー。


 地面に静かに転がっている枝を拾い上げ、遠くへ向かって思いっきり投げ捨てた。全てはコイツのせいだっ!コイツが左を差したからこんなに疲れたんだっ!


なぁ~お……


 ルリが途轍もなく呆れた顔で私を見ます。ええ、分かっていますとも。悪いのはワタクシでございますよーだっ!ふんっ。


 そんな事はまあ良いとして、このまま右の道を進んでもすぐに真っ暗になるでしょう。寝床を作る事も考えれば、これ以上前進する意味は薄いと言えますね。


 というわけで、この分岐点を本日の宿としましょう。


 荷を降ろしてシカの角と皮を横に置いて、っと。リュックに丸めて括っていたテント寝袋を解いて、設営開始!はい完了!こんなもの慣れっこですもの、数秒でスパパーンと終わらせました!


 あ、数秒は言い過ぎました。大体五分くらいですかね~。


 こうして三角形の家を建てると、そこはすぐに我が家になる。旅人の住処は鉄路の傍ら、何処かの誰かが言ったかもしれない格言です。


 さあてさぁて、楽しい楽しい夕食と致しましょう。


 と、言いたいですが冗談じゃねぇ!マズイのしかないんだぞ!昼に目の前でサカナ食われて、こっちは苛立っとるんじゃいっ!


 やーだ、やーだぁ!ゲロまずカリカリだけなんて、やぁ~だぁ~っ!


 よし、まだ日が落ちていない、今ならまだ間に合う。木の実を探すぞ!何が何でも見つけ出す、見つけられなかったら泣く!


 勢いよく立ち上がり、私は気合を入れてグッと拳を握った。


 とはいえ、薄暗くなってきたこの時間から森の奥へ入るのは自殺行為。鉄路沿いの木々と藪を見る事しか出来ない。その範囲内で、運よく何かを見付けられる確率は……うん、考えないようにしましょう。


 さーて、いざ採取っ!


 夕日で朱に染まる世界。その中を木々を見上げ、藪を探って歩きます。ふ~む、なんにも無いですねぇ……。


「おっ!」


 藪の中に赤い物を発見、何かな何かな~?木苺かなぁ?


「うげ」


 最悪な物を見付けました。


 小指くらいの長さで細く、口も目も体毛も無い軟体生物。それが絡まり合って球状になっている、おぞましい物体です。


 ………………たしかコレ、食べられるんですよね。そこそこ美味しいとか。


 採取するか?

 いや、流石に好んで食べたくは……むむむ。


 ぐ、ぐ、ぐ…………っ!


 だーーーーーっ!


ざががっ

ぼすっ


「…………」


 布の袋の中でうぞうぞと蠢く無数のウネウネ。


 うーん、見たくない。私はキュッと袋の口を絞ります。


「さ、さーて、食料探しを始めようかな~」

にゃぁ~ぉ


 食べ物を見付けに行きましょう。なんだかデジャヴな気もしますが気のせいです、私はまだ何も見付けていないのですから。


 少しばかり歩いていると日が落ち、周囲は段々と暗闇に染まっていきます。うわー、そろそろ戻らなきゃいけないか~。


「ん?あれって……」


 諦めて天を仰いだその時、とある木の枝に丸い物が下がっているのに気付きました。暗くても分かります、あれは果物だ!やったっ!


 木の幹に飛びつき、スルスルと登ります。木登りなんて物心ついた時から出来ました、食料採取に必要でしたからね。


「よしっ」


 握りこぶし大で赤い木の実をむしり取り、私は小さく声を上げます。これで食卓に豊かさと優雅さが追加される事が決定しました。旅の中では果物を時たまに見つける事はありますがやはり低確率ですから、こうして手に入ると嬉しいですねぇ。


 制限時間ギリギリで実りを見付けて満足し、テントへと戻ってきました。すぐに夕食の準備に取り掛かります。


 赤い木の実は八等分に切って芯と種を排除し、鉄皿に並べます。うーん、素晴らしい。皮の赤が美しいですねぇ、さぞ美味しいに違いありません。


 さてさて、ではでは。いただきますっ!


 パンッと手を合わせ、切り分けたそれを摘まんで口に運びます。


シャクッ

シャクサク……モグモグ

ごくん


「……」

「…………」

「………………」


 ぐぐぐっと、食べた木の実の味が口に広がりま―――


「味がないぞ?」


 せんでした。

 首を傾げながらもう一切れ齧ってみます。


シャクッ

ごくん


 無味。

 何かを食べている感覚はあるんです、でも味が無い。ほのかに甘いとか酸っぱいとか、苦いとか青っぽいとか。そういったものが一切無くて食感だけが伝わってくるのです。


 ん~~~、まあ不味くは無い?旨くも無いけど……。


 食べられないわけではないので及第点、水分補給にはなりますね。食べているのに食べてない感覚で正直、霞でも食ってる思いですけれども。


 あっという間に六切れ消費し、一切れはルリへ進呈。彼女は一心不乱に貪っていますが異獣にとっては美味しいのかな、コレ……。


 空になった鉄皿を見て、私は思います。足りない、と。


 比較的燃費の良い身体だと自負しておりますが、木の実一個で満たされる程ではありません。となるとカリカリをお茶で流し込むしか……。


ウゾウゾ……


 無理やりにでも不味い物を腹に納めるしか……。


ガサゴソ、ガサガサ……


 …………うわぁーーーーーっ!!!!


ガバッ

しゅるっ

ドチャッ

ジュー、バチバチバチ……

ザザァ……


 鉄皿の上には、何故か大量のショッキングピンクで小指ほどの大きさの腸詰があります。どうしてでしょう、どこから湧いて出……いえいえ出現したのでしょうね?うーん分かりません、ですが良い食料なので頂かなければいけませんよね、うんうん。


 箸を手にして、いただきます。


 何故でしょう、手が震えます。どうしてでしょう、口が中々開きません。理由は分かりませんが、覚悟を決めてピンク腸詰を口内へと運び入れました。


ピチプチュッ

モグモグ……


 すっごい美味しい。ここしばらくで食べた中で一番旨い。旨味が溢れていて、調味料無しでも問題なく食べられます。どことなくお肉の様な風味と香ばしさもあり、本物の腸詰みたいです。


 いやぁ、ここまで美味しいと箸がドンドン進んでしまいますね~。


 ………………悔しい。


 空になった鉄皿を布で拭き拭きして、リュックの中へ。


 は~、満腹、満腹。実に満足です。食後のお茶が美味しいですねぇ。ずずず。


 ピンク腸詰がどこから出現したかは分かりませんが、是非ともまた食べたいものです。誰かが採取して調理して出してくれるならば、私は喜んで貪りますよ。


 え?私が採取して調理?


 あはは、何言っているんですか。どこから現れたか分からない物を、私が採取できるワケが無いじゃないですかー。


 さぁて、周囲はもう真っ暗。夜空の月と星、側らのランタンだけが光の源です。段々と気温も下がってきており、吹き抜ける風を受けて思わず身体がブルリと震える。


 寒いっ。


 そろそろ旅の宿に入るとしましょう。ルリ~、中へどうぞ~。


 テントの入口を開けてやると、彼女はするりと滑り込みました。そして中に敷いておいた寝袋の上で丸くなります。


 いや、あの、それ私の寝床なのですが。


 リュックを持って私も入り、寝袋の上からルリを退かしバチンッあ痛ぁっ!?


 ぐぐぐ、電撃で私から寝床を奪おうというのかっ!おのれ~、意地でも退かしてやるっ!


 狭いテントの中で繰り広げられた私とルリの大立ち回りは夜が更けるまで続き、ランタンの灯り以外の光が時折周囲を照らしたのでした。

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