第7話 分岐
突然ですが、どっちへ行くか迷ってます!
トンネルを出て小休憩を挟み、再出発して少し。私は立ち止まっていました。
というのも、鉄路の分かれ目に到達したからです。
「むぅ……。分岐があるなんて聞いて無いぞぉ?あのコロニーの人、いい加減だなぁ」
ゲロまずカリカリを貰ったコロニーの住人の顔を思い出し、私は口を尖らせます。
鉄路をこのまま進めば大きめのコロニーがある、それだけを聞いていました。トンネルがある事も聞いていませんし、こうして行き当たった分岐についても情報がありません。
さて、となると当然ですが問題が発生します。
「これ、どっちに行けばいいんだ…………?」
そう、進む方向です。
右へ伸びる鉄路は木々の枝葉がゲートを作っており、左へ繋がる鉄路は樹木が腕を伸ばしてアーチを作っています。
…………どっちも同じじゃねぇか!
看板なんていう便利な物は設置されていません。道の先を確認しようにも、どちらも道が湾曲しており、真っすぐ遠くを見通す事が出来ない。これは実に困った状態です。
ですが、こういった時に使う最高の一手を私は知っているのです!
さあ、我が行く道を切り開くのだ!
ころん、からん
「よし、左だな!」
にゃぁ……
腰に手を当てて、ビッと左を指さします。そんな私と転がった枝を交互に見て、ルリは実に呆れたようにひと声鳴きました。何が不満なんだ、こいつ~。
わしゃわしゃ
キシャーッ
眉間に皺を寄せる顔をぐにぐにと揉みしだいてやったら、全力で威嚇されました。ついでにバシンと顔面にパンチも貰いました。むう、この仕打ちは理不尽ではないですか?
ひょいと彼女を抱え上げて頭に載せ、私は左へと歩を進めます。木々のゲートを潜り、枝葉の影と木漏れ日が落ちる大地を眺めながら一歩一歩前進です。
風に撫でられた枝葉はザワザワと鳴いています。チチチとその陰からトリの鳴き声が聞こえ、彼らは翼を広げて空へと飛び立つ。その茶色の体の側面から尻へと伸びた細い管から炎が生じ、あっという間に加速して遠い雲に向かって消えていきました。
ジジジとムシが音を奏で、私の進む先を右から左へ移動する。一メートルくらいの大きさの節足動物、十二本の脚で大地を蹴って一足飛びに木の上の住処へ帰宅していきました。
実に平和です。というか先の様に異獣に襲われる方が稀なのです、我々と異獣は住処を別にしているわけなので。
彼らにとって私の様な旅人は、突然現れた謎の生物。警戒して関わろうとしないのです。私が逆の立場でもそうしますから、こうして距離が出来るのは当然と言えるでしょう。
風に乗って、はらりと緑の葉が落ちてきました。それを優しく掴み取り、その柄を摘まんでクルクルと回します。彼と少しの間、共に行くとしましょう。
しばらく歩いた所で、私は首を傾げました。
「ふぅむ?」
鉄路は次第に山の谷間に向かっていきます。
右も左も高い山が私を見下ろしていて、出迎える木々も増えている気がする。進む左側は三メートルほどの小さな崖になっており、下には清流の姿が見えます。後で水を汲んでおきましょうかね。
いやまあ、それは良いのですが。このまま進んで行けばコロニーへたどり着くのでしょうか?なんだか段々と、自然の奥へ入っていってる気がするんですけど。
…………まあいっか、もし何も無ければ戻れば良いだけだし。進める所まで進んでみましょう。別に急がなければいけない旅路ではありません、気ままに歩いて行けばいいのですから。
などと考えていたのは一時間前の事。
いま私は、凄まじく後悔しています。なぜあの時に回れ右をしなかったのか。
「うわぁお……」
にゃぁ~
眼前にある物を見上げて思わず声を上げる私に合わせて、ルリも鳴きました。
彼女が声を発するのもよく分かります。
何故ならば土砂の塊が鉄路に覆いかぶさっているのですから。
土砂崩れ。それもかなり大規模な。
山の腹が大きく削れているため発生時がどれほどの惨劇であったか、容易に想像できます。その時にここに居なくて良かった、もし巻き込まれたならば確実に死んでいたでしょう。
さて問題発生です。
土砂の塊をクライミングして進むのは現実的ではありません。出来ないというわけではないですが、かなりの体力を消耗するでしょう。その先に目的地が有るのか、それが分からない以上はリスクの方が大きいと言えます。
万が一何も無かった場合、戻ろうとしたら再度土砂の山をクライミングする必要が発生。清流がある事で水はどうにかなりますが、食料がクッソ不味いカリカリしかない状態でそうなったら、私は精神的に死ぬでしょう。
「うん、戻ろう」
にゃ
私の言葉にルリが同意したように鳴きます、いや本当に同意の声なのでしょう。
私は
うん、仕方ない、仕方ない。これも旅、想定外が発生するのが旅人の常なのだ。
………………………………。
面倒くさっっっ!日常の事と納得するのと、徒労を恨むのは別の感情である!ちくしょう、誰か教えてくれよ!いや多分みんな、あの分岐を右に行くからこっちの事なんて知らなかったんだ、そうなんだ……うぐぅ。
とにかく、さっさと戻らなければ。ここで
せめて冷たい水を飲んでいくべきですね、その位しないと鬱憤で叫んでしまいそうです。
「よっ、と」
ゆっくりと崖、というよりも急な坂ですね。それを下ります。この程度は慣れたもので、峡谷を降って登ってするよりは圧倒的に楽勝らくしょー、はっはっは。
無事に降り立った清流は悲惨な状態の山と鉄路に似合わず、太陽の光を受けてキラキラと輝いています。うむ、私の清らかなる心の様に美しい。思わず胸を張ってしまいますね!
にゃぁ~?
む、なんですか、ルリ。その『何考えてるんだコイツ』という顔は。鳴き声の尻が上がっているので、確実にそう思ってますね?
実に実に失敬な!私の心は清らか過ぎて透き通っているのですよ?内面だけなら絶世の美女と呼ばれているんですよ?
……私に。
フン
あ、この。鼻で短く息噴いて馬鹿にしましたね?鼻で笑いましたね?ぐぬぬ。
リュックを川辺に置いて、中から水筒を取り出します。おや?少々残っていますね、捨てるのも勿体ないので飲んでおきますか。ぐびー、ぷはぁ。
流れる水に水筒を突っ込みます。うおー、冷たいっ。既に春とはいえ、やはり水はまだまだ冬ですね。まあおかげで私は冷水を補給できるのですが。
くぅぅ……
おっと、お腹の中の異獣の咆哮が。水を飲んだ事で体内が動きましたかね。
うん、ちょうどいいのでここで食事にしましょう。
綺麗な景色、涼やかな風、さらさらと流れる我が心の様に澄んだ清流。それで作ったお茶、側らで寛ぐ白ネコ、そしてクソ不味いカリカリ。
うん、最後のだけでマイナス一万点ですね。くそぅ。
にゃっ
バチンッ
「おおっ!?」
ルリが川へ突っ込み、瑠璃の触手を水に浸けて電撃一発。それによってプカリと一匹のサカナが浮かんできました。
赤黒い体、その顔は巨大な口だけで目も何も無し。大きな洞の中にはびっしりと鋭い歯が生えていて、他のサカナや水辺に来た小さな生物を一瞬のうちに食べてしまう事でしょう。
ルリの身体ほどもある、食べ応え抜群そうなサカナです。
「でかしたっ!さあ、それをこっちへ。捌いてあげるから~」
フーッ
穏やかに呼びかけた私に対して、彼女は威嚇の声を上げます。そして自らが狩った大きな獲物を咥え、トーンと軽やかに私が手を出せない程に大きな岩の上に跳びました。
……ああ、そうですか。
『お前にくれてやるわけないだろ』とでも言いたいですか、そーですか。
良いですもん、私にはカリカリがありますから。いーっぱいありますからっ!
うわーんっ!
バリバリ……ガリゴリ……
うげぇ、不味ぅい~。
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