第6話 トンネル

 突然ですが、真っ暗です!


 私は今、真っ暗闇の中を火を点したランタン片手に進んでいます。砂利を踏む音が暗がりの中に吸い込まれて反響し、多くの人が一緒に歩いているかのようです。


 平坦な道は山へと繋がり、そして鉄路は山の腹に突き刺さりました。そこにはぽっかりと穴が開いており、反対側へと繋がっています。私が目的地としているコロニーはこの先にあるのです。


 というわけで、私はトンネルの中を歩いています。


 手を突いている壁は湾曲しながらそのまま天井となり、反対側の壁になって地面に繋がる。この穴は半円形となっているのです。


 野ざらし雨ざらしになっていた無人駅などとは異なり、風雨にさらされていないためかコンクリートの状態は良好。多少の剥がれはあっても、構造そのものが崩壊するような損傷は見当たりません。


ちゃぱっ


 壁面から滴り、地面に溜まった水をブーツが踏みます。ここは山の腹の中、降った雨が濾過されて染み出しているわけですね。こうした僅かな浸食でコンクリートは劣化し、いずれは崩れてしまうのでしょう。


 まあ、私が生きているうちに起きるかどうかはわかりません。ついでに言えば、ここを次に通る事があるかどうかも不明。トンネルが崩れ落ちようと私には関係ありませんね、うん。


 ですが、この辺りに住んでいる人々にとっては一大事。いずれ何とかして迂回路が造られる事でしょう。


 他人事で薄情な物言いだと思われますか?私でもそう感じますが、手助けするなら最後まで手を貸すべきです。残念ながら私は、中途半端に手を貸して放り出すような薄情な事は出来ない性質なのですよ。


 この世界、みーんな自分の事で精一杯なのです。あ、勿論簡単なお手伝いはしますよ?手を出せないのは、大事業と呼べるようなものだけです。


 トンネルはまだまだ続きます。どうやらこの洞穴、緩やかに上りになっているようで出口の光の欠片も見えません。


バサバサッ

キィキィキィ

「ふおっ!?」


 自分の足音と息遣い、頭の上で時折ルリが動いて生じる音。それ以外で突然発生した音に私は思わず声を上げた。それはトンネル内に反響し、呼応して更に多くの何者かが騒ぎます。


 ひゅんっ、と素早く通り過ぎた何者かをランタンが照らす。その『何か』を目で追って、天井でピタリと止まった所に光を当てる。


 おおよそ私の手のひら位の大きさで、黒と茶色が混ざった様な体色。鼠のような顔に、産毛が生えていて翼膜のある四枚の羽。時折ガパリと開く口には歯も牙も無く、トンネルの様に黒で満たされています。


 彼らはコウモリですね。


 暗いこの場所を住処にしていた様子。私が光を携えて入り込んだ事で、少々驚かせてしまったようです。キィキィと鳴くのは彼らのコミュニケーション手段。変な奴が来たぞ、気を付けろ、とでも伝えあっているのでしょうか。


 失敬な、私はただの通行人だぞ。…………あ、人間そのものがコウモリにとっては変な奴か。まあこちらから危害を加える気も、逆に彼らが私に攻撃する気も無いので安全です。


 口に牙が無い所を見ると、彼らは獲物を丸のみする異獣。私の様に大きな生物は襲う意味がないのでしょう。ふふふ、他の人には小さいと言われる私ですが、彼らにとっては大きいのだっ!


 …………うん、空しいですね。


「ふぅ、ふぅ……」


 ゆっくりと歩いていますが、妙に疲れます。緩やかな坂がずっと続いているから、知らず知らずの内に平坦な道よりも多くの体力を使っているのでしょう。


 先程まで大騒ぎしていたコウモリたちは、元の平静な生活を取り戻して天井にぶら下がっています。時々移動のために飛び回る事はありますが、驚かされるような事はありません。


ザリュッ

「うわっ!?」


 何かを踏んで足が滑る。危うく転倒する所を、壁に手を突いていた事でどうにか耐える事が出来ました。危ない危ない。


 頭の上にいたルリはトーンと跳んで、少し先に着地しました。くるりと振り向いた青い目は『巻き添えは御免、転ぶなら一人で転べ』とでも言わんばかり。そんな冷たくしなくても良いじゃない……。


 というか、何で滑ったんだ?と足元を見てみると、そこには大量の土がありました。鉄路の大粒砂利が砕けたものではなく、少々乾燥した灰色の砂の塊のようなもの。


 砂利の下から土が出てきたのでしょうか。いいえ、それは考えにくい。なにせ土があるのは一か所だけ、そんな事が自然に起きるわけがありません。


 となるとこれは何なのか。その答えは、私の頭上に居る異獣たちです。


「おっ、コウモリの糞だ」


 その物体は異獣の排泄物。それが長い年月をかけて固まった物でした。ちょうどその塊を踏んだ事で表面が削れ、滑って転びそうになったんですね。


 しゃがみ込んでリュックを降ろして布を取り出して口元を覆い、大きめの四角い木製容器を取り出します。蓋を開いて、糞の隣にコトリと置いて、っと。そして革手袋を装着!


ざりりっ

がさぁ

ざざざっ

ふぁさぁ


 削って掬って容器へ注ぎ、削いで集めて箱に納めて。


 四角い容器に目一杯詰め込んだら蓋を載せて布で包み、更に縄でグルグル巻きにします。リュックの中で零れてしまったら大変ですからね、これは厳重にしなくては。


 ルリが少し首を傾げるようにして私の事を眺めています。『何してんだコイツ』という疑問を抱いているかのよう。そうですよね、今の私は有難そうに糞を集める変なヤツです。


 しかし、これには理由があるのです。リュックに糞箱を納めて背負い直し、すっくと立ちあがった私はルリを抱え上げます。


 あ、今回は攻撃してこなかった、よしよし。…………すっごい嫌そうな顔してる。ああそうか『糞を触った手で抱え上げるな、この阿呆』と言う事ですか。はっはっは、私はそんな事は気にしないので大丈夫です。


 このコウモリの糞、爆薬火薬の原料になるのです。他の異獣の糞も同じくですが、一か所で纏まった量を得られる事は少ないんですよね~。小型の異獣だと量が少なく、大型の異獣だと危険なので。


 というわけで、コレは重要な資源。私の拳銃の弾の発射薬にも使われてます。かなり価値が高い物という事で、見かけたら収集しない理由はありません。


 ルリに変な目で見られようとも、今後も私は『糞集め虫』になりますよ。


「おっ、出口!」


 遠くに光の点が現れました。この長い長いトンネルの終点、山の反対側への出口です。


 あまりにも長いようならトンネルの中で休憩も考えていましたが、やはり太陽の下でのびのびと休息を取った方が気持ちいい。出口が見えた以上は、この暗闇の中で足を止める理由が無くなりました。


 よし、あとひと糞張り頑張りましょう!


 あ、ひと張りですね。もー、ばっちぃなぁ。


 ねー、ルリ~。


ガブッ

いづぅっ」


 抱きかかえている腕を噛まれた私は声を上げます。それが暗闇の中に反響し、またもやトンネルの住人達を驚かせてしまいました。


 バサバサ、キィキィと騒ぐ彼ら。いやはや、大変失礼いたしました。侵入者はすぐに出ていくので、どうか許してください……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る