修羅場

カフェオレ

修羅場

「お前彼氏ができたのか‼︎」

 平井武ひらいたけしは夕飯の席で怒鳴り声をあげた。

 今しがた一人娘のもえから彼氏がいると聞かされたのだ。

「いいじゃないお父さん」

 夫の乱心をたしなめるように妻の幸恵ゆきえは言った。

 夕食を食べながら何気なく、幸恵が萌に休日の予定を聞くと、「彼氏とデート」と萌が当然のごとく答えたことにより、武の頭に血が昇った。

「そんなことは聞いてないぞ! 初耳だ!」

「言ってないもん」

 萌は唇を尖らせた。

「言ってないもんとはなんだ!」

「だからお父さんには言ってないってこと」

 萌は父親の前で彼氏のことを言うんじゃなかった、と後悔した。

「まあまあ、もう萌も中学生なのよ。彼氏の一人くらいできるわよ」

「中学生といったってお前、そんなん許されんぞ。そんなん」

 武の頭は混乱し、めちゃくちゃなことを言っているのに気づかない。

「じゃあお父さんは私に恋をするなって言うの? 勉強と部活だけやって、遊びは女の子の友達とだけ。先生やお父さんの言うことだけ聞いていればいいの?」

「それは違うぞ、違うけど。しかしなぁ……しかしだなぁ……」

 武は何事か説教でもしてやろうと思ったが続く言葉が出なかった。案外、萌がまともな反論をしてきたので狼狽えた。今や怒りよりも可愛い一人娘に彼氏ができた、というショックの方が大きくなりつつある。

「いいじゃないお父さん。吉田くんだっけ? お調子者だけど優しい子みたいだし」

 その瞬間、武の表情が凍りつく。

「吉田……? 吉田徹也よしだてつやか! 別れなさい‼︎ 彼とお前では……」

 今のいままで失念していた可能性。そうだ、萌の通う学校には吉田の息子がいる。萌が彼と付き合うことがあってはならない。このことは幸恵も知らない。

「吉田徹也? 違う違う。私の彼氏は冬馬の方よ、吉田冬馬よしだとうま

 萌は父親の言葉を訝しみながらも訂正した。

「そうか、だったらいいんだ。うん」

 武はほっとした。なんだ勘違いか、紛らわしい。危うく自分の隠し子と娘が結ばれるところだった。

「なんで徹也なら駄目で、冬馬ならいいのよ」

「お前には関係ない」

「は?」

 実際には大アリである。

「どうせすぐに別れるんだ。中学生の恋愛ってのはそんなもんだよ」

「それがねお父さん。吉田冬馬くんと萌、とっても仲がいいみたい」

 普段萌から惚気話を聞かされている幸恵は、挑発するように言った。

「うん、すごい気が合うの。好きなバンドのどの曲が好きとか、漫画の好きなシーンとか台詞とか一緒だし。あと、この前返されたテストで間違えてた問題が一緒で、しかも同じ間違え方してたの。点数も一緒。これもう運命じゃんって思ったの!」

 言って萌は少し恥ずかしくなったのか、顔が赤くなった。幸恵はそんな娘が可愛らしくて堪らず、武はますます気分が悪くなった。

「何が運命だ。中坊の分際で」

 彼氏が吉田徹也ではないと知り、安心したがそれでも胸糞が悪い。ひょっとしたらこの冬馬とやらも吉田徹也の血筋かもしれんぞ。可能性は潰すべきだ。別れろ別れろ。

「まあ私たちも中学生の頃から付き合ってるんだもの。人のことは言えないわよお父さん」

 幸恵がからかうように言うと、武は俯きながら母さんは黙ってなさいと照れ臭そうに反論した。それが可笑しくて幸恵と萌はくすくす笑った。

 萌はそんな両親を見てなんだかんだ仲が良くて微笑ましかった。こんな二人が羨ましくもあり、少し恥ずかしくも感じていた。

 しかし萌が、この二人が血のつながった実の兄妹と知るのは、もう少し先の話である。

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修羅場 カフェオレ @cafe443

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