第9話 みんな似てるけど、みんな違う

「こ、これはっ?! 一体、どのような状況と解釈いたせば……」


 ボクと夕霧を交互に見やりながら、信盛と名乗った人物は困惑しているようだった。


 確かに、朝っぱらから女同士が抱き合うなんて、いくらボクの知らない平安時代とはいえ、そんな朝の迎え方があるとは思えないもんね。


「の、信盛様!違うのです!これは違うのです!」


 必至に弁解しようとしている夕霧だが、そもそも何を基準にして違うと言ってるのかボクにはわからなかった。


「ふぅむ……まずは止水の如き心、ですな」


 そういって信盛さんはドカっとその場に座り込み、大きく深呼吸を始めた。そして深呼吸を終えると夕霧に、


「では、それがしにもわかるよう、ご説明願いますかな?」


 優しくも豪気そうな感じを帯びた声で言った。どうやらこの信盛って人は見かけによらず落ち着いた人みたいらしい。


 ……とはいっても信也に似てるせいで、落ち着きが無いような先入観があるだけだけど。


「は、はい……では」


 そうして夕霧は信盛さんに説明を始めた。信盛さんは夕霧に一切の口出しをすることなく、ただ相槌を打つだけだった。


 しかし、その相槌が実に良いタイミングで打たれるので、夕霧の説明は思った以上にスムーズにどんどん進んでいく。どうやらかなりの聞き上手のようだ。うん、これも信也に似ていない。


 ボクはと言うと、夕霧が離している間、信盛さんの顔をずっと観察し続けていた。確かに信也とそっくりなのだけど、所々にちょっとした相違点みたいなのがちらほらとあるんだよね。


 まず年齢。信也はボクと同級生だから17歳だ。でも目の前の信盛さんの顔には、年齢を感じさせる無精ヒゲが生えている。とても10代には見えないね。多分、若くても20代。おそらくは30代じゃないかと思う。


 次に身長。これも信也とボクは大体同じくらいなのに対し、信盛さんはパッと見なので確信はできないけど、ボクより大きいように見える。180は超えてるんじゃないかな?


 決定的なのが性格だろう。クソガキの信也に対して、豪気だけど落ち着いた感じのナイスミドルな信盛さん。無精ヒゲも相まって、チョイワルオヤジって呼び方がよく似合いそうだ。


 うぅむ……ボクと夕霧。信也と信盛さん。顔はそっくりだけど、性格がまるで反対みたい。


 ボクが勝手に納得している間に、夕霧の説明も終わったようだった。


「ふむ……」


 あごヒゲを右手の親指でもてあそびながら、信盛さんは何かを考えているようだった。それにしても絵になるなぁ。う~んマンダムって言わせたい。


 夕霧がボクの方へ顔を向けた。その顔はどうしたものかわからないと言ったような呆然とした感じだった。……いや、多分さっきの問題が解決してないことのほうが大きいようにも見える。


 ボクは気を使って、向かい合う夕霧と信盛の間に移動をはじめた。今度はずっこけないように、慎重に――――ね。


 そして信盛さんの前に向かい合うようにして座り、夕霧を信盛さんの視界から隠してあげた。


 すると夕霧は待ってましたと言わんばかりに、さささっと手元にあったもので自分の座っていた場所を信盛さんに気付かれないように拭き始めた。


 ……手元にあった布とはいえ、ボクのパンツで拭いているのにはちょっと抵抗があるけどね。


 だけど、こんな風になったのはボクのせいなんだし、ここは我慢するしかないよね。平安時代ってどうやって洗濯するのかしらないけど、洗濯くらいはできるはずだろうし。


 夕霧から信盛さんに視線を戻すと、信盛さんの顔がとても近くまで来ていた。


「わわっ!」


 驚いてバランスを崩したボクが後ろに倒れる。もちろん、後ろには必死に床を拭いていた夕霧がいるのは言うまでもない。


「あぅ……」


 夕霧の切ないうめき声が聞こえた。さっきと同じようにボクと夕霧は抱き合うように潰れていた。


 たださっきと違うところは、床近くのボクの鼻先に少し湿り気を帯びたボクのパンツがあるところだ。それに気付いたらしい夕霧が急いでそれを握って衣装箱へと放り投げた。


「うん?今何か飛んでいきましたかな?」

「何もっ!!」「いいえっ!!」


 ボクと夕霧は同時に否定したけど、これだと遠まわしに認めているのと一緒じゃないかなぁ……


 それを察してくれたのか、ふむふむと信盛さんは頷き、


「お二方がそう申されるのなら、そうなのでしょうなぁ!」


 と大人の対応をしてくれた。あぁ……良い人だなぁ……顔がそっくりなどこかの誰かさんとは大違いだよ。


「驚かせたようで申し訳ありません。ささ、お手を」


 信盛さんはボクに手を差し出してくれた。ボクがその手を握ると、力強くボクを引き起こしてくれた。


「あ、ありがとうございます……」


 なんだろう。なぜか妙に照れちゃうな。やっぱりアイツの顔とそっくりのせいなんだろうな。


 それを横で見ていた夕霧がぷくっと頬を膨らませ、


「私はお手をいただけないのですか?」


 不満そうに訴えた。


「はっはっ! これはおかしなことをおっしゃりますな! 過日に申したではありませぬか? 夕霧殿はもう大人でございますと」

「それとこれとは別でございますっ! 複雑な女心をご理解くださいませ!」

「いやっ! これは一本とられましたなぁ! そのようなことを申されると手を出さずにはおられぬというものです!」


 そう言って信盛さんは先ほどの真剣そうな面持ちを嘘のように破顔させながら、夕霧の身体を引き起こした。


 そしてボクと夕霧が隣同士に座り、信盛さんがボク達に向かい合うように座りなおした。


「されど、確かに生き写しのようでござりますなぁ……」


 信盛さんがボクと夕霧を見比べながら言った。そして胸元に目がいくと、


「まっ、顔以外はまったく似ておらぬようでござりまするなぁ!!」


 明らかに触れちゃいけない地雷を全力で踏み抜いたのだった。案の定というべきか夕霧が、


「どこで……そう思われましたか?」


 と、不穏な空気をまといながら信盛さんに問いただす。


「おや? 見てわからぬのでござりまするか? ならば夕霧殿はどうやら眼病の類にかかっておられるやもしれませぬなぁ!!」


 がははっと快活な笑い声を響かせながら信盛さんは言った。


 すごい。この人怖いもの知らずにも程があるよ。大人のようだと思ったボクの考えは大きく間違っていたのかもしれない。


 心配になってボクは夕霧の方へ視線を移した。すると怒ってるかと思いきや、夕霧は優しい笑みを浮かべ、


「はぁ……わかってはいましたが、そこまでハッキリと申されましたら反論の余地もございません」


 と返したのだった。あれれ、ボクの時と反応が違いすぎないかなぁ?


「おっと、これはなんとも礼儀を失したふるまいでございましたな」


 うん、夕霧――ひいては胸が控えめな女性全員に対して礼儀が出来ていなかったと思うよ。


 だけどそんなボクの思いとはまったく違う言葉が信盛さんの口からついてでた。


「私は平信盛たいらののぶもりと申します。こちらにおわす、夕霧殿のお世話係をおおせつかっておるものでございます」


 そっちかよっ!とは思ったけど、そういう事を気にするような人なら、さっき夕霧に言ったようなことはそもそも口にはしないだろう。


 なんとなく納得しながら、ボクも信盛さんに自己紹介を返した。


「ボクは源 夕映。北条学園に通う高校二年生だよ」


 言った後にボクは後悔した。夕霧だからこそ、ボクのいつもの軽い感じの言葉遣いで許してくれてるわけであって、信盛さんはひょっとしたら――――。


「ふむ?最後の方はよくわかりませぬが、とりあえず名前がわかればよろしいでしょう!」


 がははっと快活な笑い声をあげた。全然気にしてないらしい。ひょっとすると夕霧がさっき説明していた中で、それとなく言ってくれたのかもしれないな。


「されど、某の思案するとおりでございましたなぁ!言葉遣いがまったくもって粗暴に近い具合でござります!まぁ、それが許される雰囲気もお持ちのようですし、それもまた魅力の一つでござりましょう!」


 ……どうやら夕霧は伝えてなかったみたいだ。それになんだろう?褒められてるのか貶されてるのかよくわからないからこそ、とってもムカツクね。


 信也と同じ顔っていうスパイスのせいか、ついボクのいつものくせが出てしまった。


「うっうるさい!」


 はずみで信盛さんの顔に思いっきりビンタをしかけちゃった。でも信盛さんはボクのビンタを手で受け止め、


「おぉ、これは粗相をいたしてしまった様子。申し訳ありません、ほれこの通り」


 とボクの手を握ったままペコペコと小刻みに頭を下げたのだった。


「い、いえ……ボクのほうこそ、ごめんなさい」


 まさか受け止められるとは思わなかった。でも手をあげたことには変わりはないわけだし、しっかり謝っておかないと。


「ゆっ夕映様……!」


 夕霧がボクを戒めるように膝を叩いた。


「あ~構いませぬよ!されど、某の申したことは間違いではござりませんでしたでしょう?」


 ボクと夕霧は顔を見合わせた。


「似ているのは顔だけで、他の所は似ておらぬ、と」


 今度はボクも反論ができなかった。

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桜華月~少女の想いは悠久の時を超えて~ 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

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