猫が消えた街

石動 朔

登場人物は二人と、その他大勢です

:都内私立男子校の高校2年生

「ほら、これだよ。ハピハピハッピーハーッピー♪」

 そう言われ画面を覗いてみると、荒い輪郭に切り取られたガビガビの画質の子猫が、手を叩いてジャンプしている。

「猫ミーム、今めっちゃ流行ってんだよ。ってその顔、まじで知らないのかwww」

 普段絡んでいる奴らは俺のキョトンとした顔を見て、大笑いする。


「しゃーねーだろw」とそう笑う俺は、内心以居心地の悪さに嫌気がさしている。

 陽キャ集団なんかに中途半端で関わっているとロクなことにならないのは自分でもわかっている。それでもこれしか学校生活で生き残る道はないんだ。

 今日という待ちに待ったスマホデビュー記念日を喜んで欲しいと、俺は喉元まで出かけた願望を押し込んで、バイトあるからと駆け足で学校の外へ出た。


 帰り道、例の猫ミームとやらが気になった俺はたどたどしくな行を連打し、「の」まで行ってしまうのを二回繰り返えすという調子で五文字を打ち、ようやく検索ボタンを押してその動画を見る。


チピ チピ チャパ チャパ

ドゥビ ドゥビ ダバ ダバ

マヒコミドゥビ ドゥビ

ブン ブン ブン ブン


 相変わらず画質が悪い猫が陽気にドアップで動いている動画が永遠と続く。

 やっぱり俺は、あいつらがどうして盛り上がるのか意味が分からなかった。実際この猫たちは飼い主に動かされているだけで、自分ではその意思なんかないだろう。

 別に俺はアンチという訳でもなく、人の感じ方はそれぞれで良いと思う。それでも...ん?


 足元見ると、一匹の子猫が俺の足にまとわりついて離れない。

 しかしよく見てみると、その目線は俺ではなくスマホに向かっている。

「まじか、この音源、猫引き寄せんのか」

 今まで近づいていたら逃げられていたのに、これを流せば一発で猫が寄った。

 

 新たな発見に、俺の心臓の鼓動は速くなっていった。


 家に着くころには、溢れんばかりの猫が俺の後に続いていた。

 まるで自分のしもべの様に大人しくついて来る猫たちを見て、俺は優越感にどっぷりとつかってしまう。

 誰かの上に立つという経験がなかった俺は、数十匹の猫をつれただけで大様気取りになっていた。

 

 しかしこの量を家に居れることはできない。まして、うちは動物禁止であるため一匹も入れることができない。

 

 俺は小事案の末に、その音源を閉じる。

 先ほどまで歩いていた猫が一斉に止まり、今度は俺の目を見つめてきた。


「な、なんだよ。遊びは終わりだ!。公園に行っておじちゃんからエサもらいに行ってこい!」

 そう言って俺は、いつまでも見つめる猫たちに気味悪さを覚え、逃げる様に家のドアへ駆け込んだ。



:都内勤務の清掃員

 おかしい。いつもの帰り道に見る猫が一匹も見つからない。

 ほら、公園にいるおじちゃんも悲しそうにしている。

 

 まぁ、そんな日もあるよな。猫って気まぐれだし。

 そう思ってスマホを開くと、そこには2の文字が3つ続いている。

「よりによって、この日にねぇ」


 その時、ドドドドドドドドドとなにか非現実的な音が近くから聞こえた。

 何事だと思って音の方へ向くと、一匹の黒猫が佇んでいる。


 みー


 そう鳴いた黒猫は音の方角へ走っていく。

 理由もなくあの猫に見つめられた私は、その真意を探るために無意識に走り始めていた。


 少し息を切らしながら、私は黒猫が入っていった一軒に立ち止まる。膝に置いた片腕を持ち上げ、額に流れた汗をぬぐい、私は唾をごくりと飲み込む。


 息を潜めながらゆっくりと扉を開けると、何か鼻に刺激的な匂いが入って来る。

 なんだ?この匂いは。まるで何かが腐った様な、獣の様な...


 私は袖で口と鼻を塞ぎ、奥から聞こえてくる軽快なリズムの何かを目指し、靴を脱ぐことも忘れて歩き始める。

 狭まった視界でドアの取っ手を見つけ、それを捻る。


 勢い良く開けたドアの向こうは、カーテンが閉め切られていて暗い。しかし、奥のテレビだけはついていた。


ヘイヘイ ユーユー

アイドンライクユアガールフレンッ♪


 目が慣れて、視界がより明瞭になってくる。

 一歩進むと、何か柔らかいものが俺の足先から脛にかけて押し込まれた。

 慌てて後ろへ下がると、二つに並んだ鋭い眼光が部屋中を満たしている事に気づき、俺は衝動的に壁を手当たり次第に探って、照明をつける。


 そして目に移ったその景色に、私は息ができなくなっていた。

 床が見えない程に埋め尽くされたそれは、私を現実から引き離すような感覚に陥らせる。

 二本立ちで、リズムをノリに乗って刻んで。


 猫って、こんな器用に踊れるんだ...


 私は頬をつねり、叩いて、深呼吸をし、そしておもむろに作業服を脱ぐ。



 一人の男は、大勢の猫の中心へと足を踏み入れて行った。

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猫が消えた街 石動 朔 @sunameri3

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