第5話 春 その5
簡単に自室とキッチンを箒で掃除し、でかける準備が整った。白いマフラーと手袋をはめて、カバンももった。護身用の組み立て式棍棒を腰の裏に差し、ブーツを履いて家の戸締りもした。
「さて」
だいぶ日は伸びたが春分には少し遠い。できれば16時には家に帰っていたい。
帰りは馬車を使うが、そこから徒歩で山まで戻ってくる間一人で歩くのが少し不安だ。ここら辺の山や森にすむ生き物は、動物にしろ魔獣にしろ日中は人の気配があれば自らは近寄らない。大型の生き物も少なく、夜家が襲われたこともない。
だが、夕方は一部の獣にとっては狩りの時間のはじまりである。山で一人暮らしをする以上、ある程度戦うことはリューネにもできるが、安全のためには幾重にも対策しておいた方が良い。
リューネは家の裏手にまわり森に向かって声をかけた。
「白雪ー!町へ行くから帰りに迎えにきてくれる?」
さわり、と森の気配が変わった。
家より奥の標高の高い森の方から、枝がしなる音と木々がこすれあう音がし、だんだん気配が近づいて来るのがわかる。木の枝をジャンプしながらこちらに向かってきているようだ。
すると森の入口から伸びる小道に大きな生き物が飛び降りてきた。大きさの割には大きな音を立てず、優雅だ。
その獣はリューネと身長が同じほどもありる大きなネコのようで、やや細身な真っ白い体に長いふわふわの尾をもっていた。大きくとがった耳の先と尾の先は黒く染まり、大きな目は月を思わせる金色だ。
獣はリューネの前まで来るとお座りをしてリューネを見た。
「しらゆき、おはよう」
獣は首に抱きつかれるとおとなしくもみくちゃに撫でられた。やや強い抱擁に眉間にシワが寄っている。
その生き物は白雪という名前で以前は母と一緒に旅をしていたのだという。父と結婚した後は裏の森に住み着き、季節や日によって家と森を好きに行き来している。
母が幼いころから共に過ごしていたそうだが、白雪に似た動物が図鑑でも見つからないため、おそらくだが、まだ見つかっていない動物か魔獣か精霊なのだろう。
都会にいる母に着いていかず、リューネを守るため、こうして森に居てくれている。とても賢く人語を理解しているため人を怖がらないが、以前珍しがられて面倒なことになったため、あまり人前には出ないようにしている。
白雪はしゃべらないがその神秘的な瞳と仕草で感情を伝えることができた。
リューネと目を合わせるとまるで笑うかのように鼻をならし、左手を尾で柔らかくなでると森へ足を向ける。枝にジャンプする前にリューネを一瞥し、尾を何度か振ってから奥に消えた。
白雪はオスなのかな、メスなのかな。
長年の疑問を浮かべながらリューネは町へ歩き出した。
リューネ 眼鏡 レンズ @mochipoko
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