その3 猫も興奮、銀河系の大変動

「シャムとタイランドロングテイルの雑種の中に、スタンディングリバー・ブラインドキャットというのが度々生まれます」

 黒服おじさんは早口に、聞いたこともないような猫の名前を並べた。スタンディング……なんだって?

「こいつは、視力を持たない品種なんですが、その中に数百万分の一くらいの割合で、質量そのものの変動を感知して視力の代わりにできる個体が生まれるのですよ。我々は『タイダル』と呼んでいます」


 あのねおっさん、あんた何言ってんの? と私は思った。ボン・ボヤージ、ちゃんと見えてるし、と言いかけて、私はレーザポインターの件を思い出した。明らかに、あれは見えていなかった。光点に、質量はない。


「しかし……それじゃまるでSF、超能力キャットだ」

「ええ、そうなんです。ほとんど超能力ですよね」

 と黒服はあっさりうなずいた。

「で、ここからが本題です。我々は、彼らの能力を必要としているのです。今、銀河系の最深部で何かが起きています。予想では、今後半年以内に、二つの超新星が生まれる。そこで、彼ら『タイダル』による重力波解析チームを編成して、銀河で何が起こっているのか突き止めようとしているのです。ぜひ、協力をお願いしたい」

 銀河? 重力波? 私は思わず、ボン・ボヤージに目を遣った。彼はのんきそうな顔で、私をじっと見ている。いや、見てはいないのか……。


「話が大きすぎるし……唐突すぎますよ。協力と言われても、どうすればいいのですか」

「地上ではノイズが多いので、分析は宇宙空間で行います。つまり、ボンソワール君には、宇宙ステーションにおいでいただくことに」

「冗談じゃない。こんな年寄り猫を、一匹で宇宙に行かせようってのか」

「一匹じゃないんですよ。それに」

 黒服は再び、にやりと笑うのに相当する表情を作った。

「長期のプロジェクトになりますから、ニャンコ君たちの心の安定のためにも、飼い主のみなさんにもご協力いただかなければ、ね」


 何が「国民には迷惑をおかけしない」だ、と私は一人毒づいた。

 結局、仕事を辞めざるを得なくなってしまった。家にもいつ帰れるか、分からない。しかしまあ、給金はそれに見合うものではあった。一年も続ければ、死ぬまで働かなくても済むような蓄えができるだろう。

 ロケットに乗り込んだ私とボン・ボヤージに、お別れのあいさつにやって来た例の黒服は、最後に何か気の利いたことを言おうとでも思ったのか、「良い航海を!ボン・ボヤージ」と叫んだ。猫の名前を「ボンソワール」だと思い込んだままだったあいつだが、ようやく別れ際になって、正しい名前を呼んだわけである。


「タイダル」の一匹が、私の膝の上に乗ってきた。

 足元にはボン・ボヤージ、私が座っているソファーの背もたれでもまた、一匹眠っている。ミッドセンチュリー系インテリアで統一された室内のあちこちに、ソファーやテーブル、それにイームズチェアが置かれていて、同じような顔をした猫たちが、各々自分の飼い主や、他の人間たちに甘えていた。どう見ても、どこかの猫カフェだ。ここが宇宙ステーションの中だなんて、この光景からは想像もつかないだろうが、窓の外は漆黒の宇宙空間だ。

 その様子を、白衣を着た研究者たちが、真剣な表情で記録している。こんなの、意味あるのかね。


 ふいに、猫たちが動きを止めた。同じ方向を向いて、一斉ににゃあにゃあをやり始める。やがて、鳴いているだけではおさまりがつかなくなったのか、一匹が室内を走り回り始めた。他の猫たちにも、たちまち伝染して、宇宙ステーション内は上を下への大騒ぎとなった。老齢のボン・ボヤージだけが、私の足元に座ったまま、にゃごにゃご言っている。


 猫たちのこの激しい興奮ぶりはただごとではなく、何らかの大変動が起きているのは間違いなさそうだった。高い給金でいくら蓄えができたって、宇宙が滅びてしまえば何の意味もないだろう。しかし一体そこで何が起きているのか、私に知る術はないのだった。

 窓の向こうに、また一つ輝きが現れた。星の終わり。この次が、我らが太陽の番ではありませんように。

(終わり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫も興奮(全3話) 天野橋立 @hashidateamano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ