その2 訪問、MIBっぽい黒服おじさんたち
そんなことをすっかり忘れて、また数ヶ月後の夜。またしても彼は、天井に向かってにゃあにゃあをやり始めた。これはもしや、と私はベランダに出て、星空を見上げる。やはりだった。前の超新星と並んで、もう一つ新しい星ができていた。一緒にベランダに出てきた彼は、今度は私の顔を見て、意味ありげにナーゴとやった。こいつ、ほんとにすごいんじゃないかと、さすがに私も驚いた。
翌日はたまたまボン・ボヤージの健康診断で、私は彼を市の動物愛護センターへと連れて行った。籠も車も大嫌いな彼は、しきりににゃあにゃあと抗議をするのだったが、それははっきりと私への抗議と分かる鳴き方であって、地震や星の爆発とは全く違う。
ボンくんに何か変わったことはありませんか、とセンターの獣医さんに聞かれた私は、いやあんまり関係ないとは思いますがと前置きして、先日からのことをジョーク混じりに説明してみせた。若い女性の獣医さんは、笑いながら話を聞いてくれて、受けた受けたと喜びながら、私は彼と一緒に部屋へ帰ってきた。
その夜、部屋にやって来たのは、鳥では無かった。獣医さんが遊びに来てくれたのなら嬉しかっただろうけど、それも違っていた。呼び鈴を鳴らしたのは、黒服にサングラスの、三人の男たちだった。ドアスコープからその姿を確認した私は、思わず警察署に電話をしようとした。しかし、「怪しいものじゃありません、どう見ても怪しいですが、怪しくないんです」と連呼する彼らが、スコープの向こうで示して見せたのは国家公務員の身分証明書だった。
「あの、何のご用でしょうか?」
念のためドアチェーンは外さず、ドアの隙間から私は彼らに尋ねた。
「夜分遅く申し訳ございません」
黒服の一人、額の禿げ上がり具合から、最年長と思える男が、ペコペコと頭を下げた。
「私どもは、科学技術庁の特別機動班に属しておるものでして、主に宇宙関連の超常的現象の発生について調査を行っておるのですが」
な、何だって、と私は身構える。つまりはMIB《メン・イン・ブラック》ということか。
「いや、確かにそんな雰囲気で、諸外国の例を参考にしてやらせていただいておるのですが、国民のみなさまに迷惑をおかけするような、そのようなことは決してございませんので、MIBとは違いますから、ご安心を」
とおじさんはまたペコペコと頭を下げた。
まあ、そこまで言うのなら大丈夫だろう、第一弱そうだしと思って、私は彼らを部屋に上げた。どうぞお座りくださいとソファーを指し示すと、そこには先客がいる。もちろん、ボン・ボヤージだ。
ところが、彼を見た黒服たちの挙動が、どうもおかしい。
「これが、あの」
「耳が大きい。これで質量の変動を」
「目で見てはいませんね。光学的には、全く」
などと、なにやら真剣な顔で話し込んでいる。
「あの、こいつがどうかしましたか?」
「はい、実は」
と黒服最年長がうなずいた。
「我々は、このニャンコ君のことでこちらに参ったのであります」
「はあ?」
「先日来の、二度に渡る超新星出現の際に、こちらのニャンコ君……」
「ボン・ボヤージって言うんです、彼は」
「これは失礼。そのボンソワール君が、出現を感知されたとお聞きしました。申し訳ないのですが、私どもは各地の動物愛護センターから情報の提供を受けておりまして、その点については法令にも根拠が」
「いや、感知って言うか、なんか気配を感じて騒いでただけですよ」
「ボンソワール君とは、どちらで出会われましたか?」
おっさんは、私の言葉を無視して続けた。
「どちらで、ってあれですよ。駅前交番の前に段ボールに入れられて、薄暗いところでニャーニャー言ってたのを私が拾って」
「では、彼の種族はご存知ない」
「種族? 猫でしょうそりゃ」
「いや失礼、品種というべきでした」
「シャムの雑種と聞いてますが」
「そうなんですが、この人はちょっと特別でしてね」
黒服はにやりと笑った……つもりなのだろうけど、なんだか弱々しく眉が下がっただけだった。
(その3「最終話・猫も興奮、銀河系の大変動」に続く)
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