異世界帰りの赤ん坊

あおいるか

異世界帰りの赤ん坊

休日。両親が預かっている親戚の赤ん坊の面倒を俺に任せて遊びに行ってしまった。

残された俺は泣き叫ぶ赤ん坊のオムツを取り替える。思わずため息が漏れた。

どうして現実はこんなにもつまらないのだろうか。


「異世界転生して冒険してみたいなぁ」


 思わず願望が滲み出てしまう。すると。


「冒険なんてしない方が良いですよ」


 赤ん坊が喋り出した。赤ん坊が喋り出した⁈


「はぁ。子供のフリをするのも大変ですね」


 俺を置いてペラペラ喋る赤ん坊。俺はなんとか言葉を絞り出す。


「なんで喋って……?」

「見てわかりませんか?」

「わかる訳ないだろ」


 慇懃無礼な態度に口調が荒くなってしまう。


「転生したんですよ。僕は異世界から帰ってきたんです」


「異世界⁈」


 思わずテンションが上がってしまう。


「異世界って魔法があって魔王とか魔物が居て可愛い女の子がたくさんいるあの⁈」

「その異世界です」

「すげー!」


 異世界転生本当にあったのか!


「ところであなた誰ですか。自己紹介くらいしたらどうですか?」


 上から目線なのは気になるが答える。


「俺は斉藤裕太。高校生だ」

「斎藤裕太。平凡な名前ですね」


 鼻で笑われた。ぶん殴ってやろうか。


「お前も苗字斎藤だろ。同じじゃないか」

「僕はあなたと違い、斎藤騎士(ナイト)という特別な名前があります」

「重くないか?その名前」


名前負けにも程がある。でも今はそんなことより異世界だ。


「異世界では何やってたんだ?」

「勇者やってました」


 勇者という言葉にテンションが上がるも、疑問が湧く。こんな慇懃無礼な奴が勇者?


「証拠ならありますよ」


 こちらの疑念が伝わったのか騎士が呪文の様な言葉を呟くと腕を掲げる。その腕に何かの模様が浮かび上がる。

 まさか。


「勇者の証みたいな⁈」

「いえ、これは異世界で付けられたキスマークです」

「ふざけんな」


 よく見ると無数のキスマークがタトゥーの様に腕に浮かんでいる。普通の赤ん坊にはないものだ。


「勇者だからモテモテと言う訳です。信じて頂けましたか?」


「……信じるよ。それで、可愛い女の子と冒険したんだろ?最高じゃん」


 俺の発言に騎士はため息をつく。


「あなたは冒険に夢を見過ぎです。常に危険と隣り合わせなんですよ?」

「でも可愛い女の子いるじゃん……」

「どんなに見た目が良くても風呂に入らなきゃ臭いますよ」

「なんてこと言うんだお前」 


 駄目だ。こいつと話していると夢が破壊されていく。

 頭を抱える俺に騎士が口を開く。


「疑問なんですが、あなたは何でそこまで異世界の冒険に憧れてるんですか」

「それは……可愛い女の子が……」

「現実にも可愛い女の子はいますよ」

「勇者になればチヤホヤされるし……」

「勇者をするのは簡単ではありません。甘い考えじゃ死ぬだけです」

「ぐ……」

「この世界でも挑戦という名の冒険はいくらでも出来ます。それに可愛い女の子とだ

って努力すれば付き合えるかもしれない」


 騎士は一呼吸置くと決定的な事を口にする。


「僕が思うにあなたは異世界という幻想に縋り、現実から逃げているだけじゃないですか?」


 悔しいがその通りだった。俺は現実から目を逸らしていたのかもしれない。


「確かにお前の言う通りだ。……これからは現実にも目を向けるようにするよ」

「それがいいでしょう」


 慇懃無礼で女性にだらしないクズかと思ったが、良いことも言うんだな。

 そこでふと疑問が浮かんだ俺は騎士に聞いてみることにした。


「そういえば、異世界から転生して帰ってきたってことは向こうで死んだってことだろ?魔王と相打ちになったのか?」

「いえ、魔王は普通に倒しましたよ」

「じゃあなんで?」


 すると騎士はペロリと舌を出して言った。


「女性関係で冒険したら刺されて死にました」

「感動を返せ」



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異世界帰りの赤ん坊 あおいるか @iruka15

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