世界で一番可愛い子

おおいぬ喜翠

世界で一番可愛い子

 皆さん猫は好きですか? 私は大好きです。


 今回はカクヨム文芸部さんの公式自主企画「猫好きに刺さる小説・エッセイ」大募集!という告知を拝見して、たまにはずっと胸に仕舞ってきた、私の世界一可愛い猫の事を文にしてみようと思って筆を執りました。

 

 勿論どの飼い主さんも、自身の飼い猫が世界一可愛いと思うに違いありません。私もそうです。これは私の世界一可愛い猫の話です。

 世の中には世界一可愛い猫の話が沢山あるに違いありません。その中のひとつ、私の最愛の、世界一可愛い猫の話を良かったら聞いてやってください。


 ほんの少しだけ、都合の良い勘違いかオカルトのような話が入ります。



 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 我が家は長らく犬派でした。

 幼少時はジュウシマツ(六羽いて全員名前がピー子だった雑っぷり)も居ましたが、それ以外では初代犬(近所で貰って来た雑種)と、二代目犬(ミニチュアダックス)しか飼った事の無い、犬派一家だったのです。


 最近では室内飼いの犬も多いですが、昭和の頃は外飼いの犬が主流だったように思います。サザエさんの伊佐坂先生の家のハチのように、庭に犬小屋があり、そこに犬が住まう形が私の周囲では大多数でした。

 勿論可愛がってはいたのですが外飼いという事もあり、家の中に居る時は接点が無く、他と比べると思い出も少ないように思います。それが二代目の室内飼いの犬で一変しました。


 二代目は、初代のロスに耐えきれなかった父(犬好き)が知り合いから貰って来たミニチュアダックスの女の子でした。今までTHE・雑種しか飼っていなかった我が家では「こんな高級そうな犬は室内で育てなくてはならないだろう」とどよめき、彼女は室内で飼われる事になりました。

 

 同じ家の中で暮らす彼女は、見る間に家族のアイドルになりました。外飼いと室内飼いの違いを此処で思い知りました。密接なのです。接する時間が長いからなのか、彼女は初代よりも人間味のような感情が多く窺え、新たな家族が増えたような気持ちになりました。初代と比べる訳ではありません。初代も家族でしたし、とても可愛かったです。ただ日々過ごす距離と時間がまったく違いました。


 彼女は父の“相棒”でした。父の事が大好きで、セカンドバッグのように抱えられて常に行動を共にしていました。私も嫌われている訳ではありませんでしたが、家族の中で順位は低く、当時は父を羨ましく思っていたものです。


 そんな私にも、ついに“相棒”の出来る運命が訪れました。

 母が職場の駐車場に住み着いていた、小さな野良猫を拾ってきたのです。その野良猫は、恐らく生まれて一年も経っていないでしょう。まだ目は青かったです。薄汚れてがりがりで、客商売である母の会社も従業員も迷惑をしていたと聞きます。

 

 母は気になりつつも、家には犬が居るから……と見て見ぬふりをしていたのですが、ある雨の日についに目が合ってしまったそうです。母は悩みました。悩んだ末、少し離れた場所に餌を置いて、車に戻ろうとしました。それでも野良猫は母に助けを求めるように鳴いていて、悩みぬいた母は、地面を指で叩いて野良猫が此方に来たら連れて帰ろう、餌の方へ行くならそれでよし――と賭けをしました。


 結果、地面を指で叩いた途端に野良猫は母の方へと駆け寄ってきて、母は賭けに勝ったのか負けたのか、仔猫を連れ帰る事になりました。

 私が仕事を終えて携帯を見ると、母から『どうしよう! 猫を拾ってしまった!』と焦った留守電が入っており、私も慌てました。同時にすごくドキドキしました。当時の私は確かに犬派でしたが、友人の家などで見る猫は非常に可愛く憧れがあったのです。


 私は慌てて家に帰り、母の帰りを待ちました。母は獣医さんに寄ったり、猫缶などを買っていたので私より帰りが遅くなりました。待っていると、玄関の扉が開いて仔猫を抱えた母が戻ってきました。

 一目見た瞬間、何て可愛いんだろうと思いました。がりがりで、小さくて、鼻水と目ヤニだらけで、身体の毛の半分が剥げていました。それでも彼は――男の子です、何とも素敵な見た事の無い、例えるならヤクルトのような毛色をしていたのです。駐車場では汚いと嫌われていたようですが、私はなんて可愛いんだという感想しか浮かびませんでした。


 ひとまず一室にケージを用意し彼をしまい、母と私は父と兄にどう説明しようかと相談しました。父は前々から、家には犬が居るから猫は駄目だと、兄は喘息持ちなのでこれ以上動物が増えるのは嫌だと言う事を知っていたからです。

 結局数日の事だと、里親をすぐに探すからという事で何とか納得してもらい、数日彼は家で暮らす事になりました。


 数日の事とはいえ、私は仔猫に『もう大丈夫だよ』『これからは怖い事は何もないよ』と伝えて安心させる為に何度も訪れていました。

 

 母猫に甘えたい年頃だったのか、彼は餌に見向きもせず、人が来ると必死で鳴いて身体を擦り付けてくるのです。上から見た彼の身体は、厚みが3cmしか無く、酷くあばらが浮いていました。ストレスとダニアレルギーで体毛も半分ほど禿げており、残った毛もタールのようなもので所々真っ黒に汚れていました。本当によく生きていたものだと思います。保護されるまでの彼の辛さを思うと見る度に涙が出ました。


 数日の保護という事でしたが、最初に折れたのは父でした。相棒である二代目犬が、吠えもせず彼の事を受け入れてくれたのが決め手でした。兄は少しごねていましたが、絶対に兄の部屋には入れない事を条件に渋々折れてくれました。

 喘息持ちなので賛否両論あるかとは思いますが、元々軽度だった事と、結局飼っても影響は無かった事、更には彼も最終的にほだされてしまったので我が家に関しては良しとしています。


 こうして晴れて彼はうちの子になりました。

 リビングと父の部屋は二代目犬の場所だったので、彼は主に私の部屋で暮らす事になりました。仔猫の内は色んな悪戯をして困った事もありましたが、大人になってからはとても良い子でした。


 母も手厚く世話をしてくれていたのと拾った張本人なので、一番母に懐くかと思いきや、気付けば私に一番懐いていました。恥ずかしいのか人前ではつれないのですが、二人きりになると私にべったりと甘えて離れないようになりました。

 穏やかでおっとりした気性の子で、シャー! という威嚇は初めて家に来た日、二代目犬が初めて近付いて怖かった時しか見た事がありません。良くも悪くも警戒心の無い、誰にでも触らせてくれる猫に成長しました。


 二代目犬とも仲が良く、毛づくろいをしてあげてはウザがられたり、ぺっとりくっ付いて寝ている姿もよく見かけました。猫の方の愛が重く、二代目犬の方はややつれなかったですが。それでも猫が他の犬に威嚇されているのに気付かずのこのこ近付こうとしている時(鈍さの極み)などは、必死で吠えて守ってくれたりと彼らにも友情があったのだと思います。私達は猫の事を絶対に戦わない男、ガンジー(本名は別です)と呼んでいました。


 そんな猫ですが、禿げていた毛もすっかりと生え、私は犬しか知らなかったので猫に腹毛が生える事を知りませんでした。禿げていただけでした。腹毛もふさふさになった彼は身体が大きくなると、私と一緒に同じ布団で眠るようになりました。

 これが中々至福であり辛い時間です。彼は脇に挟まり、前脚と顎を私の肩関節に乗せて寝るのを好んだのですが、暫くすると肩に激痛が走るのです。

 耐えかねてそっと外して脇を閉じると、また挟んでくれるまでしつこく前脚で、ちょっと、ちょっと、とやってくるのです。完全な睡眠妨害です。


 睡眠を確保する為に数年彼と戦い、やがて挟まず顔の横にくっ付いて貰って寝る、という事でお互い何とか折り合いが付きました。ですがこれはこれで寝れないのです。くっ付けた耳にダイレクトアタックしてくる爆音のゴロゴロ。猫のゴロゴロ音は健康に良いと聞いた事がありますが、音が大き過ぎて寝つけませんでした。そして夏は暑い。とても暑い。当時の私はいつも彼のお陰で寝不足でした。それでも母は「私が拾ったのに!」と羨ましがっていました。


 猫はあまり運動神経も良くありません。ベランダに落ちた死にかけのセミを獲る事が精一杯です。ベランダの手摺に登って冒険するのが好きなようでしたが、一度庭に落ちてからは(怪我はありません)、二度と登らなくなりました。拾われる前に骨折したのか、猫は鍵尻尾でした。この鍵尻尾が引っ掛かって前に進めないのに、必死で前に進もうとするようなどん臭い猫でした。

 けれど穏やかで性格が良く、誰にも怒らない愛すべき猫でした。犬と一緒にハーネスを付けて、人間の首に巻いたまま散歩が出来る上、ご近所さんが触っても嫌がらないような猫でした。家族の皆が彼を愛し、数年経つ頃にはすっかり家族の一員でした。


 そんな彼ですが、一度だけ行方不明になった事があります。

 母の不注意で外に出したまま、戻すのを忘れてしまい、気付いた頃には何処にも居なかったのです。私達は必死で探し回り、保健所にも届け出て、その日は見つかりませんでした。あんなどん臭い誰とも戦えない猫が外で生きていける筈が無い、と胸が潰れそうな思いでその日は遅くに眠りにつきました。


 明け方に夢を見ました。猫が見付かったという報せが届く夢です。泣きながら目覚めると、それは夢だったので私は更に泣きました。その時インターホンが鳴り、家族が誰かと話していました。昨日の内に近所の方が猫を警察に届けてくれていて、今朝探している事を聞きつけて報せに来て下さったのです。

 私と母で慌てて警察へ向かい、猫を引き取りに行きました。猫はがらんとした倉庫のような広い場所で、毛布の入ったケージに入れられており、私達を見るとアオーン!アオーン! と不安を訴える時の声でずっと鳴いていました。

 

 泣きながら抱き締めて連れて帰り、戻っても暫くはずっと鳴いていました。それでも私のベッドで撫でる内、いつものゴロゴロに戻って酷く安心したのを覚えています。あと一晩色んな保護動物が入れられていただろうケージの毛布の上に居たので、大変な臭いが移ってしまっており、申し訳なく思いつつも帰宅早々洗わせて貰ったのを覚えています。


 そんな風に暮らす内、家族に新たな猫が加わる事になります。ので、彼の方を初代猫、新たな猫を二代目猫とします。二代目猫は可愛い女の子で、まだ二ヶ月程の仔猫でした。元野良で、母の知り合いが引き取るというので母が捕獲し数日預かっていたのですが、その話が流れてしまい今更また戻すのも……という経緯でなし崩しで我が家に加わった二匹目です。


 二代目猫は勝ち気で野生が強く、実に猫らしい猫でした。ガンジーである初代猫は追われたり猫パンチをされたり、家族も割って入ったものの、縄張りを大分奪われてしまい、初代猫の縄張りは私の部屋だけになりました。

 ちなみに二代目猫は母の事が大好きなので、彼女もついに相棒猫を得る事となりました。母に甘える時の二代目猫は赤ちゃんのように可愛らしいです。


 それからずっと彼は、ほとんどの時間を私の部屋で過ごすようになりました。私が寝るまでは、ベッドからPC作業をする私の背をじっと見詰めて待ち、時には膝の上に登って丸くなり、待てなくなると『早く一緒に寝ようよ』と催促してくるようなとても可愛い猫でした。

 私が手術で10日程入院した時は、匂いが残るようにと脱いでいった服の上でずっと眠り、食欲も無く、母から『早く帰って来て下さい』とメールが来るような、とてもいじらしい猫でした。


 

 そして数年。犬猫の寿命はどうしても短いので、別れの時も訪れます。最初に亡くなったのは二代目犬でした。おっとりとして可愛らしい、うちのお姫様でした。家族の誰もが悲しみましたが、矢張り相棒だった父の悲しみが一番深かったです。

 私の相棒も大分歳をとってきました。その時が来るのを考えたくありませんでした。


 彼にとって私が唯一であるように、私にとっても彼が唯一の猫でした。

 好きな人には振られ、仕事も上手くいかず、友人関係でも揉めて、自分は世界で独りぼっちだと思ってしまうような時も、他のどんな辛い時でも彼だけは絶対に傍に居てくれました。

 

 普段は睡眠の邪魔をして、煩わしいと思う時もある彼のゴロゴロは、いつでも、どんな時でも変わりません。朝起きると、顔の前に猫の顔があって、うっとりと細めた目で、全身で愛情を伝えてくれるのです。

 こんな純粋で一途な愛情があるだろうかと思いました。彼の愛のお陰で、生きる事が出来ていた時期が確かにありました。感謝してもしきれません。


 けれど次第に彼は歳をとり、弱り、病気にもなりました。病院にも通いましたが、どうしようもありませんでした。次第に彼は、リビングの一番暖かいかまくらの中で眠る時間が多くなり、私の部屋には来なくなりました。

 このままどんどん弱って死んでしまうのだろうかと思っていた頃、彼はまた私の部屋に戻ってきました。今思えば別れを惜しみに来てくれていたのだと思います。亡くなるまでの三ヶ月、また私は彼と一緒に眠りました。


 三ヶ月目のある朝、急に調子がおかしくなってそこから一時間も掛からず彼は冷たくなってしまいました。当時忙しく、仕事を休めなかった私の唯一の休みの日です。彼は自力でリビングまで行き、そこで動けなくなりました。ずっと見守っていましたが、私が用事で離れたその一瞬で遠くへ行ってしまいました。


 良い子だから長く苦しまずに逝ったんだ、私に弔わせてくれる為に日を選んでくれたんだ、私が辛くないように離れた隙に逝ったんだと思えて、涙が止まらなくなりました。30分以上、彼を抱きしめて感謝を伝えていたと思います。悲しみも伝えました、もっと彼に何かしてやれたんじゃないかという後悔も伝えました、何より今まで彼がくれた幸せへの感謝が一番大きく何度も伝えました。


 その後葬儀をし、後日お骨になった彼はまた私の所へ戻って来ました。

 行方不明になった時の夢のように、此処からは都合の良い勘違いかオカルトのような話になります。


 私は仕事で行けなかったので、母がお骨を受け取りに行きました。母も大層初代猫を可愛がっていたので、帰りの車中で人目を憚らず号泣していたそうです。

 すると、ほわっと胸が暖かくなり念話? のような形で初代猫の声が聞こえたそうです。『僕は大丈夫だよ。ありがとう……ありがとう……』と。


 私はたまに少し不思議な夢を見る程度ですが、母はほんの少し霊感というか夢に死んだ祖母が出てきて『〇〇(親戚)が寒がっているから何とかしてやってくれ』と言われて不思議に思っていたら、同時期に〇〇さんが認知症で行方不明になっていた等の若干のエピソードがありましたので、作り話や幻覚と決めつけるのは簡単ですが、まあそういう事もあるかと納得しました。

 大事な初代猫が大丈夫で苦しんでいないなら、それが一番良いのです。とはいえ何故私にではなく母に……!? という嫉妬はありました。ありましたとも。


 49日が過ぎるまでお骨を枕元に置いて眠り、共同墓地にお骨を収めて一応の区切りは付きました。大きな喪失感はありますが、最早彼の生まれ変わり以外の猫を飼うつもりはなく、此処から私は暫くペットロスに苦しむ事になります。今では頻度は減りましたが、当時は何かと初代猫の事を思い出しては涙が零れました。

 会いたいのです。また彼に触れたいのです。あのふかふかの優しい愛しい命にどうしても会いたいのです。死んでしまったからと愛が無くなる訳ではないのです。今でも私は彼をずっと愛しているのです。


 一方、母もロスに苦しんでいましたが、彼女の場合はちょくちょくと『夢に初代猫が出てきた』と報告して来ました。彼が死んで以来、私の夢には一度も出てきたことがありません。霊感の有無かもしれないがずるくないか!? と私は大変に悔しがっておりました。それでも、初代猫には『死んだらまた生まれ変わっておいでね。解るように目印を付けてね。生まれ変わったら迎えに行くから知らせてね。生まれ変わらないならいつか必ず行くから待っててね』と言い聞かせておいたので、いつか生まれ変わりに会えるものと信じて買い物に行けばペットショップに寄ってみたりと母と足掻いておりました。


 その頃父は、世話をする相棒が居なくなった事で活気が無くなり、認知症までは行かないものの怪しい言動が増えてきていました。自覚していたらしく『何か世話をする動物が欲しい』と自ら言って、今度は新たに男の子のミニチュアダックスがやってきました。三代目犬です。三代目犬は身体も大きく元気な暴れん坊で、手は焼かされますがお陰で父はずっと元気になりました。


 私も三代目犬には癒されつつも、矢張り埋まらない喪失感に困っていました。そんな時、ついに私も夢を見ました。姿こそ見えないものの、光る塊が腕の中に飛び込んできて『これは初代猫の生まれ変わりだ……!』と私が確信する夢でした。

 そして、その日の仕事の休憩中にペットショップのHPを眺めていると、居たのです。種類は違いますが、毛色や顔がそっくりな仔猫が居たのです。

 慌てて私は仕事を終えると母と共に、そのペットショップへ向かいました。


 その子は風邪を引いていて、店頭には出されず奥に仕舞われている子でした。仕舞われている内に時間が経ってしまったようで、元はお高い良い猫なのに大分値段も下がってしまっていました。

 いざ会わせて貰う事になり、とても不安でした。夢を見たからといって都合が良い私が作り出した願望かもしれないし、そもそも会って確信が得られなかったらどうすればいいんだ、と。結果、抱かせて貰った瞬間に涙が止まらなくなりました。久々に小さな温かい命を抱いたからかもしれません。それとも、生まれ変わりだったからかもしれません。確信も何も無かったけれど、もうその仔猫を手放せないと思いました。その場で契約を決めました。


 三代目猫となる彼は、風邪が治る一月を待って我が家にやってきました。毛色と顔と、ちょっと鼻が弱い所は初代猫と似ていますが、性格は全然似ていません。

 三代目猫は活発で我が道を行き、初代とは違って長毛のふわふわで、二代目猫にも負けません。三代目犬とも仲良くなりました。そしてあまり人間に甘えません。


 人間とは都合が良いもので、強い所は前世で二代目猫に負けていたので次は負けないように生まれてきたのだと、ふわふわの長毛は私と母がTVを見て長毛の猫可愛いねえと騒いでいたのを汲んだのだと。そんな風に冗談まじり、勝手に理由をこじつけては笑っていました。結局、生まれ変わりかどうかは置いておいて、三代目猫は私達の喪失を随分と埋めてくれたのです。天真爛漫でふわふわで可愛い彼は、父や兄まで骨抜きにしていきました。新たなアイドルの誕生です。


 また、夢を見ました。三代目猫と遊んでいる夢です。初代猫はつれなく、私の夢では姿を見せてくれないのですが、今回は視界の端に映る形で確かに彼が居ました。私は視線は向けずに手だけを伸ばしました。触れた感触は確かに、何度も触れたふかふかでほわほわの、忘れもしない顔を埋めるとお日様の匂いがする初代猫の感触でした。見えずともちゃんと居るのだと、本当に本当に嬉しく思いました。


 三代目猫は今年で二歳を迎えます。一歳を過ぎた辺りから、少しずつ甘えるようになりました。同じ布団では眠りませんが、同じ私の部屋で眠るようになりました。眠りに来た時は『撫でて』と要求して撫でるとゴロゴロいうようになりました。毛色も顔もどんどん初代猫に似てきています。彼は、彼も私の猫になりました。


 最早生まれ変わりかどうかは気にしておらず、生まれ変わりじゃないにしても、私達の喪失を大分埋めてくれた彼の存在はとても愛しいものでした。初代猫にしてやれなかった分まで絶対に幸せにすると誓っています。

 生まれ変わりであれば、また一緒に居る事になる。生まれ変わりじゃないのだとしても、嘆く私を見かねて初代猫が寄越してくれたのだろうと思える。それに初代猫は私が死んだ時は絶対に待っていてくれる。また会える。今はそう思えています。


 そういう前向きな心境でも、ひとつだけ三代目猫には言えない言葉がありました。それは初代猫によく言っていた『世界で一番大事な子』『世界で一番可愛い子』という言葉です。それは初代猫にだけ許された言葉で、三代目猫に言ってしまうと裏切りになってしまうような気がして、私はずっと言えなかったのです。またそれを言ってあげられない事も三代目猫に申し訳なくて、私は暫く悩んでいました。


 それでも先日、漸く決心がついてそっと言ってみました。

 『世界で一番大事な子たち』『世界で一番可愛い子たち』と。

 これならきっと、初代猫も許してくれるでしょう。三代目猫もいずれ私より先に死にます。その時に悲しみより感謝と過ごした幸福が上回るよう、これからも過ごそうと思っています。

 いつか私が死んだ時に、世界で一番大事な可愛い子たちが待ってくれていると思えば、死ぬのも悪くないなと思えてしまう。猫に限らず寄り添ってくれる小さな命たちは、本当に凄いものです。


 どうか色んな子と寄り添われている全ての皆さんが、この先幸せでありますよう。

最後に、此処まで私の世界で一番可愛い子たちの話を聞いて頂き、ありがとうございました。感謝致します。

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