がっこーサボった日の思い出
ゆき
がっこーサボった日の思い出
「ふぃー」
ダイチは気分に任せて口笛を吹いた。
「天気いいなー。」
緩い坂道をノーブレーキで下りながら、眼前に広がる海を眺めた。
「おっぶねぇ!」
咄嗟のブレーキ。この道は岩礁に沿うように曲がっており、急なカーブが多い。ガードレールの向こう側は崖だ。そんなに高くはないが、デカい石がゴロゴロ転がっていている。落ちたらただではすまない。何より、ガードレールに激突すると痛い。
「ダーーーァ!」
ブレーキシューが擦れる音とともに奇声が近づいてきた。大して幅のない道を目一杯使って、大外からカーブに突撃していった。大型バイクさながらのコーナリングにダイチは唖然とした。
「ァーーーィ…」
「いつか死ぬぞーーー!!!」
小さくなっていく背中に叫んだが、多分聞こえていない。
背後からジリジリジリとベルが聞こえた。
「ダイ!こんなところに止まってんなよなー!遅れっぞ」
「おーぅ」
いつも通りの時間のはずだが。そう思い、ダイチは自転車に乗った。
チリーンと、今度は挨拶代わりのベルが聞こえた。
「こんにちはー」「遅れんぞー」
「おーう」
最近見るようになったカップルだ。
「最近よく二人で来るよな」
「ああ、うん。ええと。」
「…」「…」
「こいつが振り向いたのが悪い。」「えぇ?」
「毎回気まずくてな!そのまま後ろ走ってるの!」
「抜かしゃーいいのに。」
「スピードが同じだったの!無理に抜かすのも心象悪いだろ。それに、遅れるのやだからペースも下げられなかったの!ほら!行くぞ!」「ダイちゃんも早く行こ!」
一息にしゃべり終わると、スピードを上げて行ってしまった。
ダイチは邪魔をしてしまったような気がして、申し訳ない気持ちになった。
「…」
「とりあえず買ってくかー」
いつものように、ダイチは駄菓子屋に寄ることにした。
その駄菓子屋は、坂道を下りきった先にある。防波堤と砂浜が延々と続く道沿いにポツンと立っており、店のすぐ奥にある折り返し階段は道路と砂浜を繋いでいる。まるで二つの世界の境界に設けられた関所のように、子供たちは海と駄菓子屋を往来している。
「おっちゃんアイスー」
ダイチは自転車をほとんど放り出すようにベンチに立てかけると、店の外からカウンターに向かって言った。
「…」
返事がない。いつもなら、「俺はアイスじゃねー」なんて返事がくるのだが。
ダイチは静まり返った店に入る。
「…」「…」「…」
階段の入口に三人、普段はうるさい悪ガキたちとおっちゃんが砂浜に目を落としている。
「なになに、何見てんのさ。」
砂浜にはサボり常連の二人が見える。30m程先にある砂山には瓶のラムネが刺さっていることから、ビーチフラッグをするようだ。喧嘩でもしたのだろうとダイチは察した。ここでは何か気に入らないことがあれば、こうした競技で解決するのだ。協議はしない。準備運動も程々に、二人はうつ伏せに寝てスタートの合図を待つ。
「よーーい」
「…」「…」
「どん!」
ダイチたち観戦者は誰を応援するともなしに大声で応援を送った。
「どっち?どっち勝った?」「わかんなかった!」
無邪気にはしゃぐ二人を見ておっちゃんが言った。
「いいんだよ、勝ち負けは。」
「アイス、あっち行ってみんなで食え。コップも持ってけ。」
「ありがとー!」「ラッキー!」
「上手くやれよー。」
「はーい!」
彼らは時に外交官もびっくりするような成果をあげてくれる。それにアイスとラムネが加わると、解決できない問題はない。子供とは単純で明快な生き物だ。
「…」「…」
「速かったねー二人とも。」
「おーう、いたのか、お前も行ってこいよ。」
「んー、いい。」
いつもとは違う、誰もいない教室のような駄菓子屋も悪くないとダイチは思った。
「アイス食いたくなってきた。お前も食うか、半分。半額で。」
「氷とラムネ入れてね。」
「はいはい。」
バニラアイスはモクモクと湧き上がる入道雲を思わせる氷の中に包まれており、まるで雲の中に隠された宝石のようだった。花より団子を選ぶダイチは、そんなことはお構いなしにシロップ代わりのラムネをかけると、スプーンでぐしゃぐしゃと混ぜて口に流し込んだ。キーンと脳天を貫く痛みと共にラムネが喉を刺激する。
「んー、おいしー。」
「そうだろう。そうだろう。」
おっちゃんは大きく頷く。
「そしてこの眺め。」
ダイチは何を見るともなしに目を開けていた。肌には太陽の温かさと潮風の心地よさを、耳には子供たちがはしゃぐ声と波の音を感じながら。
「そうだろう。そうだろう。」
おっちゃんは鳩時計のように繰り返す。
「あーあ。あいつら、泳ぎ始めたよ。」
波音に混じって水面を叩くような音が聞こえてくる。
「あー、この天気だしなー。」
おっちゃんの反応はダイチにとって意外なものだった。おっちゃんは普通、子供たちを海には入らせない。身体を拭いたり、服を乾かしたりする必要があるのだ。さもなくば店の床がびしょびしょになる。
ゴーン、ゴーンとカウンターの壁掛け時計が時を告げた。
「忘れてた。」
ダイチは時計の方を向いた。
「憎ったらしい時計だよなー。」
今ではあらゆるものが俺を急かしているとダイチは感じた。潮風は店の入り口(今では出口)へとダイチを押していた。投げ出された自転車に早く乗れと言われている気がした。
「行くわ!もう遅刻だけど!」
「おう、行ってこい。着いちまえばそんなの関係ねぇ。」
二人は笑った。
「バイバイ!」
自転車を漕ぎながら砂浜に子供たちを探すと、確かにいた。おっちゃんも一緒になって泳いでいた。ダイチは夢と現実の境界を走っているような気がした。
「ふぃー」
ダイチは気分に任せて口笛を吹いた。
がっこーサボった日の思い出 ゆき @yukinobunka
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