Episode1-3 〈中村那緑視点〉
夏休み直前だというのに気が乗らないのは家に帰って迷惑をかけるのが嫌だからだ。だからと言って外には極力出たくない。私にも事情というものが存在する。その面倒な事情さえ無ければ店頭に立って接客のアルバイトをしたり、友達と遊んだり、一人で散歩だって気にせず行っている。それなのに家に籠ってパソコンでできるデータ整理のアルバイト、友達は高専に入ってから親しい仲まではいかず、一人で散歩も気になる新作のスイーツが出ない限りはしない。このままでは社会でやってはいけぬ。そう焦るのは私くらいで両親は、
「ゆっくりで良いんだ、那緑のペースで大人になればいい。」
と甘やかす。私に事情があると知りながら預かっている両親は心が広すぎるのだ。
「今日の授業はここまで、夏休みの課題は最初の授業で集めるからなー。」
楽しそうな声と共にガタガタと椅子を揺らす周りとは対照に私は静かに立ち上がり、帰省準備のされた居室へ向かった。今日は父が仕事の休みをとれたため車で迎えに来てくれるらしい。持ち帰る荷物は多くないが公共交通機関はあいにく苦手なので休みなのであれば甘えさせてもらう。
居室に帰る途中で『もう着いた』とメッセージが来た。私は速足で戻り、教科書一式を詰めた段ボールをトランクに積み、貴重品を鞄に入れて後部座席へ乗り込んだ。
「いいのか、友達とかと話さなくて。」
「うん、大丈夫。」
「そうか。」
車内は静かだったが、赤信号で止まった際、私が飲みたいと言っていた新作フルーツジュースが何も言わずに渡された。
「…美味しい。」
「そういえば、駅近くのスイーツ店で新作パフェが出ているらしいな。」
父は私が好きそうな新作が出る度に教えてくれる。私はその度に少しずつ稼いだお小遣いを投資するのだ。
「うん、明日行ってみようかな。ありがとう。」
「…まだ到着まで時間がかかるから飲みきったら寝てなさい。」
父は口数こそ多くないがとても優しい人だ。だからいつも甘えてしまう。
次の日、私は宣言通り新作パフェを食べるため早起きをした。夏休みにしては早起きという意味で学校へ行く時と変わらない時間に起きた。一通り支度を済ませ、鏡を見る。この目の所為で、左目の所為で…何の変哲もない左目がジクジクという感覚に襲われた気がした。
「なよりー、朝ごはんはいらない?」
「うん、大丈夫。ありがとうお母さん。」
今日は父が仕事、母は午後からパート。私が昼過ぎに帰ってくる予定なので晩御飯は母の作り置きか私が作ることになるだろう。
「いってきまーす。」
二階から駆け下りた私は履き慣れた靴に履き替えボーイッシュな格好で玄関を出た。良く男性と間違われるその格好は普段から学校でもしている。夏休みに入っても私に変化はなく私の周りも変化はない。平和だ。地下鉄で向かい、札幌駅から徒歩五分もすればそこはスイーツで溢れかえっていた。サングラスである程度視界をセーブしお店に着く。
「何名様ですか。」
「一人です。」
「かしこまりました、窓側の席にご案内いたしますね。」
そう言って店員さんは窓に向かうような形で造られたカウンター席へ案内してくれた。注文はもう決まっていたのでパフェを食べ始めるのもそう遅くはなかった。高専の夏休みが早いからか朝十時から中学生や高校生はあまり見られなかった。おかげで店内も空いている。
「…いただきます。」
珈琲と共に注文したパフェはフルーツとカスタードクリームが良いコンビとなっており、下の層にいくとフレークと蜂蜜の甘さが口全体に広がるのが癖になるそんな味だった。珈琲を飲み終え支払いを済ませサングラスをかけなおした帰り道、ふと反対側の歩道に目がいく。別に何か目を引くものがあったわけではない。ただ、クラスメイトが居ただけ。彼は辛そうな複雑そうなそんな顔をしていた。事情など分かるはずも無いが悩んでいる、決心がつかないそんな風に目に映る。
バチッ
一瞬だった。彼が、彼の存在が世から消えるのは。
私の目にはしっかり映った。路地の奥に吸い込まれていく彼の姿を。左目が痛い、ズキズキ音をたてている。負けまいと目を開く、夢ではなさそうだ。
「……。」
放っておくことも出来る。私はただのクラスメイトで彼は私の存在をも知らないかもしれない。いつもぼーっとしているから気持ち悪いと思われているかもしれない。何より彼、青山透莉は私が変であると気づいていた、だからこそあまり近づきたくも無い。それでも、
「…。」
気づいた時には路地に足を踏み入れて願っていた。忘れ路地で青山透莉と出会えることを。
忘れ路地 にし🌻 @nishi_07
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。忘れ路地の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます