第17話
灰色の雲が厚く夕暮れ時のような朝、広大な敷地を誇るグラウンドにて互いに得物を持って相対する男女は、ひりつく殺気と闘気を迸らせている。
先に動いたのは茶色の軟派な顔をした若い青年だ。
光を携えている剣が青年の体に纏わりつくように筋を描き、退治する不敵な笑みを浮かべている黒髪の女を食い破らんばかりに乱舞する。
「さぁ来い、私に全力をぶつけてみろ」
「えぇ、勿論───ッ!」
襲い来る青年に対して迎撃の構えを取った女。交わった剣と剣が煩わしい異音を上げ、凄まじい衝撃波を生む。かく言う二人はその衝撃波をものともせず、更に剣戟を切り結んだ。
戦闘では間合いの管理とタイミングが重要になってくる。それを充分に理解している二人は自身の間合いを保ち、相手の呼吸と癖を読み取ろうと視線を乱雑に動かした。だが視界だけに頼ると、互いの起こしたフェイントや不規則な呼吸音によって惑わされる。
その策に見事に引っかかった青年は、胸元に大きく切り傷を受けた。
「ちっ、くそ!」
「はははッ!目だけに頼るのは三流だぞトオル!」
舌打ち一つ、更なる傷を負うことを恐れて距離をとる男に隙を見つけた女は、一瞬にして青年の間合いに入り込んだ。
上空から両断する雷のように振るわれる一撃は疾く、そして重い。
だが青年もそれで終わるほど弱くないようだ。
片足を半歩ずらし、剣筋の軌道上から逸れるように身を躱した。
「っぶねぇ!?てか、早すぎますよ!」
「なに、手加減するのは失礼だろう?それに致命傷から逃げられているじゃないか。まぁ、あまり逃げるだけなのは関心しないがな」
「・・・何も言えねぇ」
黒髪の女が放った言葉に青年は顔を顰めて苦笑するが、その眼光は勝ちを狙う獣のように隙を伺う。お互いに一歩も譲らない戦い。とは言え、勝利の天秤は確実に女の方に傾いていた。
それは強さという言葉の一括りだけでは説明出来ない要因が関係している。例えば経験、その場の状況、技術、単純な力、速度・・・などなど、数え切れない要因が重しとなって天秤を傾けるに至る。
言うならば黒髪の女は、あらゆる点において青年より上だった。
つまり元々この勝負は勝てる戦いではなかったのだ。
「おい、その程度かトオル。お前なら、サラカと引き分けたお前ならまだまだやれるだろう?ほらやる気を出せ、さっさと根性出せ。じゃないと───そこら辺の有象無象と変わりない。目障りだ」
失望の顔を隠さず淡々と告げる黒髪の女。
あまりの物言いにギリィ・・・ッと歯を噛み締めて睨んだ青年が突貫、光る剣をレイピアのように突き刺す形で、女の間合いに入り込んだ。
刹那の瞬間に青年は思考する。どう切り結ぶ?どうやって優位に持ち込む?と。
視点変わって女。
動きが硬い青年の感情を吐露させ、自身の間合いに潜り込まれたことに喜びの感情を上げていたが、すぐに表情は冷たくなる。
むしろこの程度は予定調和に等しい。ここでバカ正直に剣を振るうようなら才能はないし、肉弾戦に持ち込んだところで大した問題では無いと考えていた。
女が望むのは予定調和や、“決められたストーリーをなぞるようなものじゃなく”、常識や固定観念に囚われない柔軟な発想から来る戦いだ。
果たして、目の前の青年はそんな思考を持ち得るのか・・・女は見極めようとしていた。
そして───
「っ、ほう?」
───視界を奪うように放たれた光剣が、女の思考を奪い去っていく。
そうか、そう来たか。思わず口元が釣り上がるのを抑え、眼前に迫った剣を弾き飛ばした。
が、青年は居ない。
「ふん、うしろか」
「なんっで分かるんですかねぇっ!」
咄嗟に背後に剣を添えると、凄まじい衝撃が構えていた剣から伝わった。
振り向きざまに右手から攻撃を加えたが難なく回避され、そのまま超至近距離での攻防に移る。
と、ここで女は違和感に気付いた。先程までフェイントに引っかかっていた青年が、今は
見抜かれている。未来視か読心によるものか分かり兼ねるが、青年が持つ剣による効果だとするなら対処は簡単だと女は思考する。
例えば───次は右だ。
「っな!?」
そう思考して放たれたのは“左”からの切り上げ。普段の青年なら容易く躱せる一撃。だが青年は目を見開き、過剰な回避を行った。
やはりか、と目星を付けた女は続いて攻撃を繰り出す。
───次は下からだな。
「ちょっ!?」
次の攻撃を考えた瞬間に、下向きの斬撃に対応出来る構えを取った青年。その脇腹を抉るように、真横から大きく凪いだ。危うく当たりそうなところで上体を逸らし、何とか回避に成功する。
その後も思考する度、面白いように避けて言葉を上げる青年。あまりにも滑稽な姿に、剣の効果が読心であると推測を立てた女はさらに青年を困惑させるため、剣戟の速度を上げた。
理由は単純だ。
右であると思考しつつ、それとは真反対の攻撃をすればいい。逆にこれに引っ掛からなければ未来視の可能性が高い。引っ掛かるなら読心確定である。
「読心に頼るな、未熟者め」
「ぐっ!?───カハッ」
そして、決着。
途中までは良かったものの、最後は道具に頼り過ぎた弟子にため息を吐きながら思い切り蹴り飛ばした。
きりもみ回転しながら人間が吹き飛んでいく様子は壮観だが、ドシンと大きな音を立てて地面に着地した弟子からすればたまったもんじゃないはずだ。
「はぁ。全く、まだまだだな」
そう言ってボロボロで寝転がっている弟子を膝の上に載せ、胸元に提げていた眼鏡を取り出して身につけた。手元のデバイスに記入していくのは、青年と戦った際に見られた問題点や課題の数々。
全身に切り傷と打撲跡を付けた青年が起きたのは、それから約数分が経過した時だった。
☆★☆★☆★
「完敗です・・・」
「阿呆め、当たり前だ。弟子に負けるような師など何の価値もない」
二十戦全敗。それが俺とトーカ先生の実力差だ。
朝早くにランニングしていたところを呼び出され、実力把握のために試合をしたがこのザマ。まるで相手になっていない。
流石は師匠だ、と喜べるほど出来た弟子だと思ってないが、何気に結構ショックである。『一閃』もマサムネの『読心』も使ったのに、一切通用しなかった。ここまで来ると笑いが出るな。
───『この先生やっぱり化け物ね。あれだけ戦ったのに全く息切れしてない、なんならもっと余裕がありそうだわ』
ステータスちゃんが畏怖を込めて呟いた言葉が脳内を反芻し、現時点で勝機が見いだせないことをまざまざと見せつけられた。
正直舐めてたわ。
これが原作で一般先生面してたとかマジかよおい。新手の詐欺だろ。こちとら強くなる気配が見えない序盤で死ぬ男モブやぞ!と文句を言いたくなってきた。
それでも俺が口を噤んだのは、トーカ先生の目が熱意に溢れていたからだ。
「まだまだお前に勝ちを譲る気は無いさ。問題点も沢山ある。だがそれは伸び代があるという裏返しだ」
「そう、なんですかね?」
「そうだ。むしろこれから先、課題も何も無くなった時が本当の問題になる。まぁ、今のお前にはまだまだ先の話だがな」
そう言ってパチン、と優しくデコピンされる。
問題も課題もなくなる、か。
その頃にはどれくらい強くなってるんだろうなぁ俺。インフレに着いていけるくらいにはなって欲しいが、願うのならやっぱり最強になりたいと思ってしまうのは俺が幼稚なだけか?
「おい、そんなに不服そうな顔をするな。強くなれるだけまだマシだ。動けるようになったらさっさと家に帰ってシャワーを浴び、自分の戦闘風景を振り返ってみるといい。データは後ほど送っておく」
「ありがとう、ございます・・・それと膝枕してもらってすみません。すぐに立ち上がりますんで」
辛うじて言葉を捻り出し、悔しい感情を糧に立ち上がろうと身体に力を込める。だが残念ながら身体に力が入らない。どうやら筋肉痛と試合のダメージで、体が根を上げているようだ。
胸に受けた傷も千切れそうになった腕も完治しているため、単純な疲労である。
そんな俺を見兼ねてか、グッと額を抑えられて立ち上がらないように寝かしつけられた。
「いやいい、暫くここで休んでいろ。弟子を労るのも師匠の役目だ。それとも何か、私の膝は固くて寝心地が悪いとでも言うのか?」
「え、そういうわけじゃないですよ!?どちらかと言うと・・・いや、ナンデモナイデス」
「ふふふ、なんだ。続きを聞こうじゃないか、ええ?」
「か、勘弁してくださいよ!」
───『イチャイチャしてて楽しそうですね、マスター?』
意地の悪い微笑みを携えながら、ご機嫌に頭を撫でる師匠。まぁ、胸に鎮座する巨大な“ブツ”のせいで顔が見えないが、きっと微笑んでくれているはずだ。
流石はエロアニメの世界だ、と言うべきデカさである。大きすぎると空が半分しか見えないってマジなんだな・・・。
敬語で話すステータスちゃんの妙に迫力ある声を、冷や汗を流しながら無視。
その間にボリュームと躍動感溢れる“モノ”をじっくりと眺めていた。ここまで来るとエロいという感情を通り越して、半ば感動の域に達し掛けていた時、トーカ先生の撫でていた手が止まる。
「だがまぁ、その・・・なんだ───よく頑張った」
「へ?あ、あぁはい」
酷く恥ずかしそうに告げた言葉が脳に達し、思わず気の抜けた返事を返してしまう。まさか今デレた?いやいやそんなまさか。疑惑を確かめるように下から顔を見上げれば、やはり空を覆う胸が邪魔をして顔が覗けない。
───否、覗くなんて無粋なことはすべきじゃないな。
動けない程の激痛と疲労が走る体を労りながら、俺は撫でられる感触に釣られてゆっくりと瞼を閉じた。
───
──
─
「寝坊した・・・」
───『あれだけ起こしたのに寝てるからよ。ま、貴方を膝に載せたまま読書を嗜んでいたトーカ先生にも思うところはあるけれど、起きなかったマスターが一番悪いわ』
「うっ、すまん。疲れた体に膝枕が心地よくて、かんっぜんに熟睡してたわ・・・」
シャワーを浴びて機械に身体を綺麗にされながら、怒り心頭のステータスちゃんに何度も謝罪する。
トーカ先生は俺が気絶したように眠ってから、約二時間ほど膝枕を継続してくれていたらしい。ステータスちゃんは一時間経った段階で俺を起こしたが、全く反応無し。何度も呼び掛けても寝言を呟くだけだったため、ほうちすることにしたのだとか。
いや違うんですよ、ええ。
あれはトーカ先生の膝枕が心地良過ぎたんです。
指導も的確なのに、疲れた体も労わってくれるという飴と鞭。しかもどこか男勝りで、めちゃくちゃ強いというおまけ付き。
むしろなんでアレでヒロインじゃないの?と疑問に思う。陰キャヲタクの俺には刺激が強過ぎて、コロッと堕ちてしまいそうだ。
───『うわちょろ』
「ちょろくねぇわ!」
まぁ?確かに?ちょっと胸がトキメキかけた気もしないでもないが?
あくまで俺は
それにああいうイケメン教師と元気っ子な女の子が、こっそり隠れてイチャイチャしてるとか良くない?良いよね(自己完結)
よって男モブの俺はお呼びじゃないのである。
その度に思う。
「はぁ、なんで男なんだよ俺は」
やっぱり男って不便だわ。
この先のストーリーは頭に入っているが、女の子しか入れない“
あとはそうだな───『千年桜』や『
───『あら、私はマスターが男で良かったと思うわよ?いけ好かない顔だけど、こうして傍でマスターの活躍を観られるのが楽しいし、見てて飽きないわ』
「そう言ってくれるのはありがたいけど、ただ面白がってるだけじゃないかそれ」
───『ふふふ、そうとも言うわね。でも思っていることは本当よ。マスターはそのまま楽しい人でいて。まぁ───“初めて会った時から、何も変わってみたいだけど”、ね?』
「お、おう?」
なぜだろう。ステータスちゃんの話す言葉の節々に背筋がゾワッとするんだが。どうか気の所為であって欲しいことを願う。
兎も角として俺は早くシャワーから上がり、ミカの手料理を食べて学校に向かうべきだ。そう思って機械のボタンをストップしようとして、その異変に気付いた。
「あれ、おっかしいな。止まんないぞこの機械」
───『何言ってるの。そのボタンを押せば・・・って、待ってマスター。そのボタンを押したの!?あちゃー』
ボタンを何度押しても反応しない。壊れたか?と焦るのも束の間、丹念に体を洗ってくれていたアームが下の方へと伸び───。
「え、おいちょ、まっ、アーーーーーッ!?」
瞬間、響き渡る俺の悲鳴。
騒ぎを聞き付けたミカがドタドタと駆け上がってくる音が聞こえてくる。数秒の時を経て開け放たれたドアからミカが見たのは、グスングスンと涙を浮かべたあられもない姿の俺。
『ドウされましたトオルさん!?』
「う、うぅっ───もうお婿にいけないっ!」
俺は泣いた。きっと息子も泣いてると思う。
ナニがあったとは言わない。そして思い出したくもない。
───『・・・可哀想だから黙っててあげるわ、うん。』
風呂上がりの寒さで震える身体。
今はただ、ステータスちゃんの優しさが暖かかった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★
感想お待ちしてます。
具体的には泣きながら踊りだします。
序盤で死ぬ当て馬モブの俺、インフレ激しい百合エロアニメにて最強を目指す 羽消しゴム @rutoruto
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