魔法使いは猫と仲良くなりたい。
肥前ロンズ
魔法使いは猫と仲良くなりたい。
俺が住んでいるのは、玄界灘に浮かぶ小さな島だ。
特徴をあげたら、海と山、岩と船、そして猫ぐらいしかない。そして若者はほとんどいない。日本の中でも少子高齢化が激しく進んでいる。
だが、 この島は大陸との門でもあったから、異文化にはかなり寛容だ。教会も多く、公共施設にはハングル文字も簡体文字もあって、最近じゃネパールやベトナムから来た若者が漁業や農業に携わっている。
なのでお偉い人は、ある計画を立てた。
それは、魔法使いの学校を島に建てること。
魔法学校は宗教的な理由で、中々建てられる土地がないらしい。こっちは人が呼べる、あっちは土地を獲得出来る。そんな利害の一致で、計画は実行された。
この世界には魔法使いがいて、今日も海鳥と一緒に、箒で空を飛んでいる。
そんな光景も、五年も見てたら日常になっていった。
九州にある学校から帰ってきた俺は、ふと地面にうずくまる女の子を見つけた。
赤い桟橋がかかる歩道の上で、女の子が猫に声を掛けて追いかけていた。
『
ドイツ語だ。
海風になびく髪の色は金色で、波打つようにうねっている。
キジトラの猫はするんとジャンプして、やがて俺の足元に擦り寄ってきた。
『あ……』
俺は猫の両脇に片手を入れて、上半身をゆっくりと持ち上げた。尻をしっかり抱えて、彼女に近づく。
『抱っこしてみる?』
ドイツ語で話すと、女の子はキョトンとした。
……もしや、発音が悪かっただろうか。独学で語学を学ぶと、発音はどうしても自信がない。
だが時間差で、女の子は叫んだ。
『ドイツ語話せるの!?』
鼓膜が破れるかと思った。
『少しだけ』
『う、うわー! 嬉しい、すごく嬉しい!!』
ピョンピョンと跳ねる彼女は、軽く涙目だった。
異国で生活するというのは、とても大変なことなのだろう。こうやって母国語を少し話しただけで、ほとんどの国の人は感激してくれる。特にこの島は猫島だから、猫に関する会話は徹底的に覚えてる。喜んでくれる姿を見て、よかった、と安心した。
『抱っこする?』
『あ……じゃあ、撫でさせて』
そう言って、恐る恐る女の子は猫の背中を撫でる。
俺に抱き抱えられた猫は、仕方ないわね、という感じで、俺の胸に頭を預けた。
言葉にならないと言うように、目を輝かせて声を上げる。
『ありがとう! 本当にありがとう!』
『どういたしまして。ドイツから来たのか?』
俺が尋ねると、ううん、と女の子は言った。
『私はケルミスから来たよ!』
どこだそこ。
ケルミスはベルギーにあって、ドイツとオランダと接した場所らしい。
調べた俺は、画面を落として、スマホをズボンのポケットに入れた。
彼女の服装を見ると、胸元に魔法学校の校章が輝いている。
『君、魔法学校の学生なのか?』
俺が尋ねると、そうだよ、と女の子は言う。
キジトラはずいぶん慣れたのか、女の子に撫でられ続けていた。絵になる光景だ。
「……君、ここの人?」
たどたどしくゆっくりと、女の子が日本語で尋ねた。
うん、と言うと、女の子は意を決したように俺に話した。
曰く、魔法学校で友だちが出来ない。
慣れない日本語で進む授業。慣れない生活で気疲れが酷い中、すでに教室では仲の良い子たちのグループが出来ている。
それも、皆英語ができるとのこと。
だが彼女は、英語が得意ではない。たまに教室の子と話すが、ものすごい速さで話しかけられて、まったく会話についていけないのだという。島民は島民で気を使って英語で話しかけてくるので、ますます彼女は孤独感を募らせた。
せめて日本語でみんな話して欲しい、と言う彼女に、お疲れ様、と声をかけた。島民の日本語も訛りがあるので、想像以上に大変そうだ。
あんまりにも寂しくて、彼女がとった行動は――猫を探すことだった。
「……なんで?」
「猫と友だちになりたい」
言葉が通じないなら、いっそ言葉がない動物と話せばいいじゃない。
なんちゃってマリーアントワネットなセリフが頭に浮かんだ。
「でも、ダメだった。逃げられる」
「……猫を飼ったことは?」
「ない。初めて触った」
そうだろうな、と俺は思った。猫の触り方とか、見ていて不慣れだな、と感じた。
飽きた、と言わんばかりに、キジトラが女の子から離れる。そしてまた、俺の足に擦り寄ってきた。
「だから、お願いします!
私に! 猫と仲良くなる方法、教えてください!」
「……」
これは、普通に俺と友だちになればいいのではないだろうか。
そうは思いつつ、この島で生活するなら、猫との付き合い方やマナーを教えてあげた方がいいだろう。それに、魔法使いと猫は切っても切れない関係だ。
こうして俺は、彼女に『この島の猫との付き合い方』を教えることになった。
魔法使いは猫と仲良くなりたい。 肥前ロンズ @misora2222
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