第26話
そのときだった。東京湾の海面に青白い光が現れ、水泡とともに背中が青白く光る巨大な青御神乱が現れた。青御神乱となった修二である。笑子に会いに大戸島からはるばるやって来たのだ。
「青く光る御神乱だわ!」
「修二」須磨子は言った。
「えっ、あれは修二さんなんですか?」
「多分な。何とはなしに分かるもんよ。……そして、修二の怒りの矛先は、この私じゃ……」
上空を舞っている報道各社のヘリコプターたちが青御神乱の出現を放送している。
「こちらはお台場上空。たった今、背中が青白く光る御神乱が東京湾から現れました! 赤い御神乱と東京湾をはさむような位置を形成しています」
「青い御神乱、青い御神乱です! 今、お台場の海に出現しました! これは、危険な状況なのではないでしょうか」
「あっ、たった今、臨時政府から緊急避難命令が出されました。現在もまだ東京都内に残っている人たちは、大至急東京都内からなるべく遠くに避難して下さい。また、東京都二十三区内から五〇キロメートルにお住まいの方も、なるべく遠くに避難してください。緊急避難、緊急避難です! 取材している私たちも、この場を離れたいと思います」そう言うと、メディアのヘリコプターは、四方に散っていった。
自衛隊のヘリコプターも大きな拡声器で、周辺にアナウンスしている。
「都内にまだ残っている人がいましたら、大至急、なるべく遠くに逃げてくださーい!」
「私を笑子の前までヘリコプターで連れて行ってくれないか」と、須磨子は言った。「修二の怒りを収めることができるのは、私しかいないんじゃ」
「でも、……大丈夫ですか?」真理亜が須磨子に尋ねる。
自衛隊のヘリコプターが、真理亜たちに向かって再三の警告している。
「そこにいる報道の人たち。すぐに退避しなさーい。すぐに遠くに逃げてなさーい!」
真理亜たち四人は、東西新聞社のヘリコプターに再び乗り込んだ。ローターが回り始める。須磨子を乗せたヘリは、お台場を飛び立った。それを確認した自衛隊もどこかへ飛び去って行った。
テレビでは、東京および周辺地域への緊急避難命令が何度も繰り返されている。
須磨子を乗せたヘリは、レインボーブリッジの対岸にうずくまっている笑子の方に向かっていく。左の窓から巨大な修二の姿が見えた。
ヘリの中、須磨子は真理亜に尋ねた。
「中島さん。あんた、中島利恵さんの娘さんじゃろ?」
「はっ? ……あ、いえ。……」明らかに動揺している真理亜。
傍らに座ってみている後藤は、こんなに動揺した感じの真理亜を始めて見たといった感じで驚いていた。
ヘリコプターは対岸に到着し、そこで須磨子を下ろした。
「あんた方は、急いでなるべく南の方へ行きなされ」そう、須磨子が言った。
「須磨子さんは?」真理が尋ねた。
「私は大丈夫だ。ここで修二を説得する」
「そう……、ですか」
「ほれ、早く行け! 早くせんと、修二が飛び込んでくる」
「あ、はい。じゃあ、修二さんを引き離せたら、また、ここに来ますね」
「ああ」
一抹の不安を抱きながらも、須磨子を残してヘリコプターに乗り込む真理亜と後藤。そして、ヘリコプターは再び離陸した。
しかし、彼らは須磨子の言ったようにはせず、上空でホバリングをしながら須磨子、笑子、そして修二を見守っていた。
「須磨子さん、死ぬつもりなんじゃないかな」後藤がぽつりと言った。
「えっ」
「だって、須磨子さん言ってたじゃないですか『御神乱になったもんは、誰かが殺してでもくれん限りは、あのようにして、ずっと地獄の渕をさまよい続けるんだ』って」
「……」
「須磨子さんは、修二さんと笑子さんが核融合反応を起こして消えることを最初から分かっていたっていうか、それを望んでいて、それで自分自身もいっしょに死のうとしているんじゃないですかね」
「あんた! いつも恐ろしいことをさらっと言ってのけるわよね。でも、……たぶんそれが真実よ」
夜、人気のないレインボーブリッジ。都会の灯りだけはいつもの東京のままだ。レインボーブリッジをはさむような位置で、背中の赤い光、青い光の二体の御神乱が睨みあっていた。
お台場側から見ると、うずくまっている笑子の後方には、延々と黒煙をあげて燃えている東京東部の姿があり、これは東京の夜空を覆っていた。東京西部は、先日の修二の攻撃によって、既に真っ暗になっていた。
修二を目にとめた笑子は、心の中でつぶやいた。
「修二……」
そのとき、笑子の前へ須磨子が走ってきた。うずくまっている笑子の前で、それをかばうように大きく手を広げた状態で、大声で修二に向かって叫んだ。
「修二ーッ! お前の目的は、私なのだろう。お前の憎しみの対象は、私なのだろう。さあ、私を食え。私を食らいつくしてしまえーっ」
須磨子をじっと見つめている修二。青御神乱である修二は、赤御神乱である笑子の足元の血の海と血まみれのヒト型のものに気がつく。そのそばで須磨子はまだ叫んでいる。怒りと絶望が修二の体を突き抜ける。
「ちくしょう……! ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! みんな死んでしまえ!」修二の心が叫んだ。青御神乱の眼から涙があふれていた。
海からお台場に上がった修二は、レインボーブリッジを笑子に向かって突進し始めた。
「やめて!」「来ないで!」「おねがーい!」自分に突進してくる修二を目にした笑子が心の中で叫ぶ。赤御神乱の眼にも涙がにじんでいる。須磨子は、そのかたわらで凛と立ちつくしていて、修二の方をにらみつけている。
「いかん、激突するぞ! 全速力で南へ逃げるんだ」後藤が叫ぶ。
「早く逃げて―!」真理亜も叫んだ。
ヘリコプターは、お台場から全力で離れて行った。
レインボーブリッジを巨体が進んでいく。それとともに、橋はあたかも山の吊り橋のようにブランブランと大きく揺らいだ。
そして、次の瞬間、巨大な閃光が東京を包み込んだ。
真理亜たちの乗った東西新聞社のヘリコプターが東京湾を南に逃げている。その後ろから爆風と閃光が迫ってくる。
東京湾を出たところ、木更津の沖合あたり、爆風の風圧でヘリコプターは失速し、海面に落ちた。
翌朝、東京のあったあたりには、大きなクレーター上のものができていた。そこには何もなく、ただ東京湾の海水が流れ込んでいた。
「生存者がいたぞー!」
真理亜は浮遊物につかまり海上を漂っていたのだが、ちょうどそこへアメリカ軍のオスプレイがやって来た。上空でホバリングしているオスプレイから縄梯子が降ろされ、彼女は引き上げられた。
「アメリカ軍の、しかもオスプレイに、私が助けられるなんて皮肉なものね」と彼女は思った。
周辺の海には、後藤の姿もヘリコプターを操縦していた者の姿も発見されなかった。
その後、オスプレイは、近くを航行中だった母艦である空母ドナルド・トランプへと向かった。
中島真理亜がアメリカ最新鋭原子力航空母艦「ドナルド・トランプ」内の一室で、取り調べを受けていた。そして、この日、彼女は、この二年内に大戸島および東京でおきた出来事について話を終えた。
「これが全てよ。もういいでしょう。日本に帰してちょうだい」
「帰すのは良いが、東京はとっくにもう無いよ」
首都を失い、無政府状態となった日本のまわりには、既に中国、アメリカ、ロシアの艦隊がやって来ていた。彼らの目的は主に二つ。日本の占領と常温核融合をもたらす御神乱ウイルスの獲得である。
「でも、日本なら大丈夫だよ。核武装した我々アメリカの原子力空母と原潜が既に日本を包囲しているからね」取り調べを行っているアメリカ軍人はこう言った。
「そんなの許さない」真理亜がきっぱりと言い放った。
そして、そう言う彼女の顔の右目あたりは、既に緑色のケロイドができていた。
艦内の遠くの方で無線が聞こえている。
「彼女はどうしますか?」
「とりあえず、本国へ連れて来い。」
「了解」
陽の光を浴びながら、きらきらと輝く太平洋の大海原を、米空母がアメリカに向けて進んでいた。
大戸島の娘 第一部「笑う島民」 (終わり)
大戸島の娘 第一部 笑う島民たち 御堂 圭 @mido-kei
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