AI小説家

@yamatsukaryu

第1話

「最優秀賞は、Ontology社の、『千手せんじゅ』です! おめでとうございまーす!」


 壇上の化粧の濃い女性がアナウンスし、場内を拍手の音がまばらに行き交った。

 俺は湧き上がる達成感と、抑えきれない勝利の快感に酔いしれて、頬が千切れるくらいに口角あげながら、壇上にのぼった。


 ネクタイと前髪をサッと直し、ステージの真ん中に立つ。俺の姿がライトアップされる。審査員の小説家からトロフィーを、その女性からマイクを渡される。俺はその二つを当然だとばかりに受け取った。


「えー、Ontology社代表の、春藤です。この度は、このような栄誉ある賞を頂き、我々のやってきたことが、間違っていなかったんだな、と改めて言っていただけだようで、大変嬉しいです。そして、この賞をもらったことを満足するだけでなく、これからも技術の発展、小説の発展、AIの発展、応用にこの人生を捧げていきたいと思っております」


 拍手が沸き上がる。それと同時に、眩い光の奥に、羨望の目、こちらを憎たらしそうに見つめる目、見定めるような目つきが俺の視界に入った。――ふん、足りないな、もっと俺を、羨め、憎め! そんなもの、屁でもない! 俺は今、勝者だ! この賞は俺のものだ!

 アドレナリンが全身に行き渡り、全能の力の感覚に溢れながら、俺はスピーチを続けた……。



「ふぅ~。じゃ、いきますか! お疲れさーん」

 

 音頭を取り、俺たちは乾杯した。俺たち、と言っても、俺と目の前にいるこの小太りの男、岩橋しかいないのだが。

 授賞式を終えた俺たちは、その後の長い交流会を終えて、ようやく居酒屋にやって来たのだった。昼間から続いたその一連の会だったが、こちらに来た頃にはもう午後九時を回っていた。


「いやあ、今日は、ほんと、疲れたなぁ」


 ビールを飲んだ後、かあ~っと、声をあげ、上唇一面に泡をまとわせ、一気に年老いたように岩橋が言った。岩橋の丸まった背中が、その言葉以上に、疲労を語っていた。


「しかし、交流会の方は、有象無象ばかりだったな。俺たちが受賞したのも当然だ。見たか? あの大手の開発部の奴ら。あいつら情熱も何もない。飼いならされて野性味を失った小動物みたいな目つきで俺を見てやがった」


 そう言うと、俺はトロフィーを手で撫でながら、もう片方の手でビールをあおいだ。

 そしてあまりの旨さにため息を吐いた。勝利の美酒とはこのことだ。

 岩橋は枝豆を次々に口へ運びながら言った。


「しょうがないって。やりたくもないのに、上からやれって言われてんだろ。あいつらも俺と同じなんだと思うよ。小説を書いたことなんてないんだよ。きっと、ずっと家に引きこもって、エロゲーとか同人誌とかばっか見てきたんだ。見ればわかる。あいつら、同じ臭いがする」


「だが、俺たちは受賞し、あいつらは逃した」


 俺が言うと、岩橋は嬉しそうに目を細めた。


「ははは。確かに」


 気持ち悪い笑みを浮かべた後、岩橋は店員が持ってきたばかりの唐揚げにかぶりついた。あっという間に食べ終わると、その横の鳥軟骨を口に入れた。

 岩橋は、変な奴だ。食べ物は同じものしか食べないし、リュックサックは開けっ放しでも直さないだし、ズボンのファスナーも、しょっちゅう閉め忘れる。オタクで、よく喋るが会話下手で、女性と付き合ったこともなく、二次元にばかり夢を見ている。


 それでもエンジニアとしては天才だ、と思う。少なくともその手の技術に疎い俺にはそう見える。他の人間がどう思っているかどうかまで知りもしないが、俺はそう思っている。


 そんな人間と俺は、小説を執筆するAIを開発しているのだ。エンジニアとして天賦の才がある岩橋が、小説の公募で最終選考まで残ったこともある俺の要望を聞き、実装していく。それが功を奏し、輝かしい成果をあげたのだ。俺はふたたびトロフィーを撫でまわした。


「今日はこいつを勝ち取ったわけだが、まだまだ、『千手』は理想とは程遠い。岩橋、俺が言っていた件はどうなった?」


 ねぎまをもの凄い形相で食い散らかす岩橋に俺は聞いた。


「ああ、今やってるところ。ちょっと見てくれよ」

 

 岩橋は横に置いてあったタブレットを俺に渡した。それを一読し、ため息と共にタブレットを返した。


「ダメだな。別のやり方を考えるか」


「ええ? なんで? いいと思ったけどなあ」


「何言ってんだ。全然ダメだ。見ろ、ここ、この女、さっき笑ってたのに、次には怒り狂ってる」


 俺はタブレットでその箇所を探して指差した。


「でもそんなの現実でもよくあることだろ」


「これは小説だ。現実じゃない。小説には説明がいるんだよ。理由。別にはっきり書けと言ってないけどな、示唆することもできないんじゃ読者は納得しないし、ついてこない」


「そうかなあ。難しいこと言うなあ」

 

 岩橋は頭をかきながら、不服そうに口を尖らせた。

『千手』は、小説が書ける。素人の目には一見、人間が書いたものと見間違うほどの作品を。だからこそ現役の小説家ばかりでなく、技術者も混じる審査員の票を勝ち取ったのだ。しかし、その水準は、小説を子供の頃から、今もずっと読み続けている俺にとっては、まだまだアマチュア、いや、赤ん坊レベルだと思っている。


 今では、AIは、たとえ『千手』でなくとも、文章として成立し、誰もが意味を読み取れるレベルの小説を、あっという間に書くことができる。それは「速筆」なんて形容に当てはまらないほどのスピードだ。 


 だが、そうして書かれたものは、ほぼすべて、俺にとって、ただ読めるというだけで、それ以上ではなく、面白くもなんともないものだった。

 誰かの小説に出てくる名前をそのまま流用するような浅はかさに、シチュエーション、着地点をまったく考えていないダラダラとした会話、意味のない展開、前後の文脈を無視した一貫性のないキャラクター。そのような初歩的なミスを飽きもせずに繰り返した。


 当初、執筆するAIを見た時は、期待に胸を膨らませていた俺だったが、そのようなゴミを垂れ流す姿を見るたびに、その感情は失望に変わっていった。

 それから俺は、独自にAIを「教育」しようとしたが、技術に疎い俺にはどうしようもなかった。すべて失敗に終わった。


 AIは人間のそれとは発展の仕方が違う。人間は徐々に書くことに慣れていくが、AIは最初からかなりの文章が書けるかわりに、そこから上達させるのが難しい。

 それを指示しようにも、結局は機械語で伝えなければいけないし、AIは気が利かないというか(機械だから当然なのだが)、自らが書きたいという世界もない。

 そしてそれを扱うエンジニアたちも、小説をどう書いたらいいのか、何が小説なのか、呆れるくらい何も知らないのだ。


 これでは、小説を執筆するAIは、いつまでも発展するはずもない。そんなことを小学校の同窓会で十数年振りに会った岩橋に、退屈まぎれに話してみたら意外にも食いついてきたのだった。


「それ、興味あるかも」


 岩橋は昔から、人間にではなくて、機械とかパソコンに興味のある風変わりな奴だった。遊びに誘っても、やりたいことがあるからと断り、何をしているのか聞いたら、家でプログラムを組んでいたと聞かされ、俺たちは呆れたものだった。それで中学生になって、どうして自分はモテないのか、と言ってきた時は、人間に興味がないくせに女子にモテるわけがない、と他の奴に辛辣なことを指摘され落ち込んでいたのを覚えている。


 そんな岩橋が、小説などと言う、およそシステムとか機械と関わりのなさそうな分野に興味を示したのは意外だった。


「俺だって小説くらい読むよ」


 驚いて、だが、期待せずに聞いてみたところ、案の定、岩橋が読んでいるのは、やれ『異世界転生』だの、やれ『追放系』だの、『ざまぁ』だの、特定の狭いジャンルだけだった。

 そして岩橋は、そんな作品に心を動かされたのだという。


「誰にも相手にされないオタクを、優しい女の子が受け入れてくれるんだよね」


 作品の内容を聞くと、岩橋は恥ずかしげもなくそう答えた。

 俺は、それが小説ではない、と言うつもりはなかったが、小説という形式はもっと自由なのだと岩橋に理解させるのは、おそらくAIに教え込むよりも難しいことだろう。そんな面倒なことは、俺よりも、直接AIに教わればいいのだ。


 岩橋がAI小説に興味を持ったのは、最終的に、自分の考える最高の小説(つまりそのような願望丸出しの小説)を、書かせたいからだと言った。


 それは俺の想像しているAIとは少し違っていたが、目指すところはそこまで変わらないと思った。もし岩橋の願う小説が書けるようになれれば(つまり任意のジャンルのコードを十分に理解して実践できるようになれば)、別の形式を書くことも容易になるのではないだろうか。俺はそう考えたのだ。


「なんだよ。それ」


 岩橋がバッグからはみ出している丸まった雑誌を指差して尋ねた。


「ああ、これ?」


 俺はにやりと笑い、それを引き抜く。それは今日発売の文芸誌だった。俺は雑誌をパラパラとめくった。


「新人賞の発表でもあった?」


「さあな、知らない。興味もない」


 俺は雑誌を座席に投げ出し答えた。岩橋は何も言わず、気弱そうな笑みで、ビールを飲んだ。かつて俺は、書いた小説を片っ端から新人賞に応募していた時がある。今は文豪たちの時代のように、新人賞が数十とかの時代じゃない。新人賞乱立、いや、戦国時代。新人賞は毎月、いたるところで開催され、そこで受賞者が生まれている。


 多いところでは何千人もの人がその賞に応募し、一人を除いて敗れ去っていくのだ。だが、そうしてデビューし、『選ばれた』作家であるその人が、二作目では鳴かず飛ばず、というのが少なくない。それも見ようによってはいい方で、受賞しても本が出ないとか、二作目を出してくれさえもしない。せっかく他の人間を追い落とし、独自性が認められて、デビューしたというのに、編集者のGOサインが出ないだけでそうなることがあるのだ。


 そうなったのは何も、その編集者が見る目がないからだけではない。そうではなくて、出版という業界が危機に瀕しているせいなのだ。スマホが登場してから、TV局がそうであるように、胡坐をかいていた出版社は激しい逆風にさらされている。


 スマホは人々の情報に対する在り方を変えた。もはや『ノルウェイの森』、『世界の中心で愛を叫ぶ』などのような爆発的なヒット作は生まれえないだろう。

 時代が変わったのだ。情報をマスメディアが独占していた時代は終わった。今、本屋は街から消えつつある。


「春藤、昔、投稿していたんだろ?」


 岩橋が遠慮がちに聞いた。


「ああ」


 俺は据わった目つきで答えた。酔いがひどい。飲み過ぎたか。


「やめたんだっけ?」


「ああ」


 俺はそう答えたきり、頭が重くなって黙り込んだ。岩橋はそれ以上聞いてこなかった。


 俺は、小説家としてデビューできなかった男だ。まだメディアの主役が入れ替わる前に生まれた俺は、紙の本こそが最も素晴らしい形式だと信じ、言葉を操り芸術作品を作ることを夢見たのだ。


 そのせいで、そんなもののせいで、勘違いした俺は、想像上の自分と現実を一致させるために、作家になることを夢見て、大学卒業後、就職もせず、バイト終わりに小説を書き、新人賞に応募し続けた。


 最初に賞に応募した時は、これで作家になったらどうしようかなどと、見当違いな心配していたものだ。だが結果は、一次落ち。箸にも棒にも掛からなかった。

 俺のプライドは傷ついたが、運が悪かったと思い、もう一度挑戦をした。が、それも一次で落ちた。むきになってその後も書き上げては手当たり次第に賞に送った。

 だがせいぜい二次か三次までで、最終選考に残ったことはなかった。

 

 この時点で、俺は自分の才能がたいしたことがないことに薄々気付いていた。そんなことを繰り返すうち、歳ばかりとり、何者にもなれない自分に俺は焦っていた。同年代の、さっさとデビューして売れている作家をつまらないとこき下ろして留飲を下げる日々。だがそれもどこかスッキリとせず、虚しかった。


 同級生が結婚し、子供を産んでいる中、俺は一人で小説を書き続けた。

 そして、次で最後にしようと思って渾身の一作を書き、賞に応募した。


 その作品が最終選考まで残ったのだ。


 それを知った時俺は飛び上がるほど喜んだものだ。これで作家になれる。やっと苦労が報われる、と。結果を心待ちにし、作家になった気で、知り合いに最終選考に残ったことを吹聴して回った。


 だが、数週間後知らされたのは俺の作品名がでかでかと表示されたホームページではなく、俺よりもずっと若い十代の、才能に溢れた女性が受賞してあどけない笑顔を見せている写真だった。


 俺はその事実を信じることができなかった。しばらくして、俺はスマホを地面に叩きつけた。そしてそのまま、パソコンに残っていた今まで書き、賞に応募したものも、そうでないものも、作品をすべて(消えてしまわないように、と取っていたバックアップからも)消したのだ。


 そうして俺は、小説家になることを諦めた。小説家を目指していない俺には何も残されていなかった。俺は抜け殻になった。日々は色あせたようになり、部屋に引きこもり、人を避けた。自分のやってきたことがすべて無駄だと思った。そんな状態で何日も何日も過ごした。


 ある日、もう死のう、と思い、駅に向かった。


 近くのその駅に着くと、そこにはまだ本屋がしぶとく残っていた。


 俺はそこで、俺が欲しかった賞をかすみ取っていった女性の作品がそろそろ本となって刊行されているであろうことを思い出した。


 本を買う金は持ってきていなかった。が、運よく、その本屋は立ち読みができた。

 俺はその作品を手に取った。そして一読すると、本を手にしたまま、笑った。


 ――こんな、こんな愚にもつかないような作品に、俺は負けたっていうのか。生涯を小説に捧げ、時間を作り、僅かな可能性にかけて何年も何年も執筆してきたと言うのに、それを、その膨大な時間を、こんな未熟で、何が書きたいんだかわからないような下らない作品に、だが、俺は、負けたのだ。


 俺は声をあげて笑っていた。――下らない。何もかも無意味だった。小説も、小説家も。その熱意も、何の意味もない。小説は、売れているからいいわけじゃない。売れている作家だから自分にとって面白いわけでもない。その評価はそれを読んだ個人に委ねられているのだ。


 だがそれを、そのことを知らないわけがない編集者、出版社たちが、まるで厳格な基準があるかのような顔をして、新人賞というふるいをかけ、恣意的に、若いから可能性があるとかなんとか言って、他の人間の切羽詰まった事情も考えもしないで選び、結果、数え知れない作家志望たちが筆を折るのだ。


 俺の作品は出版社に認められないゴミだし、この女性の作品も俺にとってはゴミだ。だが誰かにとっては宝石なのだ。忘れられないものになる。それが小説で、それが小説の限界、真実なのだ。


 それに思い至り、俺は自殺をやめた。馬鹿らしくなったのだ。小説に、小説家になるために生涯をささげる意味も、そのために死ぬ意味もない。

 思いとどまったわけじゃない。そんな価値もないのだ。命をかけるなんて狂っている。そんな風に絶対の基準の存在しないものに対して、一つしかない命は釣り合わない。


 俺は小説家を目指すのをやめた。かわりに、AIの書く小説を読んで何日も考え込んだ。そして決意した。もう二度と、自分のような人間を生み出さないために、人々が考えているような作家の「創造性」とか「独自性」を破壊しようと。


 人が憧れるようなそれらが、ただのパラメータで再現できるものだとわかれば、何かの間違いで、小説を読んで感動してしまって、愚かにも自分でも書いてみたいなどと叶えられない望みを抱いたり、そのために、苦しい時間を過ごしたりしないでいい。経験すべきことをおろそかにし、時間を無駄にし、失敗した時に身を投げてしまおうと思うくらいに傷つかなくても済むはずなのだ。


 そうして俺は、AIの書く小説に興味を持った。それからたった三年で俺たちはここまで大きくなった。それもこれも岩橋と俺が組んだおかげだ。『千手』はすでに、作家たちも無視できない存在になりつつあるらしい。何人かの作家たちに、『千手』を使わせてほしいという依頼も来ている。いいことだ。すぐに再現できる「独自性」などさっさと滅びた方がいい。


「飲みすぎだぞ」


 岩橋は、アパートについた途端、俺を玄関におろし、呆れ果てながら言った。


「誰が、のみすぎらってぇ?」


「もう帰るからな」


 岩橋はそう言ったが、俺をベッドまで連れて行ってくれた。

 四畳半のベッドと棚を置いたらいっぱいになってしまう小さな部屋。過去と決別し、岩橋と共に新しいものを作るために、俺はここに引っ越してきたのだ。


 目覚めると、太陽がまぶしかった。頭がガンガン鳴っている。起き上がるので精一杯だった。時計を見る。十二時をとうに回っていた。昨日の晩の記憶がない。

 岩橋と飲み、新しく試したプログラムで書かれた小説を読まされたところまでは覚えているのだが……。


 スマホを取ろうと足元を探る。トロフィーに手が当たる。俺はそいつを持ち上げた。そして、にんまりとしてキスをした。


 これが、俺の新しい作品の称賛の証だ。新人賞などという曖昧で下らないものなんかじゃない。新しい人生、目標。正真正銘、俺と岩橋の努力の結晶なのだ。


 メールが来ていた。岩橋から、『昨日頼まれたことを試しておいたから見て欲しい』、とのこと。何のことだ? わからない。


 寝癖だらけで、二日酔いの頭でインスタントみそ汁をすすりながらPCを起動させる。


 俺たちの開発中の『千手』は、小説を書くためのAIだ。『千手』は、出された小説を「食って」、その成果を吐き出す。その模倣は目を見張るもので、偉そうに小説とはなにかを語っているような作家の作風も簡単にコピーすることができる。


 それは人間にはどう頑張っても真似できない行為だ。


 だが、AIは自ら作風を作り出すことが苦手だった。彼らには意志がない。意志がないというのは「美学」というものがないということだ。そして、「美学」がなければ、独自の小説は書けない。


 俺が『千手』に望んでいたのは、独自の小説を書かせることだった。パラメータをいじれば、作家の独自性など、簡単に再現できる。それは正しかったが、新たに個性を生み出すことには成功していなかった。


 どうにかして、そのような独自性を生成、再現する方法を考えなくてはならない。俺はそのアイデアを考えていた。


『千手』が立ち上がり、文章が勝手に書き上がっていく。

 俺は『千手』があっという間に文章を書いていくのを見ながら……驚愕した。お茶碗を手から落としそうになった。すぐに岩橋に連絡する。


「あ、起きた? どう? もう見た?」


 こっちが聞くために電話したのに、岩橋は無邪気に聞いてきた。


「“見た?” じゃねーぞ。これ、どうなってんだ」


「なにが?」


 すっとぼけているのか本気で言っているのかわからなかった。


「これだよ! お前、俺に連絡したよな、見て欲しいってやつ。それを見たんだよ。なんだよこれ、『俺』を再現してるつもりか?」


 俺は目の前で書き起こされていく文章を見て吐き気を催しながら、その思いを伝えた。


「あはは。そうだけど? どう? 上手くできてる?」


「上手く……って、そりゃあ、まあ『千手』だからな。いや、そっくりだよ。憎たらしいな。俺のやり方を真似してやがる。クソっ、この句読点の使い方、見ているだけで腹が立つ」


 俺はたまらず『千手』の画面を切った。


「じゃあ成功したってことか」


 電話越しでもわかるように喜んで岩橋が言った。


「なんでこんなことを今さらしたんだ? もうこの手の段階は過ぎたはずだぞ」


 俺は追及した。責め立てているつもりだった。


「何言ってんだ。お前が昨日やれって言ったんだろ。あ、まさか、覚えていないのか」


 俺は髪をかき上げた。


「……昨日、俺なんて言ってた?」


 しばしの間があり、岩橋が言った。


「はっきりとは覚えてないが、“人生は物語だ”、とか、“だから俺は自分の人生の物語を『千手』に書かせてみたい”、とか、“俺の人生をそのまま入力すれば、『千手』はその先を書き、それはきっと成功に満ちた話になるはずだ”、とかなんとか言ってたな。また、変なこと言ってるな、と思ったけど、ちょっと面白いかもって思ったんで、やってみた。占いみたいだって思ったんだよ」


 岩橋はとても素面では聞いていられないような与太話を俺に聞かせた。


「本当にそんなこと俺が言ったのか?」


 俺はまだ信じられずに確かめた。


「そりゃあ、まあ」


「そうか」


「で?」


「なんだ」


「どうだった?」


「なにが?」


「結末だよ。『千手』が書く俺たちの物語はどうなった?」


 舌打ちをして、画面を点けた。それから『千手』の書いた「俺」の物語を読む、それは拙くてストーリーも脈絡もあったものじゃなかった。人称もぶれている。客観的に見ても、『千手』が今まで書いてきた小説の中で最低ランクに属する物語だった。


 その話では、「俺」は途中で『千手』の開発を諦め、もう一度新人賞に応募し、ついに作家になることが書かれていた。「俺」は物語の中で、そのことを、涙を流して喜んでいたのだ。


「ああ」

 

 俺は『千手』が書いたばかりの結末を消して答えた。


「つまらない、ご都合主義のハッピーエンドだったよ」

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