第6話:ゲロの放物線・激鍋パ

 ムーディーナインマキシマム(でけえスーパー)で鯉魚が酒と煙草を買っている間に、忍者は一人で食材を買い込んでいた。


 総勢三人の忍者と幽霊を連れて、鯉魚はダグマンハイツ一〇五号室に戻った。


「そういや忍者って部屋出る時どうしてんの? 合鍵作ったとか?」


「壁抜けの術を使っております!!」


「金入ったら合鍵造りにいこうな……」


 鯉魚は鍵を開けて、中に入った。


「おかえり~」


 身長約六〇センチの日本人形・栞が迎えてくれた。


「いやー、なんの準備もなく引っ越すのってほんと大変」


「引っ越してから実感する馬鹿が言うんじゃないわよ。っていうか豹衛なんで三人もいるの?」


「荷物持ちであります!!」


「え、豹衛個人に頼んだ買い物はあるにしても、鯉魚の手持ちのお金でそんなに買えないわよね……」


「奢られたので奢り返しました!!」


「おうコラ鯉魚。豹衛にたかるなっつったろうが」


 忍者が本当の事を言うと、何故か栞は思い切り鯉魚に向けてメンチ切ってきた。


「だからさぁー。奢って貰ったんじゃなくて私が先に朝ごはん奢って、そのお返しに色々買って貰ったってわけ」


 鯉魚は唯一自分で持っている買い物袋から煙草のカートンと小さなウイスキーの瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。


「あ、ライター買い忘れた」


「人に奢らせた上に自分の買い物できないって頭スポンジでできてんの?」


「生理用ナプキンが詰まってんだよ」


「Egg……それより、食事作るからちょっと待ってなさい」


「うぇーい」


 忍者が食料を買っていたのはこの為だったのかと鯉魚はちょっと感動した。肉親以外からの人間の手料理なんて大分久しぶりだ。※人間ではありません。


「では我らも失礼して」


「人間の食事に混ざってもあまり意味はないんですけどね私は……」


 忍者と尼足もテーブルにつく。


「あ、忍者さっきの灰皿出して。早速使いたい」


「御意」


 忍者は買い物袋の山を漁り出した。


「そう言えば、鯉魚さんって元は何をしていらしたんですか? ご職業」


 尼足がテーブルに肘を乗せて尋ねてくる。


「ロックバンドのギタリストだよ」


「そういう夢を見ていたんですね」


「夢じゃねえよ人をなんだと思ってんだ」


「マ〇カス……」


「それは否定しないけどさあ……」


「灰皿であります!! バンドならばあのギターも分かりますな!!」


「忍者は話が分かるなあ」


 鯉魚は灰皿を受け取り、蓋を開けた。一つのりんごないしトマトを横半分に割るみたいに開いた。鯉魚は少し前の事を思い出しながら煙草に火をつけた。小さな火は思い出を映してはくれない。


 仲間は今どうしているだろう……連絡を取れないではないが、いつの間にか気を使ってしまうような間柄になっているのが悲しい気持ちがある。


「バンドって言うならライブ映像とかネットに出してないんですか? っていうか音源とか……」


 尼足は納得していないようなので、鯉魚は黙らせる意味でスマホを取った。


「まぁーそんな有名なバンドじゃないんだけどさあ」


 鯉魚は自分が所属していたバンドのMVを開いて、二人に見せた。


「私にも見せなさい!!」


 そこに物凄い速度で栞が突っ込んできた。足でまな板を抱え込んで白菜を切っている。


「じゃー再生」


 鯉魚がいたバンドの曲が流れ出す。ライブでは結成初期から定番のナンバーだったが、出したのはメジャーデビューした後だ。出し惜しみする物でもなかったかななど、今は思ってしまう。


「この透明感があるギター、聞いた事があります……!」


 尼足はどうやら『理解った』らしい。


「このバンド、確か何人か前の住民殿が好きだった……確か『ハンドで死す』という……」


「『Phantom Fish』な。」


 初めてバンドに書き下ろした曲が流れている中で、色々な思い出が鯉魚の頭の中を駆け巡った。


「え、結構売れてたバンドじゃなかった? 午錦さんこのバンドのTシャツ着てたわよね?」


 呪いの人形に認知されているバンドも他にそうそうないのではないかと、鯉魚はちょっとメンバーに自慢したくなった。午錦さんが誰なのかは分からなかった。


「いやー……まあでも、なかなかメジャーで続けるのって大変だからさ」


「大リーグにいったバンド……」


「メジャーデビューまでいったバンドだよバンドが大リーグにいってどうすんだ忍者大丈夫か」


 とりあえず、忍者になんの知識もないらしいという事は分かった。


「お金が入るって嘘ではなかったのね……」


「おいおい、私は逃げも隠れもするし屁もこくが、嘘は吐かない女だぜ」


 実際、もうすぐ印税が入るという事情はある。そう、所持金三万円でも鯉魚があまり焦っていなかったのは単に金が入る予定があったからという物だ。


「でもこのバンド、今は休養とかいって活動してませんよね」


「まーね」


「尼足! 空気を読みなさい!」


 栞は躊躇いなく包丁で尼足の頭を叩き割った。尼足の頭はトマトみたいに割れ、床やテーブルに吸い込まれる血がブシャッと流れた。


「いやそんな気ぃ使われる事でもないよ。っていうか気を使うより料理をおくれ。酒が飲みたいわ」


「そうね。おつまみも一品上げるわ」


 鯉魚は内心穏やかだった。


 別にバンドが休養している事を外から何か言われても、特に自分の中に響く物はない。まあそんなもんかと思う程度だ。酒を飲みたくなるのは自分が酒カスだからに過ぎない。


 それでも――Phantom Fishのメンバーやスタッフと飲めたらいいなと思ってしまうのはどうしてか分からない。


 妙に煙草がまずいなと思いながら、鯉魚は新品の灰皿に吸殻を押し付けた。


「アルバムとかないんですか?」


 尼足が尋ねてくる。


「あー、近い内に届くよ。パソコンと一緒に纏めてあんの」


「え、鯉魚さんデジタル社会に対応してたんですか?」


「しとるわ寧ろないと仕事にならねえっての」


 寧ろこの幽霊の方こそデジタル化の前に死んだのではないだろうか。だとすれば鯉魚よりかなり長く生きている。


「せっかくですから拙者はアルバム探して買いますぞ」


「うんまあ、通販でもDLでも売ってるからすぐ買えるんだけどさ」


「ディーゼルのアルバム……?」


「おいこの忍者現代に適応できてねえぞ大丈夫か」


「豹衛その辺は全然よ」


 その時、栞が鍋を両手で持ち、頭の上に鍋敷きとミトンを置いてやってきた。


「他人の金で食う鍋か……」


「自分達のお金で食べたかった?」


「いや、他人の金で食べる方が美味しいよ」


「吐き気がするわねこの河童頭」


 昔の人にはそう見えるのだろうと、鯉魚は自分のワンレンボブをすいた。


「ま、今日はとりあえず鯉魚の歓迎会もかねてパーッとやりましょう。私は食べられないけど」


「私も食べられないんですけど」


「四人中半分が食えねえのに思い切り買ったなおい」


「拙者、食べるのは得意でござる」


「すげえ食いそうなイメージはあるわ。それより酒のつまみ」


「任せなさい」


 すぐに、栞はキッチンに戻っていった。


「あ、ちなみにこの部屋に一番長く住んでいるのは栞殿なので、栞殿に逆らうと殺されますぞ」


「それ部屋に入って最初に知らせるべき事な? あとそれで死んだ人とかいるの?」


「五人前の御免鶴さんという方が首に包丁を刺されてお亡くなりに」


「祟りとかじゃねーのな」


「聞こえてんのよこちとら完全犯罪しようと思えばできるんだから気をつけなさいよ?」


 栞は鶏肉で作った一品を鯉魚の前に置いた。


「じゃ、改めて鯉魚ちゃん、ダグマンハイツ一〇五号室へようこそ!」


「これからよろしくお願いします」


「頂きます!!」


「豹衛ー」


「困った事があればなんなりと拙者にお申し付けください鯉魚殿!!」


 それぞれから歓迎の言葉を貰って、鯉魚は酒の瓶を開けた。


「ありがと。よろしくね」


 ぐいと飲む安酒に軽く酔うのもそんなに悪くはない。


 それから忍者がやたら大量の具を鍋から取って冷まさずに食べ、虹色の物体を嘔吐するなどしながら鍋パは進んだ。


 久々にギターでも弾くか……鯉魚はそんな気分になって、尼足に求められて一曲披露した。


 こんな日々を過ごして『休養』に充てるのも悪くない……その日も鯉魚は風呂に入らずに寝た。





【後書き】


 いやー執筆に割く時間が減った&優先度高い作品を書きたいので豆腐はここまでです。

 もう少しストックはあるんですがまあ更新するのも手間だしいいかなって思います。

 またどこかでお会いしましょう。








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豆腐の角に頭ぶつけて死ね! 風座琴文 @ichinojihajime

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