第5話:アンダー・ザ・忍者②

 スーパーの食品売り場に隣接するドラッグストア、その他にも日用雑貨は大抵手に入るような感じの商業施設がムーディーナインマキシマムなのだと忍者(兵頭豹衛です)は解説した。映画館も入っているらしい。


 何はなくとも灰皿を買わないと栞に怒られそうなので、鯉魚は二階にある雑貨店の店員に聞いて案内して貰った。忍者は煙草を吸わないので聞くだけ無駄だ。


「こちらでございます」


 色々な灰皿が置いてあるコーナーに案内してくれた店員はお辞儀して去っていった。


「あ、このトマトの奴いい」


 すぐに、鯉魚は一つの灰皿にピンときた。


 赤く扁平な球体を模したデザイン性重視の灰皿は琴線に触れる。


「鯉魚殿、それはトマトではなく林檎です」


「え? トマトでしょ。林檎はこんな平たくない」


「いえへたの部分がどう見ても林檎です」


「そうか。まあいいや。ここで他に買う物……」


「正直ここより隣の百均の方が品ぞろえもよくて安いですぞ!」


「でけえ声で言うな☆」


 躊躇う事なく、鯉魚は忍者の喉に一本突きを叩きこんだ。


「この動きは明らかに実戦本意の武術家……」


「私ゃギタリストだよ。とりあえず買い物だ」


「御意……」


 鯉魚は忍者の財布で灰皿の会計を済ませ、隣の百均に向かった。日用品に関しては確かにこちらの方が安い。品ぞろえについては比較できる程雑貨店を見ていないが、まあそれなりの物はある。


 それなりに長く使う物に関しては一通りそこで買い、鯉魚は荷物を全て忍者に持って貰った状態でスマホを取り出した。


「やべーな……大変な事が起きてるぜ忍者」


「できればその呼び方はやめて頂きたいです!」


「それよりやべーんだっての」


「なんでしょうか?」


「ヤニが切れた」


「外でしか吸えませんな……」


「ちょっと買い物リスト共有するから買っといて。スマホ出せ」


「いやスマホはちょっと……」


「なんで?」


「国家機密とか入ってるので……」


「プライベート用の携帯持てなんで仕事専用なんだお前!! とりあえずこれ!!」


 鯉魚はドラッグストアで買う予定の物のリストを忍者に見せた。


「大体わかりました!」


「大体じゃなく全部覚えてほしいんだけど!?」


「ご安心ください、私は忍者です!!」


「その呼び方やめて欲しいのか主張したいのかどっちだ!! とにかく頼んだわ……」


 妙な疲れを感じつつ、鯉魚は忍者と別れて外に出た。


 近頃禁煙が目立つ中で、スーパーの敷地の隅っこの方に小さな喫煙所があった。鯉魚はそこに入り、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。煙草を吸うと無条件に安心してしまう。それが喫煙者……正確にはヘビースモーカーという物だ。この時の鯉魚も根拠のない安心感に包まれていた。


「あー……酒が飲みてえ」


「お酒ですか?」


「そう。安いウイスキーをこう、くいっと……」


「ムーディーナインマキシマムにはお酒も売ってますよ……」


「んーでも金もったいないって気持ちも誰だお前は!?」


 鯉魚は自分のすぐ後ろから声が聞こえる事に気づいて、後ろを振り向いた。


 パッと見幽霊のパブリックイメージを現代風にリファインしたみたいな見た目の幽霊がいた。


「なんだっけ……」


「ふふ……もうお忘れですか私の事……」


「うん……名前がぱっと出てこない」


「死んでやる!!」


 幽霊はいきなりキレて近くの街路樹に体当たりをかまし、中に入った。


 しかし本当に名前が出てこない……確か蟹が一文字目だった。


「……まあいいか」


 雨竜鯉魚は大体の事を『まあいいか』で解決する女である。今日はこれだけは覚えて帰って欲しい。


「雨竜さん酷いですよ……蟹江尼足ですよ……」


 幽霊(蟹江尼足だった)はしくしくと泣きながら鯉魚の方にきた。


「あー尼足とか呼ばれてたなー。っていうか私苗字で呼ばれるの好きじゃないから鯉魚で」


「え……」


 キューン……恋に落ちる音が聞こえた。


「急に名前でだなんて……」


 尼足は頬を染めて唇を小さくすぼめた。鯉魚はその唇に煙草の火がついている方を当てた。


「アギャァアアアアアアアアアアアア熱いィイイイイイイ!!」


 幽霊も熱は感じるらしい。


「すげえ意外だな幽霊が煙草の火に弱いって……」


 足がない尼足は転げまわっている。どういうメカニズムなのか、鯉魚はまだ知らない。多分これからも知らないと思う。


「っていうかお前なんできたの?」


 そして、鯉魚は何事もなかったかのように話を戻した。


「栞ちゃんから言われて……鯉魚さんが変な買い物しないか見張れと……!!」


「栞ちゃんは私のおかんかよ……」


「違います!! 栞ちゃんは全人類のおかんです!!」


「んなわけあるか。っていうか栞ちゃん特に何も言ってなかったけど、生活用品なんも不自由してねーの?」


「栞ちゃんは物を食べない上にうんこもしないので」


「入れないなら出ないだろ。まあぁーいいか……あー昼飯……ちょっと待ってお前何か食べるの?」


「人間の生命力を食べるので食費はかかりません」


「私の生命力食べてる?」


「いえ、一年に人一人分くらいでいいんですよ、幽霊って。個人差はありますけど。私は半年前に丁度一人取り殺しているのであと半年は何も食べずにいけます」


「家賃一万円の原因お前じゃねーか!!」


 とんでもない事故物件に入ってしまった。もっとも、この幽霊に生贄を差し出すくらいの事を考える鯉魚ではあったが。


「大丈夫です!! 住民の方は食べません!! ただ住民の方に取り憑いて外に出て生命力が強い割にそれをろくな事に使わない地獄の中年男性を食べています!!」


「善行じゃねーかもっとやれ!!」


「あの……」


 不意に、鯉魚は喫煙所にいた成人男性に声をかけられた。


「なんすか?」


「ひょっとして葉っぱキメキメされてます……?」


 鯉魚はそっと尼足の方を見た。


「あ、私の声はあの部屋に住んでる人か霊感の強い人じゃないと聞こえません」


「先に言えとんだ恥かいたわ!!」


「ヒッ」


 怯えている中年男性の前で吸殻を捨てて、鯉魚は店の方に戻った。後ろから尼足もついてくる。


「あー……忍者買い物しっかりしてるかな」


 気になるのはそれだった。忍者の普段を鯉魚は知らないが、買い物くらい普通にできると思いたい。


「豹衛さんに買い物を任せたんですか……」


 尼足は残念そうに言うが、返してもキメキメ女の独り言にしか見えないので鯉魚は無視した。


 そして忍者がいるドラッグストアの前にいくと――複数人の忍者(と思しき同じ顔の人間)が買い物袋を大量に持って群れていた。


「……なんだあれ」


 鯉魚は声をかけようか迷った。明らかに忍者の群れは注目の的になっている。


「豹衛さんは買う個数を指定しないとその場にある物を全部買い占めるんですよ」


「煙草吸ってる場合じゃなかったッ!!」


 鯉魚はスプリンターもびっくりのダッシュで忍者と合流し、店の人に経緯を説明して会計をやり直して貰った。忍者は棚を空にするほど買い込んで、分身の術(本人談)で持って待っていたらしい。


 忍者が忍者なのは近所では周知の事実らしく、店員はほっとした表情で会計をやり直してくれた。


 その後、鯉魚は食品売り場で安いウイスキーの小瓶と煙草を買って、買い物を終えた。



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